Uへの思い
11/13日からの自分を含む移籍メンバーの思いは、第一次UWF設立時の前田日明と同じ?
猪木が後から行くから→結果、来なかった!!→U崩壊→新日復帰
果たして我々の運命やいかに!!!
第一次UWF
概要
ファン及び専門誌では旧UWFとも呼ばれる。また所属選手にはユニバーサルと呼ばれる場合がある。第一次UWFは1984年 に新日本プロレス の営業本部長だった新間寿 を中心に、同じく新日本プロレス所属の前田明(現・前田日明 )と 、同じく新日本プロレス所属で元国際プロレス のラッシャー木村 、剛竜馬 、グラン浜田 、マッハ隼人 らによって立ち上げられた。
設立までの経緯
UWF設立の裏には、当時アントニオ猪木 が事業の失敗により莫大な負債を抱えていたことが影響しているとされる。設立前にはアントニオ猪木を含めた新日本プロレスのレスラーの参加が噂されていたが(実際に、旗揚げ戦のポスターには当時の新日の主力選手達や主力外国人レスラー達の写真が載せらている)、結果としてはセミファイナルレベルのレスラーの参加にとどまった(後に前田は「猪木さんが『俺も後から行くから、先に行ってくれ』と言われたので移籍した」と発言している)。又、外国人レスラーに関しては、表立ってはいなかったが、ジャイアント馬場 のルートでテリー・ファンク が窓口となり選手を斡旋している。
上記の事からも、本来なら選手を引き抜いて旗揚げした団体であり、商売仇が増える事になるので、新日本プロレス や全日本プロレス は潰す方の立場にあったはずだが、逆に所属選手を派遣したり、外国人選手の斡旋に協力したりと、潰さずに協力すると言う、不思議な経緯を見せている(もっとも、これには猪木や馬場の当時の置かれていた状況も大きかったとも言われている)。
路線
UWFが設立された当時はまだ路線も定まらない状態であったが、前田の師匠格である藤原喜明 が高田延彦 、山崎一夫 を引き連れて参戦した頃からUWFは道場で行われるような関節技の応酬を重視し、ショーの要素を一切排した格闘技路線を突き進むようになった。これによりラッシャー木村などが離脱。(ただし後に木村・剛らは離脱の理由について「外国人レスラーのブッキング窓口を巡るトラブルが理由であり、格闘技路線そのものに反対したわけではない」と語っている)
猪木が異種格闘技戦を続けて新日本プロレスが混迷をしている状況において、一部のプロレスマスコミはUWFの路線を支持し、一部に熱狂的なファンを生み出した。藤原喜明、木戸修 らは、当時「伝説のストロング・スタイル・レスラー」としてファンの間で神格視されていたカール・ゴッチ 門下であったこともあり、ゴッチが彼らを指導したことも人気に拍車をかけた。ゴッチの娘婿である空中もレフェリー兼レスラーとして参加。また、人気絶頂で新日本プロレスを離脱した初代タイガーマスク (佐山聡)がスーパータイガーとして参加した(佐山が入団する条件として、一部フロントの追放が挙げられ、それによって新間寿はUWFから離れる事になったとも言われている)。シングル戦を主体としたUWFの戦いはそれまでのプロレスとは異なる格闘技的な世界を構築していき、従来のプロレスに飽き足らないファンを確実に獲得していった。
佐山が創り上げた独特のルールで試合を行ったこともある。反則を明確にし、ロープワークを反則としたスポーツライクな印象があるもので、フォールも体固めとブリッジフォールしか認めないものだった。これに佐山以外の選手はフラストレーションを募らせていく。
崩壊
TV番組が無く(旗揚げ当初、フジテレビ が放送するという話もあったが立ち消えになっている。その後、テレビ東京 の番組である『世界のプロレス』で一部の試合が放送されたが、放送局の関係で、ネット局も少なく、アピールするには不充分だった。)。「TV局が付いていなければ団体運営は出来ない」と言われていた時代でもあり、アピール度や、放送する事で入ってくる放映権料も無い事で資金繰りに苦しんでいた中で、佐山のマネージャー絡みでトラブルを起こした浦田昇 社長が逮捕され、その後UWFスタイルの問題で前田と佐山の間に確執が生まれる。さらにスポンサーだった豊田商事 (一時『海外UWF(豊田商事が発行していた新聞名が海外タイムズだった為)』と名乗った事もある)会長の殺害事件などでさらに資金繰りが悪化。結果、旧UWFは崩壊となる。
新日本への一時帰還
UWF崩壊後、一部のレスラーは古巣である新日本プロレスに戻ることになる(選手らの籍はUWFに残り、新日本と業務提携という形。尚、崩壊当時に前田日明はジャイアント馬場から全日本プロレス に来ないかと誘われたが、全日が欲しかったのは前田と高田延彦の二人だけだったので、他のレスラーの事も考え断っている)。彼らはUWFで培った関節技とキックを主体とするレスリングスタイルを捨てることはなく、二つのスタイルが対決する場面をファンはイデオロギー対決として楽しんだ。この中で特筆される戦いとしては前田日明と藤波辰巳 による対決が上げられる。この対決については前田により「藤波辰巳は自分の蹴りを受けてくれた」といった言葉があるように、当時のプロレスにおいて足を使った蹴り技はアントニオ猪木が異種格闘技においておこなったローキックを例外として、ドロップキック以外はまだまだ認知されていない攻撃方法であった。同様にジュニア戦線における高田延彦 と越中詩郎 の対決も大きな話題となった。
1987年 に前田日明が長州力 を防御の出来ない背後から頭部を蹴るという顔面蹴撃事件を起こした。このことが問題視され、前田は責任を問われて新日本プロレスを解雇されることとなり、新たにUWFを立ち上げることとなる(解雇前に、新日からは救済案として、顔面蹴撃事件のペナルティーとしてメキシコ 遠征に行くようにと指示されたが、UWFスタイルとメキシコのルチャ・リブレ とはファイトスタイルがあまりにも違うので、前田からすれば、到底飲める条件では無かった)。
欧米かっ?
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王道メタル
昨晩は、IRON MAIDEN の19年振りの武道館公演でした。
ライブはニューアルバムをフル演奏するというメイデンならではの展開。
結果、過去最高のライブとなりました。
例えるなら、三沢VS川田の三冠戦のような王道プロレス級!!!
そしてMVPは、いぶし銀 デイブ・マーレーに決定!!
Setlist:
01. Different World
02. These Colours Don't Run
03. Brighter Than a Thousand Suns
04. Pilgrim
05. Longest Day
06. Out of the Shadows
07. Reincarnation of Benjamin Breeg
08. For the Greater Good of God
09. Lord of Light
10. Legacy
11. Fear of the Dark
12. Iron Maiden
(Encore:)
13. 2 Minutes to Midnight
14. The Evil that Men Do
15. Hallowed Be Thy Name
フジと和解?
高田延彦・PRIDE統括本部長がテレビ出演します。
【番組タイトル】
「笑っていいとも!」
【放送スケジュール】
10月11日(水)12:00~13:00
【放送局】
フジテレビ系列
ってフジ出禁じゃないの?
ここでハッスルとかPRIDEラスベガス大会宣伝したら、本物の男の中の男ですよ本部長!!!
GYAO でサマソニ放送開始
GYAOで10月1日より、SUMMER SONIC 06 の総集編が放送開始になりました。
残念ながらMETALLICA・TOOL などカットされていますが、約7時間ぐらい楽しめます!
前田SV 激怒!!
前田SVが金子賢に愛のムチ!?「芸能界を引退してから来い」
当初から金子の参戦に反対だったという前田SVは、「2年間無収入だとか、まじめに練習しているとか関係ない。本当にやるなら芸能界を引退して、アマチュアの大会から始めるのが当然。桜庭をはじめ、選手はみんな死ぬかもしれない状況で戦っている。そうした根性とか覚悟が彼にあるのか?」と厳しい表情で訴えた。
その後も、金子に対する前田SVの毒演会は続き、「オレが現役なら、戦って半殺しにしてやりたいところ」と過激なコメントも飛び出したが、最後は「大会をバラエティー番組にしたくない。総合格闘技をもっと大事にしていきたい、という気持ちが強いので、あえてキツイ事を言いたい」と複雑な心境を語っていた。
スポナビ
よくぞ言ってくれました前田SV!!TBSテレビに踊らされているFEGに対してのキツイひとことありがとうございます。
総合格闘技をまじめに取り組んでいる人たちもほっとしたはずです。
日本での格闘技人気(ブーム)が一段落しつつある時だからこそ、前田SVのこの言葉は重みがあるのです!!!






