創作を行う方々は、ほとんどが「コメント」や「レビュー(感想)」を求めていると思う。
全く不要だと言う人がいたら、よほどの超越者か変人、或いはただの強がりだろう。
かくいう雨月もめっちゃ欲しい人である。
もっともその願いがかなったことはないのだけれども……。
何故そうなるのだろうかと考え、自分なりに導き出した答えを書いてみる。
あくまでも独断と偏見であり、これが正解だとも言うつもりはないが、こういう意見もあるという程度に
見ていただだければ幸い。
創作とは究極的に独りの作業であり、常に不安と戦いながら、それを自己肯定で乗り越える作業だと感じる。
だが、これで大丈夫、これで行ける……と言う自己肯定は精神をすり減らしていくものである。
その過程で、時に弱気になり、迷い悲観することもある(経験則)
そんなとき、いいねだったり一言でもコメントを貰えたら、それは自己ではない肯定であり、後押しとなる。
また時分の進んでいる道が誤りではないという、導にもなるからではないだろうか。
そんなのPage Viewがあるからわかるじゃん!
といいたい人もいるだろう。
では想像してみてほしい。
PVとはそのページが表示された回数(ざっくり)である。
一部ユニークなどあるけれども、基本的にそのページが◯回表示されました……にすぎないのである。
表示されたのと、読まれたのと、良いと思われたは全く繋がらないのである。
極論ではあるけれど、PV10000有っても、すべて読後の感想がツマラナイかもしれないし、そもそも10000回表示されただけで読まれてすらいないのかもしれない。
つまりなんとなく目安っぽい何か……になることは有っても、それは創作するものの一助にはならないのである。
想像してほしい、先程の例であれば、10000人の観客が入っている箱(ライブ会場等々)だけれども、演奏しても一切のリアクションがおきていないライブを。
リアクション(いいね、レビュー、コメント、感想)がないとはそう言う状態なのである。
PVが役に立つことなんて、◯人が見てくれているのだから、大丈夫、俺はやれる……程度の自己肯定補助くらいである。
ココまでが創作者がコメントレビューを求める理由である。
雨月が物書きなので、物書きベースで語ったが、音楽をつくる人であろうが、絵を描く人であろうが、大筋は同じだろうと思う。
では今度は逆に、コメントや感想を書いてみたいけれど、勇気が出ない人の立場になってみる。
私も初期の頃はそうだったが、相手はこんなすごい文章を書いている人なのだから、時分の拙い単純で深みのない感想を 送っても良いのだろうか?と言う不安と疑問を抱く。
少なくとも雨月はそう考えて、コメントできない時代があった。
だけれども創作者側から見ると、余程のひどいダメ出しだったり、そもそも失礼な発言以外、すべてもらえて嬉しいことばかりなのだ。
ではどんなコメント、感想を送れば良いのだろうか……。と不肖非才の雨月がやってみる。
1)キャラに好感パターン
・陽女さんが健気で優しくて好き!
・美月ちゃん一途で普段おとなしいくて可愛い!
・朋美ちゃん、あんな目にあったのにそれでも最後まで優しいの素敵
・エロシーンがエロくなくて抜けない、やり直し!
2)文章に交換パターン
・すごく読みやすいのに情景がイメージできてよかった。
・登場人物の心の動きが伝わってきて感動した。
・音の表現がすごかった。
3)全体的に好印象パターン
・なんか続きが気になるので、ゆっくり追いかけたいです。
・この先どうなるのか気になってしまう。
・時分にはすごくハマる世界観でした。
ぶっちゃけ、こんな文章で良いんだと思う。
凝ったこと、かっこいいこと、それっぽいことなんて言う必要はない。
感じたままをストレートな言葉で伝えたら、普通にそれで創作者は嬉しいし、モチベにつながるのである。
だから私がいいたいのは、一言でもいいから、勇気を出して創作者にコメントしてください、それが救い出し励みだし喜びだから……
という単純なことだったりします。












