結構前から思ってたことなんだけど、
ここ日本には「不器用ブーム」なるものが存在していると思う。

※不器用ブーム
必要以上に自分のことを「不器用」「恥ずかしがりや」「照れ屋」
と自己申告するブームを指す。

最近のJ-pop聞いててもそうでしょ?

んなことよりお前の方は元気か?ちゃんと飯食ってるか?
ちくしょう、やっぱ言えねぇや
また今度送るよ俺からのLetter

不器用な俺 遠くにいる君
伝えたい気持ちそのまま言えずに 君は行っちまった
今じゃ残された君はアルバムの中

そばにいるね by 青山テルマ feat. SoulJa


これとか。


LOVE SONG ヘタクソな歌で愛を歌おう バカな男が愛を歌おう
一生隣で聴いててくれよ
LOVE SONG 何度でも 何度でも

純恋歌 by 湘南の風


これもそう。
「ヘタクソな歌」「バカな男」のあたり、ブームにしっかりと乗ってます。
てかこの人たちからは不器用ブームの臭いがプンプンしてる。
言っちゃ悪いが、この歌を歌う相手の基準低そうだな。
付き合って2日目ぐらいで歌ってそう。
それにしてもヘタクソな歌を発表してファンに買わせるというのは、プロとしていかがなものか。
…なんて皮肉を言ってやりたくなる。


百万回の「愛してる」なんかよりも一度ギュッと抱きしめた方が早いだろうなぁ
俺みたいな恥ずかしがりはこんな伝え方しかできないけど
本気で人を好きになった時に台詞じみた愛の言葉なんていらないさ
俺は何も言わず抱きしめるからお前は俺の腕の中で幸せな女になれ

等身大のラブソング by Aqua Timez


これで最後。
「俺=恥ずかしがり」ってとこがキーポイントですな。
俺が女だったら「きもい」って思いそうだけど、女の子たちの意見はどうなんだろう。


さて、それではこれらの「不器用ブーム」をじわじわと血祭りに上げて行こうか。

そもそも何で僕が今回このテーマを取り上げたかって言うと、
こういう事言ってる人から、ものすごいいやらしさを感じたから。

ここで言ってるいやらしさってのは、エロとかいう意味じゃなくてね。
どっちかって言うと、ずるさに近いニュアンスで捉えておこう。

たぶん彼らの中で「不器用」ってある種の売りみたいになってるんじゃないかな。
そこまではいかなくても、

「俺は不器用だから多少の事は許してね」とか、
「恥ずかしがりな俺ってちょっとカワイイだろ」みたいな感じで

「自分は不器用」と自己申告しちゃうことで、言葉の悪さ・足りなさや行動の未熟さを許してもらえるような、
そんな免罪符を手に入れようとしている気がしてゲロ吐きそうになる。

不器用を自己申告するメリットはもう一つあって。

それは相手に安心感を与えられるってこと。
いくら普段から「人のためになるようなことがしたい」って言っている人でも、
やはり人間だから、「他人に利用はされたくない」ってどうしても思ってしまうよね。
だから自分を利用しようとしている人に対する拒否反応って結構あるんじゃないかなと。

その意味で、「器用な人」っていうのは怖い。
だって器用だから。
言動から本心がなかなか見えないから。
見えたとしてもそれが本心か分からないから。
表面上は「好きだよ」とか言ってたとしても、もしかしたら「まぁこいつとは遊びだし」とか思ってるかもしれないし、
やっぱり怖い。

反対に「不器用な人」はすごく安心できる。
それは不器用だから。
自分を騙そうとしていても、それがすぐに分かっちゃいそうだから。
だから頭の中で、不器用が「正直」とか「純粋」とかとニアリーイコールで繋がってる人って多いんじゃないかな。

これは頭のよさとも共通したものがあると思う。
人ってみんな「頭のいい人」と話しているときよりも「バカな人」と話しているときの方が、気が緩んでると思う。
それは安心してるから。
「この人はそんなに頭はよくないから、自分を騙したり、見下したりはしないだろう」
って無意識に考えている気がします。

だから「バカな子ほどかわいい」っていう言葉は、
プライドの高い人間のそういう不安というか疑念みたいなものを表わしている面もあるのでは、と僕は思います。

だけど、ここで僕は言います。
「器用さ」「不器用さ」と「正直さ」「純粋さ」には何の関係もないんじゃないでしょうか。
むしろ「器用な人」ほど「不器用な人」を演じるのがうまいんじゃないかと思います。

不器用ブームに乗ってる人たちは(たぶん無意識的にだけど)この心理を利用している気がするんで、
僕は好きじゃないんです。

ちなみに。
頭のいい人は計算高くて、バカな人はひたむきでまっすぐ。
これもテレビドラマを始めとするフィクションの世界が作り出した虚像です。

頭がいい人は頭がいい。
バカはバカ。

単にそれだけです。
そこから人の性格を勝手に類推するのが間違ってる。

最後ちょっと急展開になったけど。
まぁ要は、人をちゃんと見る目をつけようぜっていう話ですね。
どうすれば人を見る目がつくのか、それはみなさんが考えてみてください。
僕にはよく分かりません。



だって俺、バカで不器用だし。


昨日はサークルの代表選挙+飲み会だった。
僕らの代で設立したサークルなので、今の1年生は4期生ということになる。


その4期生の中から代表を選ぶ選挙を行ったというわけだ。


今年は、既にOBとなってしまった僕たちにも選挙権が与えられていたので、
がんばって聞きましたよ、スピーチやらマニフェストやらを。


代表候補は二人いたんだけど、二人ともサークルのためを思って、必死でプレゼンしてくれました。
そんなもんだから、僕も久しぶりにサークルの事を真面目に考えました。


ただ、今回ちょっと感じたのは、世代間の意識の違いかな。
世代間と言うと語弊があるので運営
経験者と未経験者間とでも言おうか。


やっぱり僕たちOBは、ある程度組織運営に関して経験があるから、そういう人間の視点で代表を見るわけです。
「あいつが代表になったらどんな組織になるのかな」そんなことをイメージしながら話を聞くし、必然的に質問も厳しくなっていくんです。
それは、失敗を重ねまくって培った、経験者ならではの視点です。


反面、現役の後輩たちはどうしても自分たちのやりたい事に目が向いてしまう。
「やりたいことをやって、何で失敗することがあるの?」っていう、良く言えば純粋、悪く言えば無知な視点。


この二つの視点が同じ結論を導くことは、極めて稀だ。


だからこそ難しいのである。


俺はどちらかというと、組織(この場合はサークル)における伝統とか、慣習というものが好きではない。
というのも、それらは所属している者の考えるべき領域を奪うことになるから。


春はどこそこの居酒屋で新歓やって、
夏は海に旅行に行って、
秋は大学祭で模擬店出して、
冬はスノボに行って、


これらの行事が全て伝統で決まっているからやっているんだとしたら、
それってすごく虚しくないかい?


別にこれらの行事をするなと言っているのではない。
組織とは、言わば所属している人間の集合体なのだから、
既に所属していない人間が決めた伝統とやらに縛られる必要は全くないと言いたいのである。
現役生が
自分たちにとってベストなものを考えるべきなのだ。


過去の人間が決めたレールに乗ったがために、現役生の創造性を発揮する機会が失われてしまうことはとても悲しい。
俺は自分たちが1期生で、サークルのルールや行事その他考える機会を得られて、それが凄く楽しかったから。


「自分は今、何をしたら最も楽しくなれるか?」これを自問自答し、導き出した結論を実行する。
これは
死ぬまでやっていきたいと思う。


話が少し逸れてしまったので、選挙の話に戻そう。


OBの俺からしたら、現役生に失敗はして欲しくない。
自分たちが経験した失敗はもちろん、予測しうる失敗も。


そしてそれより大きいのは、組織を下手に変えてほしくないという感情。
薄々気づいてはいたが、自分がこんな感情をもっていたのは
複雑な気分である。


そして組織を思うあまりに、所属している後輩の意向を無視してしまう。
組織=所属者であるはずなのに。


組織のため(=後輩のため)を思うのであれば、
OBは一切干渉せずに、失敗させた方がいいのかもしれないとも考えてしまう。


歴史にタラレバは適用できないし、他人の経験を100%共有することもできない。
誰しも個人として生まれてくることは初めてであるはずなのに、過去の歴史を強制的に背負わされてしまう。


あーなんかうまくまとめられないが、

これらの事は人間にとって結構重大なジレンマだと思うんだけど、どうだろうか。

今日は俺が最近はまっている漫画を紹介したいと思う。

これ。

柔道部物語 (1) (講談社漫画文庫)/小林 まこと
¥683
Amazon.co.jp

小林まことの『柔道部物語』である。
タイトルがかなり地味だ。

しかし、この漫画をあなどってはいけない。
柔道に興味のない人でもかなり楽しめる、超王道系のスポーツ漫画なのである。

日本全国の柔道少年たちにとっては、もはやバイブル化しているといっても過言ではない。
つまり、

野球・・・・・ドカベン、タッチ
サッカー・・・キャプテン翼、シュート
バスケ・・・・スラムダンク、Dear Boys
柔道・・・・・柔道部物語

という構図が成り立つのである。
俺としては本作の知名度の低さが残念でならない。

話の流れは、典型的なサクセスストーリー。
高校で何となく柔道を始めた主人公が一躍有名になり、インターハイ優勝を目指すというものである。
先輩や仲間やライバルと切磋琢磨して、まぁいろいろと成長するのだ。

では、この作品の最大の魅力とは何か。
それは登場人物にあると思う。

断わっておくが、作者は柔道をかっこよく見せようとは考えず、
「地味で、汗臭く、女の子に嫌われるスポーツ」というスタンスを一貫している。
そのため登場人物の多くはお世辞にもかっこいいと言える風貌ではない。
試合に行けば、マッチョ、デブ、ブサイクのオンパレードなのである。

しかし、そんな彼らがなりふり構わず柔道に打ち込む姿は美しく、
失ってしまった何か大切なものを思い出させてくれる。

それぞれの個性やギャグにも手抜かりがなく、今読んでも結構笑える。
体育会系のノリがうまく笑いと絡められているのではないだろうか。

試合に関しても、迫力・テンポ共に申し分ない。

『柔道部物語』、お勧めである。