10日前、突然父がこの世を去った
前日、私は実家に行った。
父と昼食を食べた。
私が「お父さん、今日このあとどうする?」と聞くと
父が「床屋に行きたいんだ」と言った。
お風呂に入って行くというので用意をし
夕飯の煮物とお味噌汁を作った
父はここ最近、眼が悪くなってきていることを悩んでいたので
明るいうちに行ってこられるようにという話をして
15時に家を出る約束をした
2時間位みたとしても、帰りは歩いて帰ってくるから
大丈夫だというので、
行きは車で床屋まで送るといった
そして15時20分くらいに実家を出た
役場から国道へ右折する道が渋滞していたので
左に曲がった。
ここから歩いて行くというので
父を降ろして私も降りた。
私は「お父さん、またね👋😃✨」と手を振った
父も振り返り右手をあげた
それが私と父との最期になった
15日の夕方、電話が鳴った。
お弁当屋さんが、父がお弁当を食べていなくて応答がないという
包括支援センターの方が父の様子を見に行ってくれるというので
私も父に連絡したが、
応答がないので、
ケアマネさんの返事を待った。
数分後、
父の携帯から着信があった
安心したのも束の間、
父ではなく、ケアマネさんからだった
「残念ながらお風呂で亡くなられています」とのことだった
私は何がなんだかわからなかった。
え?なんで?と思った
前日お風呂に入ったのにそんなに入るかなと思った
急に冷え込んだからきっと温まろうと思ったんだ
でも、
なんで、
死ななくたっていいじゃん
ほんとに死んじゃったの?
どうして・・・
実家にかけつけると
警察が臨場していた
土曜日は私と一緒に居た
日曜と月曜の予定をこなしていなかったので
恐らく、
日曜の午前中に
お風呂に入った瞬間
心臓が止まってしまったようだ・・・
私は
父は、よぼよぼになっても生きていたいと願っていると
思っていた
父は、調子が悪いところがあると直ぐに病院に行くし、
予防も常にしていたからだ
つい最近、
実家を処分したいと、知りあいの不動産屋さんに
相談していることも知っていた
そのお金を遣って施設入所を考えていたようなので
父が自分のために使うのならそれも良いと思っていた
一緒に住もうとも誘った
9月30日には私の家の庭の手入れもしてくれていた
父の最期は、鮮やかだった
前日に床屋に行き、サッパリしてとても綺麗で
苦しんだ様子は全くなかった
華麗とも言える人生の幕引きに
お父さんのように逝きたいなぁと言ってくれた方もいた
長さより、どう生きるかを身をもって教えてくれた
父は8人兄弟の7番目、実家は野辺山で大規模な農家を営んでいる
長男と四男が農家を継いでいて、四番目のおじさんは
87歳で未だ現役、お父さんもまだまだだねという話をした
今月に入って父と色々な話をした。
輪島や高橋由伸、女子バレーの
話をした
まだまだ時間はたくさんあると思っていた
色々なところに連れて行ってあげたかった
もちろん、父も良い面ばかりではない
職人気質で言葉は悪かった
うまい表現ができず、誤解されたり嫌われたりしていた
でも、父に世話になったという人がいっぱいいた
父も母も自分の親を早くに亡くしているので
親には頼らず私と弟を立派に育ててくれて
まだまだ心配までしてくれていた
不器用だけど偉大だった
そんな父を誇りに思います











