HIROa's DIARY(^-^)!!!!! -278ページ目

クマーヽ( ・(ェ)・ )ノ

イベントやってたから遊び行ってきた(∩´∀`)∩

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我が着たタイプの着ぐるみと違うやつ!
かわいー꒰ ♡´∀`♡ ꒱

でも頭がデカくて重い分、中の人は大変だたらしい…おつかれさまでした꒰。・ω・`;꒱*:・



気付けば辞めて2ヶ月経つんだなぁ。  

さすがにもぅ勤めに出ていた当時の生活サイクルだったり、癖?みたいなものはなくなった。

あ、いまだに毎朝相場チェックはしてしまうけどw


日に日にクズさに磨きがかかっている(´・ε・`)

こうして再就職は遠のくんだろうなぁ…
そもそも働く気ないだろ←




なのに今日は、久々のレイクで衝動買いをしてしまった。

衝動買いっていうか、


無職のくせにばかやろうだ…ヽ(∀)ノ


ほんと…なんか怖い己が怖い_ノフ○





つづきはまた書こう…かな…

救世主現る

今日、修了式だった娘たち。

通知表をみて、我は長女にこう提案した。


「高校に入学できないのならば、

①吉本興業の養成所に入り、ブサイク女芸人として売れる
②今にも死にそうな金持ち独爺の嫁になって玉の輿&遺産ガッポリ
③養豚場へドナドナ

この中から選べ」




今のままいけば養豚場が第一候補だ_ノフ○



せめて、なんとか高校だけは…

その後の進学はともかく、学校を卒業したあとは普通に就職して、普通に結婚して、人並みの人生を送ってくれたら…


そう願うのはやはり親心なのだろう…


おそらく、我の母もそう思っていたに違いない。

だが、10代の頃のあの我を見ていたら、娘の将来何もかもを諦めて何も言わなかったことも今なら頷ける。

その気持ちが今なら少しわかるよママン…( ;∀;) 色々ごめんなさい



我も、そしておそらく娘も決して利口な口ではないので、いくら人が「こうだよ、あぁだよ」と体験談を語っても、本人がそれを身をもって経験しなければ理解は出来ない。
頭ではわかっていたとしても。


特に長女は我の生き写しかと思うほど性格も外見も似ているので、ひたすら心配しかない( ´_ゝ`)



長女はもぅこの春中学2年になる。
当然ながら親の学歴についても把握している。

一番恐れていた言葉もすでに浴びせられた。とっくに。


「だってママ、中卒なんでしょ?」


何も…

言…


わないはずがない、この我が。



我「ママはね、いいんだよ!早々にパパが嫁にしてくれたからな。戸籍上な、扶養な!おれの嫁とかナシな!←

おまえが大金貢いでるよっこも翔くんも、残念ながら責任なんて取ってくれねぇから!!
いい年してまでアイドル追っかけて実家パラサイトなんて絶対ゆるさねーからな養豚場に送るぞゴルァ(以下略」


みたいなことを長女に申し上げましたところ、

「パパと出会ってなければ本気で今もニートだったかもしんないじゃん」


…キィィィィィイヽ(`Д´)ノ!!!!!



我が子ながら、本気で殺意湧いたヽ(`Д´)ノ

だから言ってやった。


「中卒のくせに今こうやって普通の生活が送れていることにはパパに感謝するが、まぁそういうパパと出会ったこと自体ママの運だからね」





こんなこと言い返してくる親いやだ( ´_ゝ`)




改めてこう文字に起こしてみるとほんと毒親でしかねぇなと思うんだけどもw


いや、でも実際そんなもんなんだろうと思う。
結婚のタイミングだけを言えば特に。



学生生活も放棄し、日々バイトに明け暮れ、フラフラ遊びほうけていた我が、
今なぜ一般的な主婦として(普通かどうかは別としてw)

日々食べるものにも困らず、人間らしい?生活を送れているかというと、
それは相方のおかげとしか言えないわけで。


あの当時を思い返せばセレブ生活なんておこがましい。

そもそも家が段ボールじゃない時点でセレブだから(←だからそれ嘘だから



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これも発掘されたアルバムに入っていた写真。
いい感じに色褪せてきている。



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「お姫様になりたい」


ハタチにもなってそんなわがままを言う我の願いを、相方は叶えてくれた。




そして15年経った今も、変わらず(?)
妻として、母として、我をここに存在させていてくれる。


そんな奇特な人と出会えたことはほぼ奇跡に近いわけで。


生涯感謝しなければならない。


たとえ義実家の人間が軒並みクズでも…
ボスがボケ老人でも…



あのタイミングを逃していたら、今頃目も当てられないような生活を送っていたかもしれない…

というか、その可能性が高過ぎて想像もしたくない( ´_ゝ`)



そういう意味では、チャンスを逃さない運の強さはあの時に使い切ったのかもね( ՞ਊ ՞)



っていう話を、友人としていたわけです。


「うちらの旦那、救世主じゃね?w」

と。


そりゃこんな昼間から茶して旦那の愚痴吐きまくって、

おまえ何様だよとwww



主婦ニート様ですが⁇






我が男だったらね、こんな嫁不燃ゴミの日に捨ててしまうとおもうの( ´_ゝ`)

粗大ゴミかな…
いや、生ゴミか…腐ってるし←




とりあえず遺族年金もらうから(相方先立つ前提

それまでは捨てられないようにちゃんと生きていこうとおもう。



日々感謝しつつ…

そんな時代もあったねと

いつか 話せる 日が…

もぅ来てるわ(´・ε・`)



最近週1ペースで遊びに来てくれてる友人と、今日は昔話に盛大に花咲いたわꉂꉂƱʊ꒰>ꈊ<ૢ꒱❣❣

っても、彼女とは元々ママ友繋がり(いや、一応今もそうなんだが


成人してから知り合ったから現役時代に遊んだことなど一度もないのだけども、
「一回くらいは絶対歌舞伎町ですれ違ってるよねw」
ってくらい時代背景が被りすぎてとてもママ友とは思えまへん(´・ε・`)



なんでそんな話になったかというと、これ↓

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我「片付けしてたらポケベル出てきたよw」


これは何代目のベルだろうか…
キティちゃんが好き!ってだけで契約したからあんまり使った記憶はない
当時はすでにケータイ持ってたからな。
ピッチと2個持ちだった、あれ、喋るとこパカパカするやつ


我が中学時代初めて買ってもらったベルはドコモのセンティーDだった←わかる人挙手

90年代青春真っ盛りだった人は色んな暗証番号をベル打ちにしてる率が高いとおもうwww




コギャル全盛期だった我々…
当時のあるあるネタで腹よじれるほど笑った(´・ε・`)


まず、90年代女子あるあるといえば

・ルーズソックスはスミス。鉄板。

・履く前にゴム抜きして、ジャンプ丸めて突っ込んで伸ばしておく。

・ソックタッチがないとアラビックヤマト(ない場合は木工用ボンド)で留める←毛の処理してないと脱ぐとき悲惨

・アイプチがなければ木工用ボンドで代用する。

・ガキはお金なくてシャネルのかばんなんか持てないからサブバに白いポスカでシャネルマーク描く。

・白い口紅(輪郭描いたら轟さんになる



などなど…
ほかにもいっぱいあり過ぎて…懐かしい(´・ε・`)


話聞いてた長女は若干引いてたがねw

今は100均でなんでも揃う時代だけど、我々の時代はそんなもんないからお金なければ何かで代用するしかなかったんだよ…




ファッションはとにかくどこもかしこもハイビスカスだったねー

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黒豚発見


【若気の至り】という都合のいい言葉が存在することに心から感謝する。
日本語っていいね←



太い足だしてミニスカート履いてる娘に、
「みっともないからその太い足出さないで」
とよく言うのだが、


おまえが言うなwww



20年前の母親も同じことを思っていたんだろうな…

つか、アルバやらミジェって今もあるんかいな⁇

頭にお花咲いたり、夏でもないのにレイ付けたり…したね…

毎日が夏休みみたいな気分だったんだろうね…
楽しかったんだよ…
何もかも…


今や長女の花冠姿に

我「恥ずかしいからそれで外歩かないで(真顔」



おまえが言うなwwwwww


20年前の母親も(2回目



綺麗目おねいさんだとエゴ、セシルあたりを着てたりして。

んでもミラーは絶対ラブボなんだよなw


先日の模様替え中、長女にドレッサーをあげたんだけども、引き出しからラブボの折り畳みミラーとセシルの手鏡が出てきて…
なんとなく捨てられずにとってあるわw
絶対使わないけどねw

いつかまた話のネタになる日が来るかもしれないし(´・ε・`)




そんな時代を過ごした我々が、長女にしこたま説教たれたのです

「高校は絶対に卒業するべき」


ほんとにね。
これに尽きる。


今となっては楽しかった思い出をこうして振り返ることが出来るけど、やはり高校くらいはきちんと卒業しておきたかったなと心から思う。


高校生は赤点取らずに進級さえ出来ていれば3年間遊ぶ権利を得られるんだよ。
もちろん、学生であるがゆえの制約はあるけれども。


それを自ら放棄してしまった我は、実家にお金入れないと追い出されるし、それでも遊びにも行きたいしでバイト掛け持ちしたりもした。

テスト休みだー夏休みだーって高校の元同級生がカラオケしに来るのに、我はお金稼ぐために受付して案内してドリンク運んで…
最後はルーム清掃してた。

くそ!って思ったことも多々あったけども、全て自分が選んだ道。



まぁ悔やむ暇があったら遊んでたが←



その時代がなかったら今の我は存在しないから決して否定もしないし、後悔もない。

ただ、普通の高校生活を送っていたらまた違った人生だったのかな…と、この年になってふと思うことはある。


自由と引き換えに得たものも多くあるけども、失ったもの、埋められないものの大きさに今になって気付いても…
遅いのだね…


それをいくら長女に訴えても、理解してもらうことは不可能なんだろうな…


こんな人間が言ってんだもん↓


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アルタ前で段ボールハウス生活していた頃←嘘です


あまりの太ましさに
「おまえ、よくこれで歌舞伎町歩けるね」
とすれ違いざま罵倒してやりたい気分←