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1月1日久々に

近所の神社に行ってきました。

母と二人で初詣。


しかし、

なぜだか神社って重たくなるんです!!

やたらこびりつくんです!!

なにがって?

それはあれですよ。あれ・・・

近所のご霊人さんたちですよ!!!


ちょっといくんじゃなかったと思ってしまいましたが、

(愛が足りない自分です。反省!)

それだけ地元の霊界にたよられているのだから

頑張るしかないなぁなんて感じた次第であります。

うっす。


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御近所の方が御囃子を演奏していました。

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正月~な雰囲気です。

そんな中、

ひとりで参拝されているおじいさんがいました。


ひとり。


奥さんはいらっしゃらないのかな?

知り合いの人とかいないのかな?

なんて、自分ひとりで妄想し心配してしまいました。


みんな家族や友達とわいわいにぎやかに参拝している中、

なんだかとてもさみしくみえました。


おじいさんは、配っている甘酒をのんで

お家に帰って行きました。


ひとりほどさみしいことはないです。


声をかけようかと思ったのですが

かけることができなかったことを悔いています。


おじいさんが、いつも神様とともにありますように。

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参拝者には無料で甘酒とミカンが配られていました。
今年もみんな良い年でありますように!!


1月2日!!
みんなで母方の祖父の家にお邪魔しました。
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久しぶりのフリーマン!!かわいい!!

元気ですか!!また一段と大きくなって・・・うるうる

叔母ちゃんはうれしいよ!!

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きゃわいいフリーマン^^

みんなの人気者で、色々な方にとっかえひっかえ

抱っこしてもらってました。

よかったね~^^


赤ちゃんはいるだけで、人を幸せにする

本当に素晴らしい才能を秘めています!


みんな、自分を含め神様がどれだけ投入されて

この世界に存在するようになったのか?

ひとりひとりが喜びであり

幸せの種として生まれてきたのだと思いました。


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ちょっとお疲れのフリーマン君。

これからもよろしくね。


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統一教会現役バリバリこれからも頑張ります。 さん のブログを

拝見して、色々と考えさせられました。本当にありがとうございます。


いやぁ。ひとりひとりの心情が本当に重要なんだと感じています。


バリバリさんもおっしゃっているように、
価値観というものはみな千差万別であり、どれが正しいかというものは

個人の選択によるものだと考えています。


その価値観をどこを根本としているか?というのが、

自分はいままで世界にとって、とても重要な内容であると感じました。


人類はそれを探し続けていましたし

それをずっと教えたかった神様なのだ思います。


人類は神様の血統から出発しました。

しかし堕落したのでサタンの血統に変わってしまいました。

故に不幸の歴史が始まりました。


実際の根本は神様だったんです。親は神さまだったんです。

堕落ゆえに分からなくなってしましました。

だから、今までわからなかった根本を取り戻していくために

神様や御父母様の伝統と価値観を必死で求めていくことが

本当に重要だと思います。


そこがずれてしまうと望まない結果に

いつの間にかすり替えられてしまうのだと感じます。


種が不幸ならば、実も不幸しか実らないのですから。



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苦しいと神さまをすぐに忘れてしまうがゆえに、

本然とかけ離れた心情の海の中に溺れてしまう自分であります。


堕落ゆえに、湧きあがる感情。

うらみ、ねたみ、憎しみ、悲しみ、声にもならない叫び・・・

それはどこから来てしまったものなのか?


その発露がわからないと心情の波に

自分という存在が呑まれてしまうのだと思います。


原因がわからないと一時的には波をしのげても

ビックウェーブが襲いかかってきたら沈没です。

根本的な対処ができません。


呑まれないためにも

”あるがままを見つめていく”

という自分を客観的に直視していく作業がとても重要だと思います。


しかし

原理や神様の愛を知らなければ

自身が感じている心情を”あるがまま”

装飾せずに見つめることはとても困難に思います。


あるがままの自分を見ることって

本当に今の自分が心情的に死を覚悟するくらい

とっても険しいものだということを感じています。


苦しいから逃げようとします。

まあそれはまた考えよう!ネガティブだから

見ないようにしよう!とか、

また、見ようとすればするほど隠そうと次から次へと

自分を弁護するような声が聞こえてきます。

自分は悪くない。あの人はなんでそうなのか!

あれがなかったら!あのひとがそう言ったから・・・

どうしてこんなことに!あのせいで・・・

なんでわからないんだ!!

などなど、責任転換のオンパレード。


見たくない自分を直視することは本当に恐怖心を伴います。

隠さなくては心が正常ではいられません。

(そんな正常ではいられないような思いを抱えている

という事実すら気付いていないときがあります。)

その心の傷をふさいでいるところを

また開いていく作業をするのだから激しい痛みを伴うのは当然です。


このままでも愛されている。


そんな愛を実感できたとき人は

自分という存在を受け入れ、

また世界を受け入れていくのだと思いました。


どんな自分であろうとも受け入れることができなければ

他人を受け入れることがむずかしい。


自分自身がまず自分を愛すること。

保守的に傷を隠すのではなく

傷そのものもありのまま許すこと。愛すること。

また他によって許されている実感を持つこと。


罪をもって生まれた自分たちにとって

それは生命にかかわる重要なことではないでしょうか。


死ぬ勇気を持つことは簡単ではないです。

まずそこに許しといたわりの愛がなければ

すぐに倒れてしまいます。傷が大きくなるばかりです。


神様、御父母様が原理についてや真の愛についてなど

さまざま教えてくださったおかげで自分は

今本当に生きていられると感じています。


そうでなければ、解決できないことがたくさんあったし

自分というものを偽り続けてきた結果として

今頃神経衰弱で本当に死んでいたのではないかと思います。


神様はゆるしの愛に気付いてほしいし、

またすべては自分の心情(良心)に

道を準備してくださっていることに気付いたほしいと

何度も何度も自分はさまざま内容を通して教えていただいたように思います。

(まだまだ心情的におこちゃまでわからないことだらけですが・・・頑張ります)


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人類が(心情的な)死を超えるためにも、

死を覚悟できるくらいの愛を天地人真の父母様、

真のご家庭が注いでくれたように

その愛と神さまの心情に気付いた食口が

地道に愛を投入していくことが

とても重要なことであると思いました。


神さま、御父母様、先輩食口の方々、

先祖の方々がずっとずっと

あきらめずに愛を投入してくださった

おかげで今自分は生かされています。

だからこそ頑張っていける自分です。
本当に感謝です。


神様はずっと変わらずに真の愛で愛し続けてくれています。

自分たちがどんなに環境によって変えられても

ぐれても、さけんでも、真の愛は決して変わりません。

それは本当に信じることのできる絶対的なものだと思います。


みんながいつも愛されている神様の子供であると自覚しできれば

愛し愛される世界がもう目の前なんだ!と希望的です。

みんな家族ですね。

親を失い、親を知らなかった自分たち。

いまは親を知ることができ親といつまでも

一緒にいることのできる時代圏になっていることが

本当にめぐみだと感謝しています。


全人類のさきがけとして御父母様に出会い、

祝福をいただいている食口です。

だからこそ、

天地人真のご父母様の愛の代身となれるように、

真の愛を相続してみんなで幸せになっていきたいです。

(なかなか自分は微力な愛ですが、

大きくできるようにがんばりたいです。)
最終的にはみんな食口になるんですから!!

one family under GOD!AJU!!ですね!!


だからこそ今!

まず自分がどんな心情を根本におき

選択していくのか。気を引き締めて頑張りたいと思います。


本年も、よろしくお願いいたします。