支配された側の怒り知る | 平野幸夫のブログ

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ギリシャ語を語源とする「クロニクル」という
言葉があります。年代記、編年史とも訳されま
す。2014年からの独自の編年記として綴りま
す。





上質のサスペンス映画でありなが
ら恥辱の歴史への隣国民の深い怒
りが胸に突き刺さってくる。韓国
で750万人を動員した大ヒット
映画「密偵」を見て、改めて隣国
の近代史に表層的な知識しか持っ
ていないことを知らされた。「慰
安婦像」「独鈷」という言葉に無
闇に反発してみせるこの国の為政
者ら。支配された側からの悲しみ
や怒りをどれだけ知っているのか
問いただしたくなった作品でもあ
る。



今の若者に「朝鮮総督府」と言っ
ても、ほとんど知らないだろう。
1910年、日本が韓国を併合し
て統治したソウル(旧京城)の象
徴的建物だが、韓国民にとっては
恥辱のシンボル的存在である。映
画の主人公は、名優ソン・ガンホ
が演じる日本警察の韓国人警部、
イ・ジョンチュル。総督府爆破を
画策する独立運動組織「義烈団」
の監視を命じられながらも、祖国
への思いに苦しみながらも密偵と
潜入、情報戦を繰り広げる。


クライマックスの舞台は、義烈団
が総督府爆破のため爆弾を運ぶ上
海の日本租界から京城までの列車
内。イ警部はかって独立運動に参
加したことがあるという重層的な
役柄で、誰が敵か味方か分からな
い。一つの疑いが新たな疑いをも
たらすノンストップサスペンスで
ある。そんな活劇映画の常道も踏
まえ、渋い男優らの息をつかせぬ
迫真の演技に圧倒される。光と暗
闇のコントラストを駆使した映像
美にも魅せられる。朝鮮総督府や
刑務所のシーンもリアルで、京城
の街で繰り広げられる銃撃戦や拷
問などアクションシーンの数々に
体が何度も揺さぶられた。


エンターメントとしても楽しめる
が、この映画に奥深さを感じるの
は、1922年に実際にあった朝
鮮総督府爆破事件を物語の縦軸に
しているからだろう。日本人統治
時代の風景を隅々まで散りばめ、
支配された側の民の悲哀が画面に
漂う。映画なので支配する側の残
忍さがやや誇張されているが、言
葉と名前まで奪われてしまった人
びとの無念さを想像した。彼らの
苦い侵略の歴史は100年過ぎて
も、消えることがないことを思い
知らされる。人口約5千万人の韓
国で750万人が見たという数字
は、民族の精神の底に月日が過ぎ
ても拭い去ることができない日本
への「怨」を示す。


「密偵」は韓国映画史に残る傑作
とされる「JSA」や「悪魔を見
た」に並ぶ評価を得ているといい
、特にソン・ガンホの演技は言い
尽くせぬほど存在感がある。この
男優は目だけですべての感情を表
現できる。二枚目俳優イ・ビョウ
ンホンらが脇役を固め、日本の鶴
見辰吾も敵役を見事に演じている


鑑賞した直後、大阪市の姉妹都市
であるサンフランシスコ市議会が
中国人からの慰安婦像寄贈をを全
会一致で受け入れたことに、吉村
洋文市長が反発して、姉妹都市を
解消すると報じられた。はたして
吉村市長は、アジア各国を侵略し
た歴史をどれだけ知っているのか
という強い疑念が募った。まぎれ
もなく存在した慰安婦を否定する
とでもいうのか。務めるべきは、
なぜサンフランシスコの市議会の
全員が像の寄贈に賛成したのか理
解することではないのか。「気に
くわない」という感情に基づく浅
薄な判断はまた新たな反目を招く
だけである。改めてこの警句が頭
をよぎった。


「過去に目を閉ざす者は現在にお
いて盲目になる」(西ドイツのワ
イツゼッカー大統領の1985年
演説)

(写真は「密偵」のポスターから

     【2017・11・24】