兄の癌が発覚するまでは、お盆や正月は家族みんなで実家に帰省していた。


兄が独身で奥さんや子どもがいないのをいいことに、我が物顔で実家に甘えていたのだ。



ほぼ自室に引っ込んで出てこない兄をよそに、私も子どもたちものびのび過ごしていたし、父と母にとっても、孫はうちの子たちだけなので、帰省が嬉しくない理由はなく、歓待してくれるのが常だった。





兄の癌がわかって初めてのお盆に母から電話があり、

「兄さんが、お盆の帰省は遠慮してほしいと言っている」

と言われた。

日常的に嘔吐があり、体調も悪いと。


もちろん帰省は遠慮させてもらった。





その後も帰省しないまま時間が過ぎていった。


当初は、転移がないので手術をすると言う話で、母が心細いので当日は私に来て欲しいと言っていた。


手術予定日が決まったら連絡をもらい、私がひとりで帰省するつもりだった。


しかし、検査数値が良くなかったり、全身状態が良くなかったりで、結局、最後まで手術は出来なかった。






亡くなる3週間前に、祭りの手伝いで帰省した時のことだ。


いつも帰るとすぐにお風呂とトイレを掃除する(ものすごく汚い)ので、その時もいつも通り掃除をしていると、トイレの手すりに紐でぶら下げられたキャンプ用のランタンが目にとまった。




母に「これなに?」と聞くと、夏前にトイレの電球が切れたのだが、兄は足腰が弱っていて、椅子に乗って電球を付け替えることが出来ず、代わりにランタンを手すりにつけたのだと言う。


「お母さん、オレ替えられないから、悪いけどこれで我慢して」

と言って。



もう祭の宵宮の時間だったので、その日は電球を買いに行けなかった。


夜、トイレに入ってランタンをつけたら、すごく暗かった。


悲しい気持ちがこみ上げてきて、胸が痛くて、泣きそうになった。






翌日電球を変えてトイレは明るくなったけど、私の気持ちは明るくならなかった。


もう少し近くに住んでいたら、電話一本で実家に寄って、すぐに替えてあげられたのに。





だから今さらだけど、隔月で飛行機に乗って帰省し、色々片づけている。


傾きかけた実家だけど、母が住んでいる限り、実家であることに変わりはない。



すみずみまで綺麗に、とはいかなくても、見ていて辛くなるような有り様にはしたくない。