ある方のブログを見て私のリハビリを応援し励まして下っているのが嬉しくて再度、ブログを更新しようと思いました。
最初は、ただの愚痴でした。
その後、もし私と同じような方の参考になればと思い書いていました。
一旦、ブログを全てアメ記事にするか辞めるかで最近悩んでましたが、一人でも参考に出来る人がいればとまた更新させて頂きます。
私は、7年前突然の高熱に襲われました。
始めは、インフルエンザを疑っていたのですが、検査は、-。
次の日にもう一度来てみてとの言葉で一旦家に帰りました。発疹も出ていたので??という気持ちもありましたが、世の中インフルエンザのピークの時期だったのです。
家に帰って寝込みましたがあまりの寒さと関節の痛みで再度、熱を計ると計測不能。
何度計っても熱を計ることが出来ず、緊急でやっていた病院へ旦那と長男に担ぎ込まれながら行ったのです。(意識朦朧とした中での病院でした)
インフルエンザでは、ないかな?とは、思うことを旦那たちが言ってたような気がしたのですが、発疹を見て医師たちがそこの院長先生を呼び、血液検査をしたらCRPが異常に高かったらしいので次の日朝一で皮膚科受診を勧められました。
そのときのCRPは、覚えてません。
翌日朝一で長男に病院へ連れて行ってもらい、CRPは、8.4で全身発疹。熱は、39度くらいまでは、下がっていたような記憶があります。
即、入院と言われ、入院したのは、良かったのですが、検査という検査は、せずにすぐにステロイドを皮膚科の医師は、使い始めたみたいでした。
普通は、検査をしパルスから始めますが、いきなり点滴とステロイドを飲み始めました。
私は、熱が下がらずハッキリと覚えてなかったのです。
後で友達が多分1日100mg以上のステロイドを使っていたんでは、ないかと言ってました。診断は、すぐついたのですが、今じゃ不明です。
そりゃ効きますよね。
一週間で一旦家に帰れたくらいだから。
帰ってまた高熱が出て病院へとんぼ返り。
友達にセカンドオピニオンしなさいと言われ、病院へ言ったその日に言ったのに熱が高いので落ち着いたらと拒否されました。
思考能力のない私は、またそのまま入院。
そこから約2ヶ月近くも点滴とステロイド服用が始まったのです。
一体、どれだけのステロイドを服用したのかしら?
もちろん、合間に何度もセカンドオピニオンを頼みましたが拒否されました。
家族は、私の病状も治療法も一切分かってなくて私自身も思考能力0で過ごしました。ブログをいろいろ読んでも意味不明だったような感じでした。
何しろ思考能力は、0ですから。
辛いのは、自分の気持ちと家族のこと。
長男は、21歳で学校を卒業し就職が決まっていた時期でしたし、次男は、17歳。学校を辞めて働き始めた年でした。
病気で苦しむというより自分の体?顔の変化に一番ショックを受けてましたし。
入院前48Kgで少し中年になってきて太ってきたなという感覚で3ヶ月後退院するときは、52Kgでステロイドのせいかな?くらいにしか思ってなかったのです。
ステロイドの副作用は、後からドーンときます。退院して2ヶ月後には、+10Kgになりましたから。しかも関節は、痛く、体は、鉛のように重い。
ステロイドの副作用で1年間は、体調に波が有りすぎて辛くて堪らなかったと思います。
本当にキチンとした病院に変わっていたら?最初にかかった病院が違っていたら?
私は、今この大腿骨壊死で苦しむことなかったのかな?と未だに思います。
大腿骨壊死は、難病だから分かりませんが(笑)
私自身の治癒力は、多分凄いと思ってますから。(根拠なしです(笑))
胃潰瘍も肺炎さえ自分自身で治せる力があるからです。
退院後、半年後くらいかな?検査したら、胃潰瘍の後と肺炎の後があると言われました。
いつなったのかも分かりませんが(笑)
もちろん、退院後は、食事にも徹底的に拘っていました。
それは、病気を治すというより、副作用を軽減するためですが。
無理をしたらいけない病気と言われては、いましたがどれくらいが無理なのかも自分でも分かりませんでした。
社会復帰頃には、体重も54kgまで減り、ステロイドが2mgになったときは、52Kgまで減ったのです。
ただ、CRPがあまり落ちつかなくて医師がステロイドを一時的に20mgまで上げたり、下げたりでしたが。
退院後には、キチンとセカンドオピニオンしてもらいました。
そして膠原病発症後、4年後に大腿骨壊死の病気となりました。
ステロイドの怖さは、後でしか分からないほど思考能力がなかったのです。
病気は、今不明なので怖いと言えば怖いのですが。
昨年CRP4.8のとき、私の今の主治医が怖がっていました(笑)
私自身、怠いくらいで平気でしたが(笑)
私の不明の膠原病発症ときのことをキチンと書いておきたくなりました。
万が一、おかしいなと感じた家族の方が調べられるかもしれませんから。
最初は、ただの愚痴でした。
その後、もし私と同じような方の参考になればと思い書いていました。
一旦、ブログを全てアメ記事にするか辞めるかで最近悩んでましたが、一人でも参考に出来る人がいればとまた更新させて頂きます。
私は、7年前突然の高熱に襲われました。
始めは、インフルエンザを疑っていたのですが、検査は、-。
次の日にもう一度来てみてとの言葉で一旦家に帰りました。発疹も出ていたので??という気持ちもありましたが、世の中インフルエンザのピークの時期だったのです。
家に帰って寝込みましたがあまりの寒さと関節の痛みで再度、熱を計ると計測不能。
何度計っても熱を計ることが出来ず、緊急でやっていた病院へ旦那と長男に担ぎ込まれながら行ったのです。(意識朦朧とした中での病院でした)
インフルエンザでは、ないかな?とは、思うことを旦那たちが言ってたような気がしたのですが、発疹を見て医師たちがそこの院長先生を呼び、血液検査をしたらCRPが異常に高かったらしいので次の日朝一で皮膚科受診を勧められました。
そのときのCRPは、覚えてません。
翌日朝一で長男に病院へ連れて行ってもらい、CRPは、8.4で全身発疹。熱は、39度くらいまでは、下がっていたような記憶があります。
即、入院と言われ、入院したのは、良かったのですが、検査という検査は、せずにすぐにステロイドを皮膚科の医師は、使い始めたみたいでした。
普通は、検査をしパルスから始めますが、いきなり点滴とステロイドを飲み始めました。
私は、熱が下がらずハッキリと覚えてなかったのです。
後で友達が多分1日100mg以上のステロイドを使っていたんでは、ないかと言ってました。診断は、すぐついたのですが、今じゃ不明です。
そりゃ効きますよね。
一週間で一旦家に帰れたくらいだから。
帰ってまた高熱が出て病院へとんぼ返り。
友達にセカンドオピニオンしなさいと言われ、病院へ言ったその日に言ったのに熱が高いので落ち着いたらと拒否されました。
思考能力のない私は、またそのまま入院。
そこから約2ヶ月近くも点滴とステロイド服用が始まったのです。
一体、どれだけのステロイドを服用したのかしら?
もちろん、合間に何度もセカンドオピニオンを頼みましたが拒否されました。
家族は、私の病状も治療法も一切分かってなくて私自身も思考能力0で過ごしました。ブログをいろいろ読んでも意味不明だったような感じでした。
何しろ思考能力は、0ですから。
辛いのは、自分の気持ちと家族のこと。
長男は、21歳で学校を卒業し就職が決まっていた時期でしたし、次男は、17歳。学校を辞めて働き始めた年でした。
病気で苦しむというより自分の体?顔の変化に一番ショックを受けてましたし。
入院前48Kgで少し中年になってきて太ってきたなという感覚で3ヶ月後退院するときは、52Kgでステロイドのせいかな?くらいにしか思ってなかったのです。
ステロイドの副作用は、後からドーンときます。退院して2ヶ月後には、+10Kgになりましたから。しかも関節は、痛く、体は、鉛のように重い。
ステロイドの副作用で1年間は、体調に波が有りすぎて辛くて堪らなかったと思います。
本当にキチンとした病院に変わっていたら?最初にかかった病院が違っていたら?
私は、今この大腿骨壊死で苦しむことなかったのかな?と未だに思います。
大腿骨壊死は、難病だから分かりませんが(笑)
私自身の治癒力は、多分凄いと思ってますから。(根拠なしです(笑))
胃潰瘍も肺炎さえ自分自身で治せる力があるからです。
退院後、半年後くらいかな?検査したら、胃潰瘍の後と肺炎の後があると言われました。
いつなったのかも分かりませんが(笑)
もちろん、退院後は、食事にも徹底的に拘っていました。
それは、病気を治すというより、副作用を軽減するためですが。
無理をしたらいけない病気と言われては、いましたがどれくらいが無理なのかも自分でも分かりませんでした。
社会復帰頃には、体重も54kgまで減り、ステロイドが2mgになったときは、52Kgまで減ったのです。
ただ、CRPがあまり落ちつかなくて医師がステロイドを一時的に20mgまで上げたり、下げたりでしたが。
退院後には、キチンとセカンドオピニオンしてもらいました。
そして膠原病発症後、4年後に大腿骨壊死の病気となりました。
ステロイドの怖さは、後でしか分からないほど思考能力がなかったのです。
病気は、今不明なので怖いと言えば怖いのですが。
昨年CRP4.8のとき、私の今の主治医が怖がっていました(笑)
私自身、怠いくらいで平気でしたが(笑)
私の不明の膠原病発症ときのことをキチンと書いておきたくなりました。
万が一、おかしいなと感じた家族の方が調べられるかもしれませんから。