パパさんの歯のこと
パパさんは今55歳。15〜16歳の頃から常に歯痛に煩わされてきましたが、40代半ばあたりで全ての生まれもった歯と決別し、上も下も総入れ歯となって今に至っています。そして思うのは、歯が無いって何て楽なんだろう、という心地よさばかりだそうです。 歯が痛いというのは、本当に嫌なものです。単に体の一部の痛みという現象ではなく、そこを起点として体のあらゆる部位へと広がり、肩や腰が凝ったり、胃腸の活動を妨げたり、唇や耳たぶにできものをこしらえたり、パパさんのもう一つのウィークポイントである鼻炎を引き起こしたり、熱は出るわ眠りは妨げられるわ。 20代終わり近くに上の前歯の根本がすっかりだめになり、グラグラになるまで放置した挙句歯医者に行ったらさっさと抜かれてブリッジとやらを施されました。その後も奥歯が痛んでは抜き、今度は下の前歯が次は右の奥だ左だと抜いては被せを繰り返しておりましたが、もはやいつの時もどこかに不具合を抱えた治療中の様相で、それでいて定期的に診てもらうでなく、どうしようもなくなってから駆け込むのも毎度のことで、居を移すたびに罹る診療所も変わりました。痛さのあまり、いっそペンチか何かで自分で引っこ抜いてしまおうと試みたことも一度や二度ではありません。歯冠を壊してしまうだけでうまくはいかないのですけれど。 大体が、例えば支えている犬歯も心許ないブリッジの前歯ではトウモロコシにかじりついたりもできませんし、被せたのやら残っているのやら入り混じる奥歯では固い肉やスルメや噛みしめることもできません。食べ物が美味しく感じられないのも困りものですがまたどこか疼きだせば歯医者に予約を取って行かぬわけにも行かず時間も取られ仕事にも支障が出る。ただただ厄介の種でしかありませんでしたが、ついに!最後に残った奥歯が抜け落ち、上下とも総入れ歯を入れていただいた途端世界は変わりました。まあそれまでも大半部分入れ歯だったわけですが、ちょっとでも残っていると、折に触れ支障をきたしてくれるのです。 はじめの数週間は、噛み合わせもうまくなく食べ物の味も感じられない気がしたものの、慣れれば全て自前の歯が生えていた頃よりはるかに快適になりました。トウモロコシだって、固いせんべいだって、タコの足でもサンマの骨でも楽々齧れるようになるまであっという間でした。そうなると食べるもの何でもうまいことうまいこと。こうしてパパさんは、20数年に渡り煩わされた痛みから、のみならず肩こりその他諸々の不調から解放されたのでした。入れ歯は作って2,3年で一度作り直しましたが、その後10年間以上些かの不具合もなくパパさんのお口に収まっています。はじめのうちは入れ歯安定剤なんてものを使ってみましたが、そのうち口蓋と入れ歯の凹凸が勝手に合致して、不要になりました。パパさんのお勤め先が荻窪にあった頃にご近所だった歯医者さんで作っていただいた歯です。パパさんは名医と信奉されていますが、罹る度に先生ご自身の歯が少なくなっているのが見て取れる、医者の不養生だか紺屋の白袴だかを地で行く先生でした。かなりご無沙汰していますがお元気にされていらっしゃるでしょうか。