かなり放置してしまった。

その間にも時は必ず進むもので。。。


長野マラソン中止決定

実家に帰省(のらりくらりの生活をしてしまい体重2キロ増)

幼稚園入園まで後3日!!!


入園準備もほとんど終わっているけど、なんだか私の方がドキドキするな。

大丈夫だろうか。









私たちが住む長野県もかなり揺れた。
 
その時昼寝をしていた二人を慌てて起こし、抱きかかえて外に逃げた。

外に出てもまだ揺れていた。

隣の老夫婦と無事を確認した後、家に戻りテレビを付けると、ちょうど津波警報が出ていて、
どこのテレビ局も報道番組に代わっていた。

「長野は震度4かあ。その割には揺れたな。」

なんて思ってテレビを見ていたら、

「東北震度7。」

目を疑った。震度7って。

しばらくすると、町のすべてが津波に飲み込まれる映像が飛び込んできた。

こんなことが自分の生きている間に起こるなんて信じられなかった。
                                             

*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆   



時間が経つにつれて被害状況がわかってくると、胸が締め付けられ、涙が止まらない。

電気、ガス、水道などのライフラインはストップ、水や食料もなく、粉ミルクや紙おむつも全然ない。
震災後に生まれた赤ちゃんは沐浴もできず、着替えもできず、おむつもうんちをしないと替えてもらえない。

原発事故もあって、首都圏では計画停電も実施されている中、
テレビの前でただ現状を見ていることだけしかできず、なにもしてあげられないことにもどかしさを感じ、普通に生活できていることが申し訳ない。

今、私にできること。

募金、物資の提供はもちろん、過剰の買い占めはせずにいつも通りに暮らすこと。
そして旦那さんを愛し、子供達を愛して、普通の生活に感謝することだと思う。



当初の予定日は平成22年3月29日。

長男出産時、34週3日の早産+前期破水+低体重児だったことから、

37週まで頑張って、37週3日の3月11日に予定帝王切開を予定していました。

それでも妊娠6ヶ月頃からウテメリン飲んでお腹の張りを抑えていたな。

妊娠9ヶ月頃からは、ウテメリンMAXで手が震えていたっけ。



3月8日の夜、やっと入院準備完了。



3月9日午前6時、いつもより少し早めに起床。

そのままトイレに行くと、

出血。

おしるしだ、と思ったけど、このまま陣痛がきてしまったら大変だ!

慌てて病院に電話。

昨日準備しておいたバッグを持って一人タクシーに乗って病院へ。

俊介は訳も分からずにおばあちゃんと留守番になったけど、泣かなかった。偉かったな。

病院に着いてお腹に張りを調べるモニターを付けると、なんと陣痛がきていた!

先生 「このまま予定の11日まではもたないし、自然分娩もおすすめできない(長男時に早産で帝王    切開のため)。今日、出しましょう。」

あ~、またか。結局もたなかった。

それからというもの、準備は早かった。二人目ということで手術の説明は簡単に説明されて、

最後は「二人目だからいいね。前と同じ。」と看護師さん。

旦那さんや両親、義両親に連絡するもみんな間に合わず。

一人寂しく手術室へ。


午前11時10分

体重2860g 身長45.8cm

元気な男の子「祐介」が誕生した。

$まんまるスマイル