父の言葉は、いつだって無責任です。
以前、父と母が感情をぶつけ合うように話し合ったとき、
私の病気について母が「あなたはなにもしてくれない」と
言ったら、父は「どうすれば良いかわからないし
教えてくれないじゃないか!」と言い返したそうです。
だったら、私は父になんと言えば良かったのだろうと
長い間考えました。
その結論が、今日ようやく出ました。

今日は随分と足が痛くて、立ち上がるのも必死でした。
歩くのもぎこちなくて、夕食の手伝いをしていたときに
母に「痛かったら今日は休んでて、ありがとうね」と
言われましたが、基本的に父や他の姉弟は手伝ってくれず
手伝いをするのは私だけなので、少しつらいとは思いましたが
「大丈夫だよ」と言って足を引きずりながら配膳をしました。
その時、私の様子に気づいた父がなにか言いたそうでした。
「俺がやるよ」とか「座っていたら?」と
言ってくれるのかもしれないと、少しだけ期待していました。
しかし、出てきた言葉は「さすろうか?」でした。
確かに、私を気遣ってくれ言葉ではありましたが、
私の病気の痛みが撫でて治るようなものではないことは、
母も姉弟も、親戚だって知っていることです。
それをさすろうか、だなんて、勘違いも甚だしいです。
「さすっても治らないよ」と言おうと思いました。
しかし、今までそういうことを言えば「人が優しくしているのに!」
と怒られたことを思い出しました。
そこで、ようやく気づいたのです。
私の病気を、理解してくれたことなどほとんどなかったということを。

痛くて寝ていれば「少しくらい歩いた方が健康的だ」といい、
入院や手術が怖いと言えば「俺は何度もしてきた」といい、
筋肉がつきやすい体質だけど筋肉をつけすぎてはいけないという
医師の診断を伝えれば「そんな簡単に筋肉はつかないから
もっと頑張ってみろ」といい、
肩も脚もまだ不自由だから免許をとるのは怖いと言えば
「腕がない人も脚がない人も運転できるだろ」といわれました。
あの人にとっては励ましのつもりだったのかも知れませんが、
私には「努力が足りない」としか聞こえませんでした。
私の痛みを肯定してくれたことはほとんどありませんでした。

話を戻し、夕飯の話です。
さすろうか、と言われたとき、なんと答えようか考えました。
だったら私の代わりに手伝ってと言えば
「俺は仕事でこんなに疲れてるのに」と怒るかもしれない。
さすっても治らないと素直に伝えたとしても
「善意で言ってやってるのに」と怒るかもしれない。
そうやっていろんなパターンを考えて、考えて、考えて。
私は結局「大丈夫」というしかないのです。
例え父が私の本音を聞きたかったのだとしても。
例え今までのことを反省してほんのわずかにも私を気遣って、
痛みの接し方を聞いていたつもりだったとしても。
父にはもう何も期待していないのです。
私の痛みを理解してもらうことも、
母の手伝いをしてもらうことも。
ご飯を作れとは言いません。献立を考えろとは言いません。
箸を配るだけで良いのです。コップを用意するだけで良いのです。
お茶を入れるだけで良いのです。ご飯をよそうだけで良いのです。
いっそ自分のぶんだけでも良いのです。
それだけで、私や母はどれほど楽になるでしょう。
もっと飯を早くしろとあなたが怒ることもなくなるかもしれません。
ご飯が少ないと怒ることもなくなるかもしれません。
お茶がないと怒ることもなくなるかもしれません。
それをあなたが理解しなくても、私たちはもう何も言いません。
一人だけ座椅子に座ってふんぞり返っていれば良いです。
私たちがあなたから逃げるその日まで、せいぜい亭主関白を
満喫してください。










あぁ、私は
悪魔になったのでしょうか。