2月4日
明け方暗い中電話がなりました。
着信は施設から…
あぁ
とうとうこの日が来た
母の呼吸が…
施設の方の説明を聞いてても寝ぼけ眼で
今何時ですか?って聞いちゃいました。
その日子供達が学校へ行くのを待って
施設(群馬)へ向かいました。
母はもう冷たくなっていましたが、
顔は穏やかな寝顔で、苦しまずに逝ったんだなって
そして今日(2月17日)我が家へ来ました。
何度もこっちに来て住んだらと言いましたが
本人はやはり長年住んだ土地から離れず
目が見えなくなり、少し痴呆も進み始め
何度も警察のお世話になり
施設に入る事になり
半年で逝ってしまいました。
生きてるうちに来れば栃木の良さ分かったのにね。
まぁ本人の気持ちが大事だし、
人生楽しんだのかな…?
75年間お疲れ様でした。
上では大好きなビール飲んで楽しんでね。










見てこれなかった







































