ウォン・ウィンツァンさんのピアノコンサートに行ってきました
名前は知っていたし、テレビとかのBGMや主題歌で聴いたことはあると思うけど、ちゃんと聴いたことはなかった
しばらく会ってなかった友達も行くみたいだったので、会えるのも楽しみにしてました
友達との再開を喜んだのち、コンサート開演
童謡をアレンジした曲からオリジナル曲へ
オイラの勝手な印象ながら、山奥の川の源流や、砂漠の夜明けを感じる美しい旋律に感動で、早くも瞼の奥からしょっぱい水の分泌が始まってた
けど、それだけでは済まなかった今日の涙腺
ほどなくして頬に大雨洪水警報が発令
とある番組のテーマソングだった2曲、そして戦後まもなくの満州での出来事や、平和をテーマにしたという2曲が演奏されていた間
号泣
それだけなら、
ピアノの美しい旋律だけが響くホールの中で、嗚咽でハモらないように必死でした
なんでそんなに泣けたのかは分からないけど
そこにあったのは、なぜか感動よりも懺悔
よく戦争で命を失った子供とか
家族を失った人々の悲しさとかは語られるけど、
その時浮かんだのは、むしろ銃口を向ける側の兵士の悲しさ
どこからともなく込み上げてくるのは
ゴメン
取り返しのつかないことをしてしまった
助けることができなかった
見殺しにしてしまった
そんな気持ちに不思議を感じつつ、声を上げて泣きたいのを必死で堪えてた
もちろん、幸いにして生まれてこの
かた人を殺めた経験はございません
なのに罪の意識に押し潰されそうになってた
・
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休憩を挟んでコンサートは続き
そんな訳の分からない感情は消え
ただ感動と心地よさが胸いっぱいに詰まった状態で会場をあとに
道すがら
友達の一人に「懺悔の気持ちで泣いた」と言ったら
「よかったね、癒されたね」って
もーね
道端で再び号泣して・・・
っていう、2016年道行く人が選ぶ変なオジサンにランクインする事を回避するのに必死でした
(かろうじて泣いてない)
でもなんか
今日、ひとつのわだかまりが消えた気がする
そして次のステップへ
ゴメンね
そして
ありがとう
先週は懐かしい岐阜の土地でインドの古典音楽に心洗われ
今日、優しく美しいピアノの旋律に救われ
来週は演者に
いよいよ、津軽三味線を学ぶ教室の大演奏会
自分に何かを与え
来てくれるお客さんに何かを伝える
そんな演奏をしたいな
ホントに訳のわからん記事だな
ま、いっか