仕事場を片付けていたら発掘。
うちは様々なモノが流れ着くところだ。
ゴミ屋敷とも言う。
だがその漂着物の中から再び命を得て浮かび上がるモノたちもあるのだ。
写真上が今回復活した「さしがね」、直角定規である。
真鍮製だったのでちょいとピカールで磨いてみた。くすんだ真鍮の風合いも良いものだが、磨いた状態を維持するのも良い。
磨いてみてわかったがこれはハンドメイドだ!
手道具で仕上げてあることがわかる。
直角度はまあOKなので実用にしよう。
仕事場を片付けていたら発掘。
うちは様々なモノが流れ着くところだ。
ゴミ屋敷とも言う。
だがその漂着物の中から再び命を得て浮かび上がるモノたちもあるのだ。
写真上が今回復活した「さしがね」、直角定規である。
真鍮製だったのでちょいとピカールで磨いてみた。くすんだ真鍮の風合いも良いものだが、磨いた状態を維持するのも良い。
磨いてみてわかったがこれはハンドメイドだ!
手道具で仕上げてあることがわかる。
直角度はまあOKなので実用にしよう。
今更ではありますが、明けましておめでとうございます。
ほぼ放置状態のブログを久々に書きます。
アメリカでは「ブルーカラー・ビリオネア」なる現象が起きているらしい。
事務所で働くいわゆる「ホワイト・カラー」は長らく上級な仕事とされていたのだけれど、コンピューターや特にAIの実用性の向上で人員過多になってしまって給料が下落してしまったそうだ。
一方、現場労働者、特に資格やノウハウが必要でなおかつインフラに関わる配管工や空調設備関係者等の人件費が高騰しているのだという。
科学部SF班出身の僕にはこの事態は未来予測のひとつに入っていたの だ!
まさか実現するとは!いや、思った通りだ(キリッ)。
現場での施工とか修理だとかは工場作業と違って自動化しにくい。
作業出来る人型ロボットなら可能かも知れないが、それらが実用化されるのはまだだいぶ先だと思う。
器用貧乏に光が射すのはこれからか!?
gooブログが閉鎖なのでアメブロへのお引越しとなりました。
最近ブログをほとんど書いていなかったし、この際ネットの海の底に沈めるのもアリかと思ったのですがしばらく延命としました。
これを機にまたボチボチ書いて行こうかと。
まだ設定や使い方がよくわからないので今回はこれにて!
昔訪れた川越の老舗刃物店で再び革包丁を購入したのだ。
その昔川越の南、入間郡大井町(現ふじみ野市)に若いオルガン職人とその妻が住んでいた。
彼らはしばしば川越に遊びに出かけることがあったのだが、その際、彼の妻が彼に革包丁を送ったのだった。
以来、その革包丁は彼とともに国内外で働くことになった。
時は流れ、彼らは破綻した。
それから10年、早い人で1年半と言われた病気でも死ななかった彼は何とか人生を続けていた。
たまたま川越近くを通る機会があったのでふとその店を思い出して寄ってみたのだった。
そしてお店で見かけた革包丁と「目があってしまった」。
いやあ、本当はもっと欲しい電動工具なんかもあったんだけどね。
目があっちゃったんだもん。仕方ないよね。
還暦を越えると周囲は色々だ。セミリタイヤとか、セカンドライフとか。
こちとら貧乏暇なしでまだまだやらなきゃならないゼ。
ここいらで、新しい武器、人生を切り開く相棒を新調するのも良かろう。
東京出張の帰り道、川越に寄ったのだ。
小江戸川越をエンジョイするためではない。ちょっと楽しかったけど。
目的地は「まちかん刃物店」。





あけましておめでとうございます。
今年からの新しい人生のテーマとして「遺産」を作ることを目指そうと思います。
昨年還暦を迎え、資産も財産も無いし、あまり何かを遺す意思も無かったのです。
とにかくボケずに仕事を続けられるだけ続けて、最後は行方不明の予定であります。
しかしながら、仕事の後継者なんかも責任として考えなければならないと進められていることもあり、自分が遺すものについて考え出したら何だか面白くなって来たのでした。
昔、ある外人が
「日本では子や孫にロボットを遺す習慣でもあるのか?」
という疑問を投げたらしい。
確かにその設定は結構思いつく。レッドバロン、ザボーガー、マジンガーZ……。
維持や運用がめんどくさいマシンは面白いかも。
現実的にはマニアックなクルマとか?
妙なコレクションも アリだな。捨てるに捨てられない微妙なものが良いな。
今、自分の周りを見るに、すでに僕は「呪物コレクター」に近い!
この手はアリかも。
呪物コレクター田中俊行
最近FBでちょっと面白いことがあった。
FB友の方に「肝っ玉、尻子玉」についてGoogleのGeminiとやらで見てもらった。
肝っ玉はまあ良しとして、面白かったのは尻子玉。
以下はAIの回答
承知いたしました。肝っ玉と尻子玉について、ご説明します。
肝っ玉(きもだま) と 尻子玉(ししだま) は、どちらも人の内面を表す言葉ですが、少しニュアンスが異なります。
* 肝っ玉:
* 意味: 度胸、勇気、大胆さ。困難な状況でも動じない強い心の持ち主を指します。
* 由来: 肝臓が身体の中心にあることから、比喩的に心の座を意味するようになったと考えられています。
* 使い方: 「あの人は肝っ玉が座っている」「肝っ玉の座った女」など。
* 尻子玉:
* 意味: 子供の魂、生命力、活発さ。特に子供特有の無邪気さや好奇心を表します。
* 由来: 子供の顔色が良く、お尻がふっくらしている様子を、玉のように輝いていると表現したことに由来します。
* 使い方: 「子供の尻子玉がすごい」など。
まとめ
* 肝っ玉: 大人らしい強さや度胸
* 尻子玉: 子供らしい活発さや生命力
使い分け
どちらの言葉を使うかは、表現したい対象や状況によって異なります。
* 肝っ玉:
* 困難な状況を乗り越える力
* リーダーシップ
* 決断力
* 尻子玉:
* 子供の成長
* 若々しさ
* 創造性
その他
* 尻子玉は、比喩的に、新しいアイデアやプロジェクトの芽出しを表現することもあります。
* 両方の言葉は、褒め言葉として使われることが多いです。
例文
* 「彼は肝っ玉が座っていて、どんな困難にも立ち向かうことができる。」
* 「子供たちの尻子玉がすごい。毎日新しい発見をして楽しんでいる。」
* 「このプロジェクトは、若手社員の尻子玉によって成功した。」
補足
これらの言葉は、時代や地域によってニュアンスが少し変わる場合があります。
何か他に知りたいことがあれば、お気軽にご質問ください。
終わり。
爆笑!大嘘!ししだまじゃねえよ。
* 「子供たちの尻子玉がすごい。毎日新しい発見をして楽しんでいる。」
* 「このプロジェクトは、若手社員の尻子玉によって成功した。」
若手社員の尻子玉って何よ?
まあ、こう謳ってはあるんだけれどね。
『Gemini は不正確な情報を表示することがあるため、生成された回答を再確認するようにしてください。』
日進月歩 秒進分歩(なんて言葉は無い!)で成長するAIにすでにこの回答は無いのだけれど。
AIの回答がウソだったりすることはわかった上でのギャグとして楽しめる分には良いのだけれど、まことしやかに
断言するのがアブナイ。大衆は断言と反復には弱いのだ。
リアルな画像まで生成するから始末が悪い。
情報の速さを求めすぎると情報源が固定化してくるように思う。
僕の専門分野でも、もうだいぶ前からその傾向があった。
ヒットしない情報源はやがて上がらなくなってくるようだ。
目標達成のためにウソをつくというのは非常に有効な手段であることは確かだ。
人間のみならず植物や昆虫さえも擬態というウソを生存戦略として使う。
人工知能もウソを使うというのは、厄介なものだ。
さて、未来はどうなるのだろう?
まだまだ尻子玉でがんばらないとね!
半年以上のブランク!ブログ保守のために投稿。
以前は暖房は薪ストーブでした。小さい家だとひとつで家全体が暖まる威力。
高冷地の断熱性の低い家でさえ、朝起きて布団から出るのが楽なあの感じ。
引越し後、何故か冬場の長期出張が多く、暖房は石油ストーブで済まして来たのでした。
薪ストーブを運用するためには薪の入手ルートを確保しなければならない。
それは地元の人々との繋がりを構築することである。もちろん金銭で済ます事もできるけど、それはかなり割高になる。金銭でのやり取りは人間関係コストがかからないというのがメリットではあります。
この人間関係コストというのはある人たちにとっては絶対的マイナス要因だけど、向き合いようによっては大きなプラス要素でもある。
その辺にどう取り組めるかが薪ストーブ生活の要です。
自作能力も以前よりはるかに向上しているので色々やってみたいところではあります。
今回の保守はここまで!
還暦を迎えて何かちょっと特別なことをしてみたかった。
誕生月限定のサービスとか?
餃子屋がたしかやっていたな。
東京ではラーメン屋のポイント2倍を享受した。
だが足りん。もっと特別な何かが欲しい。
ふと思いついた、清里のROCKのカレーを食べに行こう!
清里はかつての居住圏だ。
初めて訪れたのは80年代。色々と盛んな頃だった。ミニ原宿なんてね。
その後、色々転居してまた戻って来て家族で過ごした。
そして八ヶ岳を離れた僕はあの周辺での多くの記憶を封印し、行くことを避けていた。
そうだ。ROCKに行こう!

小淵沢に住んでいた頃は道路の脇の小さなカフェレストランで堀内組(清里の大工集団)
の面々がよく溜まっていたものだ。
そしてこれが有名なROCKのカレーである。
うん、以前とは結構変わった感じ。
萌木の村内を少し散策したところ、スーパーマンに会ったのでした。
清里のスーパーマン氏とお会いするのは8年ぶりくらいだろうか。
少し話をしてから握手をして別れた。
ホール・オブ・ホールズ、オルゴール博物館。
ものすごく思い出深い場所。
ここでの楽器との出会い。人との出会い。
それが今の僕に直結していると言って良い。
萌木の村を離れて周辺を回る。
聖アンデレ教会
この脇には聖ヨハネ保育園。写真ナシ。
高原大橋からのキツい坂を娘を背負子に載せて自転車で登った日々もあったなあ。
朝、大泉の家から子どもたち2人とジープで下る道は正面に富士山が見えて、皆で
富士山ヨーシ!と指差喚呼したものだ。
一時期よりはキレイになってはいるがシャッター通りの商店街。
森の中の廃墟。
本当に、自分が記憶を封印していたのがわかった。
フラッシュバックの嵐。なかなか痛いものがある。
今夜は少し思い出を辿ることにしよう。
先に進むためには過去を捨ててはいけない。
誕生月サービスよりもずっと有意義な聖地巡礼であった。