久しぶりです。
留学して1年半が過ぎました。残すところあと半年です。

留学が1年くらいたったあたりから、ある程度会話の聞き取りもできるようになり、ラボメンバーと一緒にいても居心地の悪さを感じなくなりました。自分なりに成長は感じています。
普段、新しい職場には1か月くらいで慣れるタイプなので、今回はずいぶん時間がかかりました。

ところで、私のように研究のために留学している人間は、「論文を書いて初めて評価される」という側面が強いと思います。

実際には、留学で英語が話せるようになること、異文化環境に適応すること、言語的に不利な状況で自分の意見を伝えること、
海外でマイノリティとして過ごす経験、といったものは、人生全体で見れば確実に財産になるはずですが、これらは可視化されません。

そのため、論文がなければ失敗、論文が書ければ成功、という単純な見方をされがちです。

ただ、この「論文」という成果物が、実はかなり曲者だと感じています。

アメリカの研究は、基本的にPI(ボス)が獲得してきた研究費で行われます。
研究費は、魅力的な仮説を「実現可能な形」で提示することで獲得されます。

つまり、最初は仮説という“絵に描いた餅”を提示して資金を得て、その後にその資金を使った実験で実際の餅をつくる、という順番です。

問題は、この仮説が研究途中で「どうも違うな」と思っても、研究費との整合性の関係で簡単には変更できない点です。

なので仮説が間違っていると、かなり厳しい状況になります。結果が明らかに別の仮説を支持していても、そちらの方向に話を持っていけないことがあるからです。

そのため、論文の成否は、ポスドク個人の実力以上に、ラボ運、プロジェクト運、PI運に大きく左右されます。

このあたりは、あまり表に出てきません。

もちろん、実力がなければ、仮説が当たっていても論文にはなりませんし、実力のある人は複数のプロジェクトを並行して回し、その中で仮説が当たったものを論文化します。
なので、実力が重要なのは間違いありません。ただ、実感としては、実力と同じくらい、あるいはそれ以上に運が重要です。
だからこそ、留学前に
「どのラボが継続的に論文を出しているか」
「同じラボから何人も成果を出して帰っているか」
といった点を見極める、いわば選球眼が非常に重要だと思います。
ただ、正直に言うと、私自身にはその重要性を理解するための情報も経験もありませんでした。

基本的に留学については、うまくいった人ほど楽しそうに話しますし、うまくいかなかった人の話はあまり表に出てきません。
そのため、私自身も、成功した人の話しか聞いておらず、「選球眼が大事だ」という発想自体を持っていませんでした。

加えて、私の場合は上司の推薦による留学だったため、実質的に他の選択肢はありませんでしたし、断るという選択肢も現実的ではありませんでした。そもそも英語も十分に話せるわけではなかったので、留学前にラボの内部状況を詳しく把握すること自体、ほぼ不可能だったと思います。

同じラボに継続的に人を送り続けられる大学が強いのは、先輩が論文を出していれば、そこが良いラボ・良いPIである可能性が高いからです。

結局のところ、様々な理由で論文化が難しい状況になることはあり得ますし、それが必ずしも個人の能力を反映しているわけではありません。

少なくとも私の状況では、構造的に論文化が難しい条件が重なっており、現実的には論文を出すのはかなり厳しいと感じています。

後戻りはできないので、今後は求められている最低限の役割をきちんと果たしつつ、これ以上の消耗やダメージを広げないことを優先しようと思います。
少なくとも私にとっては、「二度と基礎研究はしたくない」と思わされる留学体験でした。ただ、ある意味では、基礎研究という非常にコストパフォーマンスの悪い世界に、今後一生深く関わらずに済むと判断できた、重要な経験だったのかもしれません。
また振り返ってみると、私の留学は、上司の期待、妻の希望、両親の期待、子供の英語教育など、自分以外の要因を優先して決めた側面が大きかったように思います。なんとなくですが、実際に留学を成功させている人たちは、「留学したい」「世界で活躍したい」といった強い動機や欲求を最初から持っていることが多いように感じます。一方で、私自身にはそうした強い動機はありませんでした。むしろ本音を言えば、留学はしたくなかったものの、さまざまな事情から留学する流れに乗り、その流れから途中で降りることができないまま、結果として今ここにいる、というのが実態に近いと思います。

帰国後は、レビュー依頼、教科書執筆、IRB対応、地域医療への貢献、学会での教育講演や論文執筆への期待など、留学前から何となく違和感を感じていた、必ずしも自分が望んでいない仕事や役割を求められる場面が増えていくと思います。

その中で、周囲の期待や評価を基準に動くのではなく、自分が本当にやりたいこと、やるべきだと思えることを基準に、何を引き受け、何を捨てるかを決めていく。
そう考えるようになったことは、人生全体で見ればプラスの経験だったと思います。

結局のところ、自分の人生の責任を取れるのは自分しかいません。もし心身を壊してしまったとしても、その結果を背負うのは自分自身です。そういう意味では、この1年半は、私にとって非常に貴重な時間でした。

 

ちなみに、私のポスドクとしての給与は年6万ドルです。それを差し引いても、ここまでの赤字は1000万円以上になります。
さらに、日本で得られていたはずの世帯収入(留学によって失った収入 妻も医者なのでその分の収入は丸ごと赤字)を考慮すると、最終的な赤字はおよそ2500万円程度になる見通しです。

つまり、この留学は現時点でそれだけの「投資」をしているということになります。

この投資を無駄にしないためにも、今後は自分にとって最も合理的だと思える選択を、一つ一つ積み重ねていきたいと思います。

留学は残り半年ですが、語学の習得と思い出作りに重点を置きつつ、日本に帰ったら臨床メインに移行し、粛々と開業の準備を進めたいと思っています。