で、参加料として10ホンド払い「play for japan」ってロゴが入ったリストバントを貰った。ロゴが「PRAY FOR JAPAN」じゃなくてよかった。言葉尻を捉える言い方かも知れないけど、何に対して「祈る」のかが分からないから。「祈る」のはどこか遠くにある手の届かない存在に対してであって、実際に現実に起きている問題に対して祈ったところで果たしてどうなのか、俺には良く分からない。
ただ、まぁそれはただの言葉のニュアンスであって、そんなのをいちいち気にしていても仕方がないと思うし、「PRAY FOR JAPAN」という名の下でいろんなチャリティーイベントを開催している人たち対して、日本人としてすごく感謝しているし、本当に暖かい気持ちでいっぱいです。
俺が言うのも少し変かもしれないけど、本当にありがとうございます。
それで今、なんとなく右の手首に付けている。なんとなくじゃいけないのかも知れないけど、なんとなく付けている。
いつ外すかはまだ分からないけど、今のところ外す気はないし外す予定もない。(そんなことはどうでもいいことかもしれない)
あの震災を意識させるものを身に付けるという行為は、うまく言えないけど、いいか悪いかという基準から考えれば少なくとも悪いことではないと思う。
ロンドンにいて日本の為に何ができるかと考えた時、結局、何もできそうにない自分っていうものが圧倒的に浮かび上がって来て、その都度無責任な自分と「play for japan」できない無力な自分を感じる。
抽象的な問題を考える時はいつもそんな空虚で大きくぽっかり開いた空洞が、いくつも心のなかに浮かび上がる。きっと抽象的っていうのはそんなものなのかなって少し思ったりする。
誰かの為に何かをする場合には、それはきっと具体的じゃなきゃいけない。
抽象的なものは良くも悪くも抽象的な心象をどこからか呼んでくる。
問題を大きくして、解決策や答え、ゴールのような目標が何も見えない抽象的な事柄は、自己世界の確立や、自分だけのパーソナル空間の線引きを助長する面ではうまく機能するかも知れないけど、現実的で実践的な社会と名の付くシステムの上だと、精神的な病や出口の見えない悩みのようなものを作り出す可能性を多く含んでいる。
それはいいことなのか悪いことなのかは分からない。もしそれがいいことなのか悪いことなのかが最初に分かっているのなら、きっと誰も悩むことはないんだと思う。
とりあえず、思うのは、抽象的な話はあんまりしないほうがいいってこと。
具体的な話が実生活では死活的に重要になってくるってこと。
実生活という面においては。
だから日本のことはあまりしゃべらない。あんまり正直喋りたくない。
ただ自分ができる範囲でできることをする。それしかない。
きっと関係性の中でどこかで全部が繋がっている。
すごくスピリチュアルな言説に聞こえるかも知れないけど、そうじゃないかなって最近よく思う。
だから自分ができることをしなくちゃならない。関係性の一部であり、全体としての自分として。
日本で具体的な行動をしている人がいっぱいいる。そんな人が人を幸せにしている。適材適所。
今の俺は具体的に生きなくちゃならない。
誰が望んでいるでもなく、今俺が望んでいる。
あっタイトルのあまり考えないほうがいいのは自分っていう概念のこと。話が繋がると思ってたけど、うまく繋がらなかった。笑。(強引に繋げます。)
一度この概念にどっぷり飲み込まれると、どうもちっとやそっとじゃ抜けられなくなる。俺はこっちに来てからずっと抜けられなくなった。それが悪いことなのかは分からないけど、その「抜けられない」っていう感覚は、ある種の悩みのようなものに近かったんだろうと思う。(ある意味「悩みのようなもの」として誤解してしまうほど姿形が似通っていたのかもしれない。)
その「抜けられない」感覚は日常生活に怠惰や無気力を運んでくる。そして、この日常の世界さえも抽象的なものに変えてしまう。
別に、頭の中で何を考えてもいいと思う。哲学や宗教的な宇宙論を考えても全然いいと思う。
それについて考えたり悩んだり学んだり、それって素晴らしいことだと思う。俺はそういった話が大好きだし、そういった物語にある意味救われてきた。
結局、何を考えても感じても、それはすごく素敵なことで、すごく自由なことだと思う。
ただ、最近自分に言いたいことは、生活は具体的に過ごさなきゃいけないんじゃないのかってこと。ちゃんとしたルーティーンを通して、しっかり繰り返しの日常を過ごさなきゃいけないんじゃないのかってこと。
具体的な生活者じゃなきゃ抽象的な話に説得力を与えられない。そんなことを思う。
説得力や人を感動させる力や人を引き込む能力は、具体的な生活者にしか持つことができない能力じゃないのかなって思う。
だから、(俺は自分に言っている。)しっかり生活しましょう。
いろんなことをぐるぐる小宇宙の中で考えてもいいけど、生活はしっかりやりましょう。
ちゃんとしっかり戻ってきましょ。この日常にしっかり戻って来ましょう。
行き過ぎてもその分しっかり戻ってくる。それが中観っていう考え方であり、中道っていう正しい生き方なんじゃない。
そういうことが一番大切なんだなって、すごく時間がかかったけど最近分かった気がする。
まぁあとはやるだけ。
具体的に春は過ごしましょ。そんな気持ちで毎日を過ごしましょ。
今、気持ちの中で長い冬が明けた気がする。ようやく、現実的な行動に焦点を当てて考えられるようになった気がする。
だから、気持ちがハッピー。
すごくうきうき。
何にもなくてもいいじゃない。何にもないわけがないんだから。
日常が一番の宇宙だよ。
そんないつもの抽象的なブログでした笑
おやすみ。
Hexstatic-Salvador
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