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hiro_vicious13の徒然ブログ

徒然なるままに
心に映りゆく由無し事を
そこはかとなく書きつける

「和道 桜 五分咲き」

MPV用に購入したホイールです。

まだ届きません…。

と言うことでまだスタッドレスです。

早く届かないかな~。

「メーカー欠品だから五月中旬予定です。」

とは言われたものの、

ホントはもうちょっと早く届くんだろ~。

なんて勝手に思ってましたが、

どうやら真実だったようです。


早く届け~!
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桜の木の下で写メ撮ろうと思ってたのに…。

来年へ持ち越し。

京都府亀岡の無免許事故。

おかしい。


無免許で居眠り運転して死亡事故を起こして。

しかも知人から無理矢理借りた車で。

貸した知人も知人だが、

きっと貸したくは無かったんだろうな~、

とも思える節もある。

事故直後の映像で、

運転手と同乗者がのんきに携帯をいじってた。

なんかおかしい。

車のフロントガラスには茶髪と思われる物が付いていた。

痛ましい…。

何の罪もない、子供と妊婦さんとお腹の子が亡くなった。

家族の方達の悲しみは計り知れない。

自分が何か言う事さえはばかられる気がする。


そんな悲しみの中の遺族を、

マスコミは逆撫でした。

病院の霊安室の前で、

カメラを構えて待機していたらしい。

一番そっとしておいてほしい時。

悲しみに暮れる時。

マスコミに人の心は無いのかと思ってしまう。


さらに警察が逆撫でした。

加害者の父に、被害者の連絡先を教えたのだ。

しかも亡くなった妊婦さんの携帯を。

頭おかしいとしか思えない。

亡くなった妊婦さんの携帯が鳴る、

その時の遺族の気持ち…。

子供も事故で入院中だという。

そんな遺族を警察が守らなくてどうする。

俺は絶対におかしいと思う。



今回の事件では色々な問題が浮き彫りになった。

自動車運転過失致死と危険運転致死傷。

少年法と18歳の実名報道。

マスコミと警察官の被害者への配慮。

絶対におかしい。

昨日、2歳になった息子を初めて保育所に預けてみた。

年齢が近い子達と遊ばせてあげるのも大事だなと思い。

いつもはちょっと年上の子とばかり遊んでいるのでね。

市で運営している半日か1日を選べる保育所です。

まずは初日ということで半日から。



イメージ的には最初は子供は泣きますよね。

でも泣かなかったらしい。

ちょうど近所の女の子もいたからかな。

その子は息子を見て泣き止んだらしい。

まぁ時間が経てば寂しくなるかな~、

と思いながら嫁は帰宅。

帰宅した嫁が寂しくなって泣きそうになったらしい。


迎えにいくと保育士さんに言われた、

「泣かなかったですよ。」の一言。

なんか複雑な気分。

泣かなかったのは良いけれど、

もう少し寂しがってもいいのに…。

そこで保育士さんから一言、

「あっ一度だけ泣きました。

お昼ご飯のトマトを隣の子から奪おうとして。」

自分の分はさっさと食べて奪おうとしたらしい。

確かにトマト大好きで、

いつも俺のもあげるけど…。



もっと寂しがってくれよ~!

親はトマトに負けたのかよ~!


今日は祖母に会いに行ってきた。

実家近くの老人ホーム。

年に3~4回ぐらいは会いに行っているだろうか。

まぁ90超なんで痴呆はしょうがないですよね。

でもひ孫の名前だけは忘れないんですよ。

なんか嬉しいけど、俺の名前を忘れたり…。





時はさかのぼり十数年前。

祖父がまだ健在だった時の話。


祖父は京大卒の学者だった。

ビタミン系の権威みたいな感じ。

コメンテーターとかでテレビにも出演した事があったらしい。

俺が物心ついた時には、

日本~とかいう財団法人の役員(?)だった。

仕事場に遊びに行った時には、

「~先生のお孫さんですか」

なんて言われて丁重に扱われてた。

質問すると何にでも理論的に答える。

例え、駅までの道順でも、

理論的に説明する。

(何パターンかの道順を示し、どういう理由でどの道順が優れているか等)

俺はそんな祖父が大好きだった。

祖父の家に遊びに行くと、

書斎で色んな本を読み漁る。

質問には何でも答えてくれた。

本当に大好きで尊敬していた。


でもある日から祖父が変わった。

あんなに饒舌だったのに寡黙になってしまった。

来客を断る事が増えた。

理由は”痴呆”だった。

祖父は自分の痴呆を知り、

言葉が出てこない自分が嫌になってしまった。

それからは言葉数が減り、

悪循環で痴呆が進行した。

俺は見ているのが辛くて、

祖父に会いに行く事から逃げてしまった。

本当にただ逃げてしまった。

次に会ったのは葬儀の時だった…。



祖父の訃報を聞いた時、

僕は仕事中だった。

気丈にふるまっていたが、

仕事を終え自宅に帰ると、声を出して泣いた。

子供の時以来で、泣きじゃくった。

本当に悲しかったし、

亡くなるまで会いに行かなかった自分を責めた。



その後、僕は罪滅ぼしではないが、

ホームヘルパー2級の資格を取得した。

祖母や、両親には同じ事をしたくなかったから。

そんなこんなで祖母にはなるべく会いに行っている。


まぁ祖母のあの元気さは100まで生きるな。

90超で俺の親父と口喧嘩だもんな。

全力少年という曲がありますよね。

確かスキマスイッチさんの。

正直、小耳に挟むぐらいで詳しい歌詞はしりませんけど、

最近、妙にわかります。




大人になるにつれて、

「全力でやる」ということが無くなっていた。

自分では全力のつもり、

でも本当はまだ余力を残している。

それが自分だった。


でもそんな自分にも子供が産まれて、

まぁ色々と子供に教わっている。



子供って全てに全力なんです。

本当に全力。

全力で遊び、

全力で笑い、

全力で食べ、

全力で泣き、

全力で寝る。

最高に素晴らしい生き物です。

出産したその日よりも、

そういう純粋さというか、全力さに感動します。



ご飯を食べながら寝るとか、

お風呂で身体を洗いながら寝るとか、

泣きながら寝るとか…。

大人には忘れている感覚。

全力でご飯を食べ、

眠くなってそのまま寝る。

大人には難しい。


何気なく子供と手をつなぐ。

子供は全力でつなぎ返してくる。

まるで自分の命を預けるように。

僕も決して離さないようにと握り返す。


本当に教えられます。




「あの頃の僕らはきっと、全力で少年だった」

(確かこんな歌詞ですよね?間違ってたらすいません。)



世界を変えられると思っていた。

その気持ちを忘れてはいけない。

思い続ける限り、

世界は変えられる。