White Cross BLOG

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桜崎比呂のよしなしごとと,過去小説。

Amebaでブログを始めよう!

高校野球と。朝からやってることが凄まじいです。
親に「一緒に買い物行く?」と誘ってもらったのですが,今日は終日セミナー参加になっていたので(あとでオンデマンドも見るけど。午前の後半を脱落したので)発達障害と薬物に関わる学習をしていて,合間に11月の演奏会の座席の見積もり,高校野球。

どれか一つにしたまえよ。


と自分でも思ったのですが,一つのことに集中するのが難しいので,セミナー聴きながら違うことして,でも聴いているから資料にメモも取って,何やら忙しい午前中でした。
テレビをぼんやり見ている時間はないです。今日は生放送に二つ出ていたらしいですが,まず8時からの生放送は,そもそもうちの地域で放送されていないという悲しい現実があります。4chも5chもHさんってどういうことやねん。
セミナー自体は楽しかったのですが,11時頃親が帰ってきて荷物運ぶの手伝ったりしたので,そこで集中力が途切れました。あとで見よう,と思ったのですが,へこみます。脱落したよ……自ら失敗体験をつくっているわたしがここに。特性に負けた。















コロナ禍ということで,東京方面には一切行っていないし,なんなら県外へ出ていません。買い物でも出ていない。うちはけっこう県境に近い方ですが(だから弟たちは県をまたいで通勤している),わたし一人,この2年半,一切県外に出ていない。
わたしは我慢しているつもりはなかったのだけど,夏休みを早くとったひとがけっこういるのか,いわゆる別荘地に住んでいるので,昨日は道路がすごく混んで,しかも夕方の通勤時間帯に重なって,非常に困惑しました。他の学校へ研修会の資料を届けに行って,いつもだったら片道10分たらずのところを,地元民のわたしでも通ったことがない道を通って,15分くらいかかった。集中できる時間が短いのと,渋滞に巻き込まれた経験が非常に少ないので,うっかり追突したくないから。
昨日午後は対面研修でした。もともと人数が少ないのと,美術館見学だったからです。1時間程度で解散。美術館が小さかったのもありますが,ものすごく混んできて,しかも他県から来たひとたちばっかりで,どう考えても危険だったからです。何が危険だったかは察してください。そのあと職場でさらに仕事して,帰りに渋滞じゃやってられない。
避けられるリスクは避ける,今は遠出したくても,直接でないと見られないものがあってもしない,なぜならわたしはそういう仕事を選んでいるので。感染しないという責任が自分には課せられていると,わたしは思っています。

他方,対面でないと成立しない仕事もあります。それはそれでいいと思う。
先日の会議もわたしはZoom参加でした。「わたしの周りには(感染者に対する)差別はあります」と言った。なんでかかったのか,防げなかったのか,心ないことばが響くときもある。だからわたしは広域の話し合いに直接参加するリスクを,今,背負うことはできませんと。

それでも,「来てくれてありがとう」であれば,それでいいんじゃないと思いました。

いくつか自分の中で,”ここから”とかではなく引っかかっていることばがあり,それが,
「対面」と「野暮」
です。
そのうちブログではなくて,違う場所に書くかと思うのだけど。
相手の価値観に合わせる必要はない,だからこそわたし以外の他者の価値観を大事にしたいと思うし,
「これだったらできるんだけど」の可能性を,わたしだったら,できるだけ努力をして,広げたいと思います。
わたしだったら,ね。

今日お仕事の方もいらっしゃるでしょう。熱中症警戒アラートが出ていたり,大雨で避難情報が出ていたり,地震でとんでもないことになっていたり,とにかく命を大切に,すごしていただければと思います。
そしてまた,ここに来ようかなと思ってくださると,嬉しいです。
午後のセミナーは13:05から。午後は脱落しないようにがんばる。

 先日のテレビを,ちゃんとは見ていないのだが。

 YouTubeで件の芸人さん方がお話しているのを見て,確かに症状は持っておられるけど,それによって何がどうかとか,差別がどうかとか,そんなふうには全く見えず,

 テレビの字幕が連発をそのまま文字にしていたようなので,それは確かにどうなのかと思うけれども,それも見ていないからわからない。

 

 ただ,抗議文の中にあった,

「生まれてこなければ~」

 の件は,いかにも失礼だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こういう仕事(言語障害と発達障害の両方を取り扱う通級指導教室)をしているので,ことばの発音などにも関わることがある。わたし桜崎の場合,長所を利用してもらっているところがあり(わたしは教える相手は,一切選ばない。ただ周りが勝手に選ぶ。わたしの特性を使いたいらしい)構音(発音の仕方)指導を行う割合が少ない。

 それでも「どもるとはどういうことか」は,よくわかる。こまったときにわたしがどもるからだ。

 今更「釈迦に説法」のひともいるだろうが,吃音は3種類ある。

 一つは連発,今回の番組で放映されたようなもので,何も知らない方でも「これはどもってるんだな」とわかるもの。

 一つは伸発。ことばの初めの文字を伸ばして話すタイプ。「ぼーくは」など。「えとね」とか「えーと」とは,また少し違う。

 最後が,わたしが持っている,でも別に小さい頃からではなかったと思うのだけど……非常に難しい。難しい発音,と書いて「難発」というタイプ。ことばが出てこない。詰まってしまう。どこで詰まるか,文字通りの胸で詰まるのである。ちょうど鎖骨と鎖骨の間,首の付け根辺りが詰まっている感じがする。話したいことは頭の中でぐるぐる回っているのだけれど,何から話していいのか,どのことばを遣っていいのか,とっさに判断できない。

 あまりに話せないときはスマホのメモ帳機能を使えばよいと知った。そういや聴覚障害の方が使うアプリも使える。打ち込めば音声にしてくれるアプリ(オレンジ色のアプリだった。名前わすれたけど)。

 いろいろな症状,状態があって,一人ひとり違うはずだ。そんなの人間なんだから当たり前だし,わたしは今の仕事をするようになってから,「そうか,これってどもってるんだ」と知った。つまり,本人としてはそんなに深刻にはとらえていなかったのである。おそらく難発の吃音だったせいで,自分が考え込んでいてことばにならないことを,吃音とはとらえなかったのだろう。

 では,難発の吃音となぜ気づいたのか。

 本当に困って緊張するときに,連発の吃音も出るようになったからである。自分が逃げ出したいとき,平たく言えばパニック発作が起きそうになったときに,連発や難発の吃音症状が出る。結局話して伝えることが難しくなったので,わたしはヘルプマークをもつようになった。

 吃音だけ持っている方もいれば,わたしのように何かのときに併発して吃音と同じような状態になるひともいると思う。

 

 ただ,一つ言えることは,「本人がよければいいじゃん」ということではないか。自分の困難さをどうやって乗り切るかは,結局のところ,自分にしかわからない。

 「将来的には,自分の支援を自分でできるように,その子らに支援策を教えたり,一緒に話し合ったりして,ご本人がより学習や生活がしやすくなるような方法を身につけさせたいです」

 とは,よく教育相談や通級指導後に保護者の皆さんにお話する。もちろん「誰かに助けを求める」も「自分に対する支援策」なので,非常に包括的な,しかも雑駁な話ではあるけれども,それを保護者の方々が聞いてくださるのは,おそらくわたし自身がASDがあり,実は説明しているときにも,あまりに困ると吃音も出るし,でも「学校の先生をやっている」という,仕事をフルタイムでしていられるというロールモデルに,なっちゃってるんだろうなと思うのである。(それがいいかどうかはわからないけど。わたしなんかでいいのか,と思うときもあるけど)

 困ることは,今ではほとんどない。

 わたしが,わたしの支援策をよく知っているからである。もちろん,誰かに助けを求めるも入るし,代わりにやってもらうも入っている。「どういうときに助けてもらうか」「どんなときは代わってもらうか」もわかっている,だからやはり「わたしの最大の支援者はわたし自身」なのだと思う。

 

 本当に細かい事情を(障害の一般的な知識はあったとしても)知らない外野がとやかく言うより,

 「さしあたり見守る」も,一つの手だてとしては有りなのではないだろうか。

 価値観の違いを許容することは,大事なことだと思うのだけれど。

 やってない研修会の報告書の概要を,明日の資料を見ながらおよそつくりあげるという(苦笑)いやいや,ほんとに項目並べて打ち込んだだけなので,内容的には全部明日ですけどね。
 いや,報告書を打つ時間ももったいない。今日も午前中にオンライン研修に出て(有料だが小遣いはたいた甲斐があった。はっきり言ってお釣りがくるくらいの貴重な知見),午後は午前の研修会の復習と,そこから考えられることを文書にまとめていたら,午後の勤務時間は終了した。家にはいるが,暇ではないのである。

 で,明日も本当は教育センターに行く予定が,このコロナ禍でオンラインに切り替え。明日はTeams。
 原則在籍校で,はわかるのだが,有線LANしかない職場で研修を受けていて,去年ばっつんばっつん回線が落ちること。そしてわたしの職場のパソコンは,Webカメラが使えない。
 他にも10人くらい研修を受けている人間がいて,とにかく回線が不安だと言って,自宅での受講に切り替えてもらった。(教員は年間10日間,職務免除での研修が認められている。計画書・報告書必須)
 で,報告書もまだ概要しか書いていないので,くわしいことは明日の話を聞いて書く形になるし,
 今日の研修はほぼわたしのために(検査関係の研修だった)受けているけど,明日の分は内容的にも職場の他の人間に内容を伝えた方がよい感じなので,今日よりもさらにまともに集中してしっかり勉強しないといけない。

 勉強好きなんだけどね。
 報告書書くのも,何の苦も感じませんけどね。

 とにかく,通信環境が安定しているところで,安心して勉強したいだけです。
 あと,騒がしくないところで勉強したいだけです。職場だと絶対横やり入るし。特に自分で小遣いはたいている研修は邪魔されたくない。

 明日,『デカ盛りハンター』ビデオ撮りましたか?コンビで出ますよ~。ぴったり3キロ食べる!かな,コンビだとしたら。なんか,当てちゃいそうで怖いです(笑)
 勉強,勉強の日々ではありますが,合言葉は『子どものために』。少しでも役に立てるように,知識をこつこつと蓄えております。
 

 彼らはどう感じたかわからないけど、とにかく長い1学期で,同時に、無力感を感じる1学期でもあったことは事実だ。

 特別支援という仕事の特性上、課題を抱えている子どもたちが目に留まりやすいし、そういう子どもたちを助けたい気持ちは、他の職員より強いとは思う。だから自分ができることをできるだけ、精いっぱい、と思ってやってはきたのだけれど。

 届かないなあと思うことが、やはり何度もあった。くわしいことは「ここには」書かない。

 一方で、「どうしてこれが許されるんだ」ということがまかり通ったり、おかしな風習ができたりしていた。今までよしとされていたことがダメになったりしていた。何が起きているんだろうと思うこともあった。

 管理職の一人が女性になり、男性と女性それぞれがいることで、なんとなくまあ、バランスというか、わたしはジェンダーフリーを殊更意識するわけではないけど、今までうやむやにされていたことがはっきりするようになったり、教頭先生の管理が適切だったり(厳しすぎず、甘すぎず)したので、本当は仕事はやりやすくなってもおかしくなかったと思う。

 

 仕事のしづらさ、職場へのいづらさは変わらなかった。ざんねん。
 子どもたちは一生懸命がんばっていたと思う。

 新型感染症拡大は誰のせいでもないし、行事がコロナ禍の前より全然減っているのだけれど、悲しいかな,彼らはそれを「知らない」。経験したことがないから。だから文句の言いようもないし、寂しがる様子もない。

 それを「申し訳ないなあ」と思いつつ、でも感染症が流行っている状態で行事を実施するのは困難を極める。まだまだこの苦難というか,新型感染症拡大防止に伴う活動は続くのではないかと思う。

 わたしは人の気持ちを汲んだり,考えたりすることは苦手だ。嫌いだと拒否するときさえある。

 でも、互いに助け合うことが、社会生活の維持に大切だということはわかっている。

 だから、自分にできることは少なくても、自分の役割だけはしっかり果たしたいと思う。

 明日から夏休み。正式には月曜日から夏休み扱いになるのだけれど、昨日までお休みしていた某氏のように、いろいろな知識を蓄えて、できる範囲で見て聞いて,学んで、レベルアップできる夏にしたいです。

個人的メモです。




























・そりゃ誰が聴いていても仕切ってるのはM氏だとわかるか
・必死で回すT氏。非常に微笑ましい
・「Mはおやすみになってます!」との全力連絡ありがとうございます
・「療養に本気で挑んでください‼︎」と相方に全力応援(なぜ笑えるのだろう)
・ゲストに先輩がいらしてひどくほっとしたのはわたしだけだろうか。
・やはり、番組前半の選曲はM氏だった。そうだよなーと思うことがよくあった(この後過去回遡ってプレイリストあげます!)
・セリフがかなりの棒読み(笑)。台本に書いてあったんだろうなあ

・メール読みは手慣れているので落ち着いて読める(よかったね)
・ひたすら部活トークを掘り下げるT氏(この話を聞き出すのは得意というより、ご本人がおそらく聴きたいだけだろう(笑))
・「次行きましょう」などとは普段言わないからなかなかレア
・学校トークは聴いている方は楽しい(というかむしろ聴く方は慣れている)楽しいが、部活トークは「もういい!」という感じの先輩(笑)
・裏で回すマネージャーさん(「一応この番組、バラエティなんですよ」(笑))

・そのバナナケースの話を真面目に「確認してみますかね、来たら」って(笑)で、Y氏なにげにいじっている(爆)さすが深夜ラジオ
・そしてT氏は「人間はそこのサイズでは測れない」と真面目に…(すばらしいよ(笑))
・先輩がメールの内容をT氏にわかりやすく解説(それはおそらく普段のM氏の役だ(笑))

・ちなみにわたしの夏の思い出は、、、就職してすぐに夏休みの日直もプール当番も免除で吹部のコンクール練してた記憶がいちばん強い(燃えていたようだ)ふざけてしまうとわたしの本気度が薄れてしまう。金賞必須のバンドだった故。

・ホームラン取れるまで帰れないのもすごいが、実際取ったのはもっとすごい
・部活動中の水分補給の話はさすがに…

・ラストのジングルにM氏の声が突然流れてびっくり
・おやすみなのにちゃんと声を流すDさんに感謝

・無事に回し切ってよかった。そして「もう呼ぶな」と言う先輩(笑)

 今回のT氏の選曲、グッときました。あとでDLします。で、次回からは「1曲目はM氏の選曲」と頭に入れておきますね。

 公開録音『超決起集会』あとで聴くの楽しみですね。確かにリアル決起集会。
 そしてその晩に『大決起集会』。グッズいろいろ!楽しみですね。この発表の日にM氏がいなかったのがとことん悔やまれるが、次回の収録には復帰してくれるらしいので楽しみ!
 しかし、普段M氏が読んでいるメールアドレスをT氏が読むと、アナウンサー並みにはっきりしている(笑)
 次回はM氏の復帰を待って収録してくれるのが嬉しいです。やっぱり二人揃ってですね。今回のも特に『部活トーク』楽しかったです(笑)

 選挙特番を,夜部屋で見ようと思ってテレビを持ってきたのはいいのだけれど,部屋のスペースにおけるかなりの重要部分にテレビが配置されるため,非常に邪魔だ。
 うーん,これはいつもテレビが置いてある和室で見るべきか。
 あるいは,選挙特番はTVerでも見られるか確認すべきか。

 先日の事件の影響か,県内の午前の投票率は3年前の参院選より微増。期日前投票を利用したひとはさておき(一昨日までのデータしかないからだ),全体の投票率が上がることを祈るばかり。




 テレビ,和室に戻してきた。このあとは和室で見よう。
 なぜこう悩むのかと言うと,結局自分の部屋にかけたクーラーの冷たい風をもったいないなと思ってしまうわけで。
 移動するとまたそちらの部屋を冷やさなくてはならず(暑いからね),そしてわたしが寝る頃にはわたしの部屋はまた暑くなっているわけで,非常にやりづらい。
 でもテレビの電波を受けるコードが造りつけの机のすぐ近くにしかないから……

 どうでもいい話題だな。


 テレビは,どの番組でも初めにかなりの時間を割いて殺人事件の報道をする。既に手垢がつきまくった報道。それ以上のことはわからないのである。憶測でものも言えないし。
 選挙特番をやってもあっさり回答が出るような気もしないでもないが,
 せめて投票率6割越えしてほしいなと思う。
 言っても無駄だし傷つけてしまえと,そんな教育をした覚えはないのだけれど,
 わたしは教育者として,「他者を傷つけてはいけない」を,もう一度きちんと伝えるべきだと感じた。
 そして,有名人の皆さんが「投票行きました」ツイートを,本当はしてくれると影響力が高いのになと,
 毎回思う空しいことを,今回も思う次第である。
 わたしが「投票行きました」って言っても,影響力小さすぎるもの。
 国民主権の意義を,もう一度,考えてほしい。

 例の新型ウイルスへの対応の件である。
 ここから書いてあることは全くの個人の感想及び私見だ。世の中の動きからとは完全に逆行している、あるいは置いて行かれている自覚は十分あるので、できれば「いや、それはどうなの」という議論はお許し願いたい。
 ただでさえ、ギリギリのところで保っている精神と、自分の思考の根幹が破壊されかかっているのだからして(わたしは結構な率で、現状、体が生きることを放棄している)。



























 連日の最多感染者数更新、
 クラスター数爆上がり(他県は既に『クラスター数』は数えていないのかもしれない)、
 殊ここに至って、うちの職場には「感染者がいない」とは…実際、先々週までは本当にいなかったのだけど…いないはずもない。でも今もその一人以外、幸い職場内で増えてはいないのだけど、周りはどしどし増えているというのが昨今の現状。
 わたしは「つーまんないー」と歌いまくりつつ、なんともな日々を送る。空虚な日々だ。
 7/13の夜以来、原因はわかっているし、どうにもならないこともわかりつつ、『つまんないの歌』を頭の中で歌っている。仕事に集中しようとスイッチを切り替えるも、その仕事が"すぐに終わってしまう"ので、また歌う。わたしの歌は極めて個人的な理由にて、頭の中をぐるぐる回っているだけなので、どうでもいい。




 生きるのを拒否して(要は暑さも相まって食べられない)しまうほどの問題は、感染者が出たときの対応である。以前と変わりすぎてついていけない。
 以前(2月くらいか)は、現場には大不評だったけど、勤務地で検体をとってクラス全員検査、などということもあった。今は、

<strong>「同じ空間にはいたが、常にマスクをしていたから濃厚接触者ではない」</strong>

 との判断。おや、と思ってしまう。
 当然だが給食という名の食事の時間はあるし、配膳のときはマスクをしていても、そのときはマスクを外す。外さなければ食べられないから。そのときに全く無言だったとは、状況的には言えないし、録画でもしていない限り証明はできない(給食の放送があるから、録音では検証できないだろうなあ。監視のための録音も録画もしないけれど)。
「以前の、あのPCR受けさせられまくりはなんだったんだ」
 は、TTで複数クラスに入っている同僚の弁である。最もだ。


 でもわたしがいちばん理解できないのは、
 決して批判ではなく、
 行動制限をかけてほしいわけでもなくて、
<strong>『これだけ感染者が出ているのに、マスクをしただけであちこち出歩く人間の数の多さ』</strong>
 なのだ。わたしにはできない。
 一つ目は、怖くてできない。どんなにマスクをしていても完璧ということはない。感染のリスクは爆上がりだと個人的には思う。
 二つ目は、マスクをしてまで出かけたくない。いろいろな特性による感覚過敏で、マスクを長時間つけていること自体がストレスになり、何も手につかなくなるからだ。
 実は昨日、必要があって教具を買いに、車で1時間ほどのでっかいセブンに行った(またの名をイトーヨーカ堂という(笑))。世の中に『ダイヤモンド型不織布マスク』というものが流通し始め、それならなんとか30分はつけられる。(普段職場にいるときはDAISOで買った布マスク。外に出るときには不織布マスクをつける。それ以上の時間の着用が必要な場合は一旦離れて外す、マスク自体変えることも)。
 開店と同時くらいに行ったが、それでも怖い。いつうつるかわからないからだ。とにかく自分がかかったときのリスクが高すぎる。
 それでも必要があれば出かけるしかないのだけど、そもそも日本人とは、そんなに、息せき切って「出かけなきゃやってられな~い」というくらい、旅行やレジャーに行く民族だったろうか、その大移動で患者さん増えてないかと疑問に思うことは確かだ。
 もともと仕事であちこち飛び回るひと(仕事の出張等で移動が多いひととか,大学の先生で県外と行き来するひと,そして芸能関係でロケが多いひとなど)には何も思うところがない。急に「どっか行かなきゃ」という感じのひとばかり、テレビの街頭インタビューで報道されている"気がし"て、それを見るたびわたしはなんとも理解が追いつかなくなるのだ。
 マスクさえすれば出かけていいって誰が決めたよ。手洗いもしなきゃだめじゃん。
 つうか、マスク外してお茶飲みながら喋ってるとか(もちろん、その間はマスクを外していた)、コンビニの喫煙所で、用事が済んでからもそこで溜まって(もちろんこのときもマスク外してる)話してるのは大丈夫なのか。
 と、だんだん思考が、自分でもわかる、極端にも過ぎることになり、

「なんでうちの親はそんなにほいほい出かけるのか」

 になるので(「ほいほい」と書いたが,姪の、習っているひとの親族しか見に来ないバレエの発表会の話だ(笑))、今、地雷を踏まないように、食事のときとかにすごく気を遣って話をしている。うっかり誤爆はすごく申し訳ないことになってしまうからだ。
 わたしのように大多数の考えから外れる人間にはままあることかもしれないし、特にわたしははっきりしていないと理解できないのだが、
<strong>「はーい、今日からやり方変えますよー。こうで、この場合はこうで、おっけーですかー?」</strong>
 くらいまで言われて説明されないと、頭の中で基準が切り替わらない。いつの間にか基準が切り替わっていて、それが職場で起きていることなので、ますます混乱し、よくわからなくなっている。だから今、頭の中で感染症予防の件と、いざ感染者が出たときの対応とがごちゃごちゃである。
 そして、わざわざひとを集めるイベントを、わたしは今年責任者からは外れたけれど、このあと数ヶ月後にもやろうとしているのもまた、ついていけない。
 もちろん、他のコンサートやライブやイベントも。わたしは行かないけれど。行くひとは自由だとは思う。でも企画する側はそれなりに考えないと、社会的責任はそれなりにあるんじゃないかなと,わたしは勝手に(そう,あくまで「勝手に」。)思っている。
 去年、演奏会を企画して運営していたときのわたしの口癖。

<strong>『これで感染者、あるいはクラスターということになれば、来年度以降二度と、この演奏会はできなくなりますよ』</strong>

 演奏会出演者が限定的だからこその発言だが、わたしは今も、その基準は変えていない。特効薬ができない限り、二類から五類にならない気がするし(個人の意見だ)、その特効薬がいつできるか全くわからない今、自衛するしかないのだと思う。
 でも、いくら自衛しても無理ということもまた、事実ではないのか。
 世の中の感覚の変化についていけないことはよくあったが、この短期間で、あまりに変わりすぎて、
 ……生きる気力を失くす。






 日程の都合上、きっと仕方なかったと思いたいが、大切なお知らせは、みんなが揃っているときに聴ければよかったなあ(ちなみにわたしはTwitterで見ただけ)。それもまた、「基準の変化」によるものの結果であるし、
 うーん、『わたしには』ますます生きるのが辛い世の中になった。


 わたしは、自分のこころを、変わりゆく基準に、どうチューニングしてついていけばいいのだろう。

某アーティストが休養を発表する際、「燃え尽き症候群」との表現を使ったと知った。楽曲を多く発表し、有名なアーティストであるだけに、音楽と向き合うことが辛くなってしまったのだろうか、といろいろ考えてしまった。
 

1日休んだだけで大層気にするのは、

 

理由は単純で、有給休暇の残りが少なくて夏休みに出勤する日が増えるのではないかと危惧しているだけだ。病院も通わないといけないし。

で、今日休みはしたのだけれど、結局のところ『今日』というところへのモチベーションは著しく下がっていて(午前中なんか全部空いていて、しなければならない仕事もなかった)、本当に申し訳ないが、それ以外の仕事の部分でだいぶ納得いかないことも多く、

本気でやる気が失せていたことは事実だ。今も仕事のことを書いているが、体が微妙に震えている。明日行かなきゃならないから。

疲れるとテレビやラジオの視聴は難しく、火曜日17時から配信のTVerはまだ見ていないし、YouTubeで本の紹介をしているらしいのもまだ見ることができていない。追いつかないのだ。

今ニュースは見ている。ニュースはわたしの生活で欠かせないものなので、特に疲れるとかはない。


もうすぐ夏休みと呼ばれる期間に入る。

ここで燃え尽き症候群とか言っている場合ではなく、週一回の指導を確保するのは自分の責任ではないのかと。

結局自分を責めるんだよなあ。

 久しぶりに市姫と帰蝶を書きました。暑かったしねえ…
 23回目の誕生日に寄せて。時間的には『帰蝶と市』『市と帰蝶』のすぐ後くらいです。
 ちょっとだけ説明をば。
 桜崎は、織田信長正室帰蝶(濃姫)、お市の方(浅井長政継室、柴田勝家正室)、茶々(豊臣秀吉側室)、千姫(豊臣秀頼正室、本田忠刻正室)を主人公に、一つの世界観を短編として、Seesaaブログに描いて来ました。
 書いている順で時間軸はけっこうばらばらなのですが、およそ「どのあたり」と注釈はつけています。よろしければ他の作品もお読みください。また、桜崎は山岡荘八氏著『織田信長』全5巻をバイブルにしております。
 前置きが長くて申し訳ない。読みたい方はスクロールにて。
























『暑さも寒さも』

 彼岸までとはよく云うが、今年の暑さはどうしたことだろう。せめて見た目だけでも涼しげにとも思うのだが、暦を見るとまだそのような時期ではない、と、織田上総介信長正室の帰蝶は暑さをぐっと堪えた。
 女主人が文月に入ってまもないのにもう腰巻き姿とは、とも思うし、やはり急な来客に打ち掛けは欠かせない。
 一方で、女主人がある程度着崩さなくては、自分に使える侍女たちも暑さを逃す装いはできまいと思ったり。
「義姉上、市でございます」
 朝も早うから、信長の末妹市が帰蝶の居室を訪れたときは、慌てて彼女に風を送る係をおき、扇で風を送らせた。なにしろまだ幼いのである。急な暑さで体調を崩しては大変だ。襖を開けたとて、通り抜ける風もまた緩い。
「ここ数日で急に季節が変わったかのようじゃ。市は大事ないか」
 夫の末妹を実の妹のように扱うのは、帰蝶にとってはまだ慣れない。つい先日まで互いに「市姫様」「帰蝶様」と呼び合い、雛遊びに双六にと,まるで仲の良い友達のように遊んでいたからだ。
 ぬるま湯に浸かったような、でもそれなりに楽しかった世界をぶちこわしたのは、市之町系、織田上総介信長である。全て真実をばらしてしまったのだから、というか真実をバラす前に心の準備はさせて欲しかった。帰蝶と市の一致した意見である。
(兄上があたしたちの間に爆弾をぶっこまなければ、このようなことにはならなかったのに!)
 と、市が現代の日本に住んでいれば、兄を恐れることなく堂々と言ったのだろうが。あいにく市が生きているのは1500年代中盤であるし、当然『爆弾』の何たるかも知らない。
 いろいろあったものの、今後は義姉と妹としてより親しくできる、それは大変よいことだと市は結論づけた。自分にどのように都合がよいか、それは今まで通り帰蝶と親しくすることであるし、むしろもっと親しくなることを市は望んでいるのだから、細かいことはもはやどうでもいい(と、市が妙に論理的に考えていることを、帰蝶は当然知る由もなかったのだが)。
「はい、市は小袖を新しゅうしていただきました。この反物を御方様からいただきましたと聞き、急ぎ御礼言上に参上した次第にこざいます」
 しずしずと居室に入ってくるなり丁寧に一礼をして、自分の問いかけに対するこの口上。市の立派な挨拶に、帰蝶は思わず目を丸くした。いつもの市と違いすぎるのだ。そんな帰蝶を見て、市も堪えきれずに吹き出した。
「からかいましたな、市」
 そういうわけではありませぬ、市は堪えきれない笑いを何とか抑えて、ことばを継いだ。
「わたくしの好きなお色と柄を選んでくださったのは大層嬉しゅうございますが、」
 ここで市は一旦ことばを切る。そしてわざとらしく咳払いなどすると、
「義姉上、市のことだけでなく、どうぞ兄上のことも構ってあげてくださいませ。兄上は義姉上のことがそれはそれは、本当に好きなのでございますから」
 普段であればそこで市と二人で笑い合うところなのだが、今日の帰蝶はそうはいかなかった。
 二人のために冷たい茶を運んできてくれた類(信長の側室の一人で、生駒家の娘である。信長はさしあたり彼女を那古野城に上げたが、他にも吉田内記の娘奈々と、できれば帰蝶の侍女である雪を側室にしたいと考えている)の手が、茶を置くときに些か震えたのを見てしまったからである。
「皆、殿のことは好きでござろう。ただ、おのことおなごでは思うところが違うかもしれぬし、おなごの中でも市とわたくしとではまた、思うところが違う。殿のお考えは、殿にしかわからぬ」
 帰蝶のことばに、まだ城にあがってまもない類はあからさまにほっとした表情を見せ(あとで各務野の説教が待ってていることだろう)、市は超超不満そうだ。
「だが、市の願いはしかとわかった。殿にも新しい小袖をご用意いたそう…各務野、あれを」
 帰蝶が命じると,各務野は(よろしいのですか?)と視線だけで帰蝶に問いかけてきた。先ほどの類の振る舞いについてである。
(よい。城に来てまだ間もない、せっかくだから気晴らしでもしてくるように伝えよ。暑さには十分気をつけるようにとも)
 これだけの長い指示が視線だけで伝わるのは、やはり各務野が、帰蝶が美濃に住んでいるときからの侍女だからであろうか。各務野は、自分が帰蝶に命じられたものを取りにいくときに、さりげなく類も退がらせた。
 そうして各務野が持って来たのは、新しい、青藍の小袖だった。麻でできているため、色合いも相まって見た目も実用的にも涼しい。普段小袖一枚で野山を駆け回ることの多い信長のことを考えて工夫を凝らし、動きやすさを担保している。
「すばらしいではないですか…!」
 両手を口で覆って感激する市に、
「御方様は幼き頃より裁縫がお好きで。姫様の小袖も、御方様が仕立てられたのですよ」
 と各務野がさりげなく言った。そのことばに市はますます目を丸くし、帰蝶はやや項垂れた。
「恥ずかしいから言うなと申しておったのに…。市姫様に着せるものじゃ、わたくしが仕立てたと,わざわざ言わずともよかったであろうに…」
「いいえ、こうでもしませんと、姫様はご自分のなさったことを隠して、なかったこととしてしまわれますから。何度大層よくおできになられましたと言ってもお聞きにはなりませんし、なにしろ大切な市姫様の小袖を姫様が仕立てられ、それを当の市姫様が知らないままというのも、」
「市は嬉しゅうございます!」
 各務野のことばにかぶせるように、市は勢い込んで言った。
「よう教えてくれた各務野。義姉上が仕立ててくださったと後で人づたえに聞いたら、きっとわたくしはかなしかったであろう。今日この場で聞けたことに,価値があったのじゃ」
 市はすっと立ち上がる。姿勢のよい立ち姿。そろそろ子どもから大人へ変わってゆく体の線。それにぴったり沿うように誂えられた小袖。市はくるりと、その場でゆっくりと回ってみせた。ほう、と周囲の侍女たちからため息が漏れる。
 小袖は、市の年齢には少し大人びた仕立てで、色は白藤色。丈もすこし長めに作られ、大人のそれに似せてある。成長期の子どもである市ため、、多少背が伸びても調整できるように工夫もなされていた。見事な誂えである。
「義姉上、わたくし、父上や兄上方に小袖が仕立てられるようになりたいです!ぜひ御指南くださいませ」
 市のきらきらした瞳に、帰蝶は笑顔でゆったりと頷いた。
「今日はほんに暑い日じゃ。外遊びはやめて、中でお仕立ての仕方をいたしましょうか」
 帰蝶のことばを受けて、侍女たちは夏用の着物を仕立てるために取っておいた反物をいくつか並べ始めた。市は一つひとつを丁寧に吟味し、自分の上に当てたり、日に透かしたりしながら、「これは父上に…」「これは勘十郎兄上にいかがであろうか…」と反物を選んでいく。
 帰蝶はもう一枚市に小袖をと思ったとき、先年嫁いでいったもう一人の妹、犬にも小袖を仕立てて送ってやろうと思う。
「わたくしももう一枚、今度はお犬の方様と市とで揃いの小袖を仕立てようと思う故、市もともに」
 帰蝶が誘うと、市は花のように笑って頷いた。


 夕方、信長がよく冷えたウリを持って帰ってくる頃までには、市は手習とはとても思えぬ見事な出来栄えの手ぬぐいを兄信長に手渡した。
「これは将来有望じゃ。父上や勘十郎の小袖が終わったら、儂も仕立ててほしいものじゃ」
 兄の返事に違和感を覚えた市が黒尾を傾げると,信長は自分の体を見回しながら満足げに頷いた。
「今年一枚めの新しい小袖は、濃が仕立ててくれた」
 新しい小袖がよほど嬉しかったのだろう。信長はしみじみそう言うと、ふいにいたずらっぽい表情を見せた。
「なにしろ濃の仕立ては大層よくてな。しばらくは十分じゃ。それに儂の着物をおなごが仕立てると,いくら市が妹とはいえ、濃がやきもちを焼きそうじゃ」
「そんなことはございませぬ!」
 軽口を叩き合う兄と義姉が、いつになく楽しそうで。思わず声を立てて笑ってしまった市であった。
「ようお似合いです、兄上」
「そうであろう。濃の仕立てである故な」
 兄はきちんと、義姉のことを大切に思っているのである。市の顔に、思わず笑顔が浮かぶ。


 まだ市と帰蝶が「姉妹」となってもまもない頃、とんでもなく暑い文月の夕方のことであった。

(終)

 「丁寧語くらい使えよ」とつい思ってしまう。わたしが話しかけられているわけではないのだが、職場で仕事の話をしていて、さほど親しくもないのに不快だ。
 わたしの頭の中はバカで、仕事ができるやつとできないやつにはっきり二分化されている。言われたことにすぐ対応できないのが後者にあたる。

 すぐできなくても経過報告くらいしろと思ってしまう。いらいらしすぎて誰かにぶち当てるのがいやだから、指導室の隅っこにいる。隠れるわけだ。

 わたしができることであればいくらでも責任は取るのだけれど。できないことばかりで(権限がないからだ)、権限を持っているのは仕事ができないやつだから余計いらいらする。

 はー、今日はストレス発散用のお菓子買って帰ろう。