引き続き気持ちが沈み込んでいる。


主人と娘の小学校が冬休みに入ることで、少しでも時間と心の余裕が出来て、前向きに2025年を迎えられるかなと思っていたけど、そんな簡単ではなかった。。。


娘の小学校は今日が始業式でした。

初日から寝坊して、ママのせいで間に合わないとまたひと暴れ。

反省したのか学校で気持ちが切り替わったのか、帰ってきたらすぐに宿題をやり習い事にもスムーズにいってくれた。

しかし、習い事から帰ると夜の7時過ぎ、すぐにご飯を食べてお風呂に入って寝ないといけないのに、ママの態度が悪いとのことで触るな、髪を乾かすのも嫌だとひと暴れ。

これが10時のこと。


もう耐えられず私も大きな声を出してしまい逃げているベッドから引き摺り下ろしてドライヤーをやろうとするも足で私を蹴り飛ばしまくり大暴れ。


傍でバウンサーで揺れてる下の子は眠い上に入浴後のミルクを飲んでないから空腹でギャン泣き。


この場から荷造りをして新幹線で逃げるシミュレーションが頭の中でどんどん描かれてすぐさま現実逃避。


子供への愛情がもう枯れ果ててるなぁとつくづく感じてしまった。

本当に私は母親業に向いていない。


娘がこう言う時に言うのは、ママは優しさが足りない、親ガチャ外れた、と。


仕方ないじゃん。

私だって母親から優しさをもらってきてないんだもん。

私の中に優しさが足りないのは自分が1番よく分かってるよ。

どうやってあげれば良いのか分かんないんだよ。


これが何もかもの1番の原因だと思うけど、母はそんなこと気にもしていないだろう。

むしろ私のことは上手に育てた子育て成功したとでも思ってるはず。


高齢で1人で質素に寂しく暮らす母を見るとそんな話も今更出来ず。


こんなことを考えるのは他責過ぎるかなとも思い、今まで心の隅っこに隠してきた。

でも最近、娘の癇癪に付き合うたびにそれがむくむくと大きくなり隠し切れなくなってきて、気がつくとその場から逃げたいという衝動で暴れたり泣いたり死にたくなったりしてしまう。


こんな母親でごめんねと、なんとかしてもっといいお母さんに変えてあげたいなと、娘と息子の寝顔を見ながら思う日々。



次は私の育った環境について書いてみようかな。