文壇横断　大西宏昌

コカインとヘロインは如何かね？？～チキドンチキドン

　つかつかとブーツの音が鳴り響く路地裏。

つかつか、つかつか、つかつか、つかつか

　ピッタリとある地点で止まった。屋台の前で、

「オウおやじ、日本酒もっと持って来い。」

「お客さんこんなに食って飲んで、失礼を承知で言うが金は持ってんだろうね」

「オウ。ここに５０万あるわいな」

５０万の束を見せつける。

「そうかい。ならいい。悪かった」

朝から呑み続けても、酔えない酒は、無尽蔵にカッパとスルメの体内に消えて泡（あぶく）になった。

「爺さん、名前なんて言ったけ。」

「何度も言っておりますが「石田スルメでございます」」

「おうそうだそうだ。スルメさんだ。すまんな５０を過ぎてから。忘れぽいんだ。

というか。覚える気がないんだけど。頑固なんだ。年を取るごとにどんどん若人の話など聞くに堪えないと思えるようになった。石田スルメもう忘れはしない。記憶に焼き付ける。でも変だな。石田スルメ聞いたことがあるんだ。君は有名人なのか？」

「そうなんですか。お恥ずかしながら、私は私自身のことを何一つ覚えていないのです。牢獄での記憶のみが私の生涯なのです。」

「哀しい人生だ。」

「さようにございます。」

　「するめ、スルメを持ってないか。酒のつまみだ。烏賊のスルメがいいな。ほら、駄菓子屋あったろう。買ってきてくれや」

　「わかりました。買ってきます。スルメがスルメを買ってきます。」

「よろしく頼みます」

屋台をいったん出て駄菓子屋に向かった。確かこの辺りに、あったように思う。下町情緒漂う町がそこには、広がっているはずだった。荒廃した町荒廃した町荒廃した町。

ブーツの男が暖簾をくぐって入ろうと声をかけた

「旦那、入ってもいいかね」

「おういいよ」

抱えていたギターを横に置いて。ゆっくりと席について咳払いをする

「私はコカイン売りさ」

コカイン売りのおじさん

「コカインか最近使っていないな」

「ご無沙汰か」

「ご無沙汰さ薬物に使う金は持ち合わせてないのでね」

「ならヘロインはどうだい」

「ヘロインも薬物だろうが」

「そうだ薬物だ。」と彼は言った。

　彼は。ピックを懐から取り出して、ギターのケースを空けて、ギターを取り出した。アコースティックギターマーティン製のモノだ。「cocaine」のイントロ部分が奏でられた。

「懐かしい曲だ」

そこで、コカインを合唱した。しまいには、屋台の親父も、箸をステックに見立てて、リズムを刻む出したビールが半分ほどなったコップを叩いて、その水位によって、ビートの音程は高くなったり、低くなったりした。

「今までこんな愉快なお客が来たのはワイは５０年ここで営業しているが初めてだ。チキドンチキドン」

「なんですが、チキドンチキドンっで」

「決まり文句みたいなものだよ。特に意味はない。実用性の英会話みたいにくだらない」

「Is that a lion ?　No it is the cat」

「本当だ。実用性がない。くだらない」

「お次はコールドターキーを歌いましょう」

「ドラック啓発ソング」

「ドラックはいけませんから。シャーロックホームズだって晩年はコカインもモルヒネもやめましたから。若手の至りだったのでしょう」

「ドラックを辞めてホームズは退屈しなかったのだろうか。」

「退屈はしなかったそうですよ。盆栽をいじっていたから。退屈しなかったのでしょう。盆栽いじりは国境を越えて国共通なのです。」

「今は平和でいいと私は思う。」

コールドターキーが流れる。直訳すると「冷たい七面鳥」しかし、俗には薬物の禁断症状を表した言葉だ。ジョンレノンがビートルズ時代に作った曲で、メンバーから不評だったために、ビートルズ解散後、ソロ時代にリリースされた薬物啓発ソング。ジョンは、啓発のつもりと書いた曲だが巷では、ドラック推進曲と誤解され、放送禁止曲となった。

ブーツでギターの男はスコッチを傾けていた。物憂げに表情と世の中を悟るように強く輝く目。おつまみはピーナッツ。日本酒と相関性なさに笑いをこらえながら、乾杯をした。私は、日本酒を片手に、河豚を肴に呑んだ。スルメ君は、買い出しに行ったきり、帰る様子もない。烏賊のスルメは、私にとってどうでもいいものになっていた。今や、河豚の刺身が私の肴の相棒になっていた。

「スルメ君は帰ってこない」

「スルメ君ですか。あのタップダンサーの？」

「あんたスルメ君を知っているのですか」

「有名人じゃないですか??出所されたのですか」

「比較的楽観的なステップを刻むダンサーです。靴裏に仕込んだ鉄板を巧み器用に、打ち鳴らすのです。その様といったら、見るものを愉快に高揚され、鼓動の高鳴りと若い頃の気持ちがどこからともなく湧いてきて元気になるのです。私も一様プロのギタリストですから、するめくんと何度かセクションしたことがあるのです。私もつられてステップを踏んでいました。的確なビート、高揚する心、遠い日の思い出」

「だけど、彼は、自分の記憶はないといっていた」

「記憶はないとは、政治家みたいなこと言いやがる。冗談だろう。」

「冗談じゃないみたいなんだ。記憶が本当にないんだ。記憶喪失」

「じゃあ、もうあの軽快なビートはきざめないのかね」

「いやわからない。記憶になくても、体が覚えているかもしれない。彼と会ってくれないかい。」

「いいよ。私も彼ともう一度会って積もる話をしたい。たとえ、向こうが記憶がなくても、話すことは山ほどある」

文壇横断 大西宏昌

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