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hiro's Diary

ブログの説明を入力します。

みなさん、沢山のペタありがとね。(^^)


今日も、たくさんペタ沢山ペタしてくれたので

嬉しかったので更新です。(><)



それから、最近ゲストブックにすごく、沢山

お返事頂いてるのですが、全部紹介出来なくて

ごめんね。m(__)m


ちゃんと、見てるからね。(^^)


少しずつ、紹介していきますね。


それでは、これから、みなさんにお礼のペタ

に行きたいと思います。。(^^)

日本は、1970年頃から社会保障制度にお金を


使いすぎて国債及び借入金債務(国の借金)現在高が、


938兆円もあります。この社会保障制度は、


今の日本の少子化を、この頃読み切れなかった


為のものです。


そして、この借金を、返すために、国は、税金や、


諸費税など、構造改革で進めて


きました。しかしこれも、中途半端で終わりました。


今の社会経済を立て直す為に、今、国の借金を返す


ことが、優先順位は先でしょうか。



世界経済悪化している背景に、私は、ITが、


影響していると考えます。


今、インターネットで、ほとんどことが出来ます。




人間が、コンピューターに頼りすぎて、大きな意味で


仮想現実の世界にならないようにすることが、


必要だと思います。






ネコが瞳はまんまるになっていたり、たてに細長になっていたりするの

は目に取り入れる光の量と深い関係があります。



ネコは、基本的に夜行性です。そのため、ネコの目の構造は暗いときによく見えるように工夫されています。

その工夫の一つに瞳の大きさを変化させることが挙げられます。


夜間の猫の交通事故が多発するのは猫の目に「タペタム(輝板)」という構造があること

そして夜行性動物の視細胞は感度が高く、強い光からこの視細胞を保護するため普段は瞳孔が光を十分に遮蔽していることが関係しています。


特に猫は人とは違って瞳孔を完全に閉じることができる哺乳類として知られますが、しかしそれは裏返せばそれだけ視細胞の感度が高いのです。


従って夜間の僅かな光を取り込もうと瞳孔を大きく散瞳させている所に強い光を突然当てると、虹彩の反応にも

限度がある以上視細胞へのダメージが非常に大きく、下手すると失明する個体すらあるのです。



自動車を避けようとしない猫がいるのは何故か、れには様々な説があり、おそらく複合的なものと考えられています。


①追跡や探索ではなく「待ち伏せ→瞬発力を活かした強襲によって獲物を仕留める」という狩りを行うネコ類の集中力は生半可なものではなく、何かに集中して回りの気配を除外している。


②「単独でこちら向かってくる存在」に対しては回避行動より好奇心が働くため対応が遅れる。


③日常的に車体の下等を利用するため、特に幼い猫にとってはその脅威が理解できない。

しかし①②③について、先の回答者様が仰る「ネコは相手の行動と自分の行動の結果を予想出来ない」わけではありません。

猫の体の小ささに対して車体のエネルギーは膨大です。

本単独性の猫は事故を目にする機会も少なく、静かに高速で近づいてくる無機質な物体を認識しにくい。猫は

食獣であり目が顔の前面に付いて、視野を狭める代わりに獲物との距離を正確に計ることができるが、それは

くまで「動物として」動くものに対して発達した視覚であり、高速で一直線に突っ込んでくる車は対象外なのではないか。


猫が、もっともっと安全に生活出来るように、今の車のように、

明るいLEDではなく、人間の知恵を使えば、もっと、猫が、ちゃんと反応できるライトの開発、

そして猫が近くにいることを教えるセンサーなど、猫を避ける為の機能の開発は、いくらでも出来ると思います。そして、道路にも、安全に猫が横断出来る工夫も出来るはずです。


いちばん、大事なのは、車を運転している私達が、夜の運転も、速度を出しすぎないで、猫にもっと注意することが、人間の目には出来ると思います。


みなさん、車に乗るときは、ボンネットを、何回か叩いてあげてください。


猫が、車の中で寝てるときがありますよ!



みなさん、ブログのコメントたくさんありがとうございます。


うちの下のネコは、階段の下に、少し奥まった小さなスペースがあってそこに

毛布i入れてあげたらいつも、そこにいるようになりました。(^^)



今は、ネコの好きな食べ物を研究中です。(^^)

hiroのブログ



少し前のブログで紹介した、うちのマンションの

下のねこです。


大分、大きくなりました。(^^)


下に行くと、俺のバイクのカバー

の下に隠れてました。o(><)o


バイク止めたすぐのときは、少し

暖かいのですが、今日は、とても寒かった

ので、寒そうです。


最近は、少しさわれるようになって

じゃれてきたり、おなかを見せて

ころがったりします。(^^)


ごはんをあげて、とても、寒そうななので

毛布をもっていってあげました。


これで、寒くない。(^^)




六歳のモーツァルトが、女帝の膝の上で
頬に何度もキスをしたというのは有名な
話ですが、(^^)
なぜ、25歳のモーツアルトが、ウィーン定住した後、なぜ、ウィーンで音楽が認められなかった
のでしょうか(・・?)


当時のウィーンで流行したイタリア様式やロココ調といったものからモーツァルトが離れていったことが第一の理由です。モーツァルトは晩年、当時忘れ去られていたバッハの音楽に傾倒し、特に対位法やフーガの様式を取り入れた音楽を多く書いています。代表的なものとしては「ジュピター交響曲」の第4楽章が挙げられます。もっとも有名な作曲家は晩年になるにつれバッハの影響を受けているんですけれども、モーツァルトもご多分に漏れずといったところでしょうか?だからバッハは「音楽の父」と言われているのです。


もう一つの理由は「フィガロの結婚」等の代表的オペラがストーリー的に革新的で、当時のウィーンの保守的体質に馴染まなかったとする見方もあります。モーツァルトもプラハでは認められてもウィーンの聴衆からは見放されていたんですね。
歴史にイフはありませんが、もしウィーン以外の場所であれば認められたかも知れません。
でも晩年書かれた曲、三大交響曲、27番のピアノ協奏曲、クラリネット五重奏曲、クラリネット協奏曲はどれも名曲です。
ソナチネの愛称で有名な15番のピアノソナタもこの時期の作品でした。