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平凡かつ標準的な人間(当社比)がお送りする凡庸なフォトブログ

たまーに写真、ごく稀になんかいろいろ書いていきます

今回も以前にアップした内容を改めて源平所縁の地を訪ねてと題して再アップします

前回はヒマワリ畑を見に行った際に寄った野間大坊です


 


ここ野間大坊は平家討伐の旗を掲げ、鎌倉幕府を開いた源頼朝の父である源義朝の墓があります

義朝は平治の乱で平清盛に敗れ東国へ落ち延びる際に尾張国野間(現在の愛知県知多郡美浜町)にたどり着きます

しかし家人に裏切られ入浴中に襲撃され討たれてしまいます


襲撃を受けた最期に「我れに木太刀の一本なりともあれば」と叫んだとされています

そのため義朝の墓にはこのように木刀が供えられています


以前大河ドラマで義経をやっていた時は観光名所となっていたようです

この時は他に誰も居ませんでしたがそれがかえって張りつめた空気感となっていました
 今回、新たなテーマを作成しました

題して「源平所縁の地を訪ねて」です

以前の福井旅行でも斎藤実盛をブログで載せました

今までは他に2カ所ほど回ったのでテーマを改めて載せていきます



今回はタイトルにもある平維盛です

平維盛とは平家一門の繁栄を築いた平清盛の嫡孫です

その美貌は光源氏の再来とまで言われたそうです

維盛は倶利伽羅峠の戦いで義仲に敗れ、都落ちした後の一ノ谷の戦い前後で陣中から逃亡し出家

その後は入水自殺したといわれます

しかし、実は日本全国に平家落人があり、維盛もまた落ち延びたといわれています

しかしその話は維盛だけで全国9カ所にあるため信憑性はどうなのでしょうか

以前に訪れた静岡県富士宮市上稲子もまたその土地の一つです

棚田の真ん中に維盛の墓が建っていました


見えにくいですが真ん中の塔のような物です


こちらが維盛の墓です
この墓自体は天保11年(1840年)に再建されたものだそうです



今後もこんな感じで訪れた源平所縁の地を載せていきたいと思います

また、以前に訪れた野間大坊も後々改めて載せていきます
東海三県紅葉巡りもこれでラスト

最後の三重県は式年遷宮で話題となった伊勢神宮です

 
 まずは外宮からです

とは言えもう12月です 

紅葉もピークを過ぎていました


 
平日でも結構な参拝者でした


 豊受大御神が祀られている豊受大神宮です
紅葉と一緒に撮りたかったのですがやや暗めとなってしまいました



ここで内宮へと移動しますが車で行くと駐車場が満車の可能性があります

そこで、新たな愛車の登場です

 

  
 折りたたみ自転車、Dahonのrouteです

これで内宮まで移動します

実際、内宮の駐車場は満車で表示は60分待ちでした

そんな渋滞待ちを横目に見ながら20分弱で内宮へ着きました

着いたのは昼過ぎ

参拝前におかげ横丁で昼食です


手こね寿司と伊勢うどんです
伊勢うどんは何度も食べたことがありますが本場で食べるのは初めて
見た目ほど醤油辛くなくて美味しいです
 


 
 宇治橋の鳥居です
なんとか紅葉と一緒に写す事ができました
 
 

 
 
五十鈴川です
水は本当に綺麗で浅い川ですが川底まで綺麗に見通せます

 


川面に浮かぶ紅葉です
落ちてもなおその綺麗な姿を楽しませてくれます



天照大御神が祀られている皇大神宮です

やはり伊勢神宮というべきか、ただ紅葉を見て回っているだけでも背筋が伸びる思いでした

 
 名前があるか分からないですが、正宮を参拝し終えた後に見えた池です
大きな鯉が泳いでいました

さてここからはまたおかげ横丁に移動します

 
ファミマです 
ご存知の方も多いかと思いますが 、伊勢神宮の景観を壊さないようにこのような造りになっています


こちらは第三銀行です
おみくじ付きえいてぃえむがあるそうですね


おかげ横丁にも紅葉はありました

 
なんか一昔前の日本という感じです

 
最後は赤福でぜんざいを頂いてきました

 
ぜんざいは勿論の事、ほうじ茶も美味しい
ほうじ茶を飲んで初めて甘いと感じました



そんなこんなで人生初のお伊勢参りと東海三県紅葉巡りは無事に終了しました

小原は急用で、伊勢神宮は若干時期外れという事もあり、今年の紅葉巡りはちょっと不完全燃焼でした

近くで紅葉が間に合う所があれば行ってみたいですが、おそらくこれで今年の紅葉は終わりでしょうか

来年の紅葉巡りも既に計画中です

今から既に来年が待ち遠しいですが、次は冬なのでイルミネーションでしょうかね