火垂るの墓という映画を、ふらっと見て。
火垂るの墓を見ると、「他者に寄り添わない生き方」の結末を知る気がします。
清太の「自己中心性」といいますか。
「他者に寄り添わない」といいますか。
例えば、清太は節子よりも後に死にます。
節子よりも長生きしたわけですが、どうして節子よりも長生き出来たのでしょう。
「栄養失調ですね、食べるしかないです」と医師に言われたのは節子だけ。
同じように食べものを食べる生活だったのでしょうか。
最後の雑炊やスイカは、節子が亡くなったから、自分一人で食べたのでしょうか。
それとも、その前から既にそうだったのでしょうか。
医者に「滋養なんて何処にあるんですか!?」
と声を荒げた彼は、それでも「この子を助けて下さい」とおばさんに助けを求めることはしませんでした。
節子を助けようとはしていません。
誰かを助けようとはしていません。
このような描写はオープニングの空襲から逃げるシーンでも同じで、
空襲を一旦逃れるために、家に逃げ込んだあと、外に出ると、家はまだ燃えていませんでした。
そして、ハシゴと、水たまりと、バケツの映像が映ります。
まだ今なら消せるかもしれませんが、清太はそのまま逃げます。
「あなたの年齢なら、消火活動するのが当たり前じゃないの?」
後におばさんから清太に突きつけられた言葉です。
しかし後のシーンで、清太は、その空襲の時に、盗みを働いた上で、「もっとやれ」と叫びます。
誰かを助けようとはしません。
焼け野原のあと、「うわぁ全部畑になったなぁ」などと呟いていますが、清太自身は、なんとか生きようと畑を耕したりはしません。盗みはしましたが。
海に塩を取りに行くでもない、
「東京に親戚いるんでしょう」とおばさんに言われても、「住所わからんし」と呟くだけで、調べようともしません。
他責も沢山あります。
「堪忍してください、妹病気なんです!」
「学校燃えてしもて、行っても仕方ないんです」
「家焼けてもたん?どないすんの?」「お父ちゃんが仇うってくれるって」
「滋養なんかどこにあるんですか!?」
おばさんが悪いんだ、戦争が悪いんだ、と他責に終始する。この映画を見て、そんな感想を少しでも持ったなら、清太と同じになります。
清太が悪い、って感想を持ったとしても、独りよがりな行動をした事のある自分自身を思い出す。
だからこの映画は後味が悪い。
節子が亡くなる前後のシーンは象徴的です。
「滋養なんかどこにあるんですか」と医者に対して声を荒げたあと、まだ裕福そうな家(滋養がありそうな)の前で、「腹減ったなぁ」と一言呟き、そのあと節子に向けて言葉をかけます。
「何が食べたい?」
もはや自分の足では歩けなくなった節子にかけた言葉はこれでした。
「腹減ったなぁ」
何かを食べたいのは、清太自身です。
つまり、「何が食べたい?」この質問は、栄養失調の節子を思ったもの、というよりも、今、自分が言って欲しい言葉です。
彼は知っていたはずです、これでお金が尽きることも、食べ物を沢山買おうが節子は今多くは食べられないことも、節子の本当の願いも、もう節子は死ぬことも。
たくさん買えば、たくさん食べるのは清太です。
自分がたくさん食べたい、その清太の欲望を、節子の欲望に変換するわけです。
そうする事で、独りよがりな自分ではない兄でいられるからです。
節子に責任を押し付ければ自分は自責の念からは解放されます。
清太は衰弱した節子を助ける兄を演じる事で、自分の欲望を満たそうとしていた。
清太は、子供には米を、清太と節子には上澄みしか食べさせなかったおばさんと同じことをしようとしてたわけです。
清太とおばさんは同じ。
実際に、節子に食べきれるはずのないスイカ丸々一つ、作ったおかゆの量は、鍋いっぱいでした。
誰が食べるのでしょう。誰のために、そんなに大量に作ったのでしょう。
清太は、節子を助けようとはせず、助けるフリをしていただけのような感じです。
「腹減ったなぁ、何が食べたい?」
「天ぷらとな、おつくりとな、トコロテン、、あとドロップ」
「よっしゃ、貯金全部おろしてくるわ、買ってきたろ」
「うち、なんもいらん、うちにおって、にいちやん、行かんといて、行かんといて」
節子のこの願いは、一体なぜ生まれたのかも、彼は知っていた。
息を引き取ったあとに流れた「洞窟に住み始めて節子がまだ元気だった頃」の映像は、
いつも「一人でいる」節子です。
池に向かってジャンケンをしていますし、
一人で、けんけんぱ をしています。
清太の服を縫っていたり、掃除をしていたりもします。
一人で。
どれだけの時間を、節子は一人で過ごしていたのでしょうか。
清太はどれだけの時間、節子を一人で放置していたのでしょうか。
「節子の面倒を僕が見ないとダメなんです!」
というセリフは、誰のために発せられるのでしょうか。
清太は誰にも寄り添おうとはしなかったし、
誰かを助けようともしませんでした。
何かをしようともしなかった。
ただただ、自分の欲望を独りよがりに求め、
他責に終始しました。
結果、清太は誰にも助けを求められなくなりました。
だから、節子が亡くなった後、寄り添ってくれる人や助けてくれる人が誰もいない、そんな世界を清太は生きることになります。
人とのつながりが完全に消えた。
そして清太は生きる希望もなく命を落とします。
映像にある様々な演出で、清太は「僕は君だよ」と訴えかけてくるようです。
「独りよがりで、誰かを助けようとしない生き方は、どんな結末をもたらすのか、教えてあげるよ」
そんな自分の姿を、死後、節子に見せて罪を償おうとしている映画だと思いますが。
「自分さえよければ」そんな清太が自分を含めた全人類みたいな気がしてくる。
母は死に、節子が死に、父の死を知り、世間の人々とも隔絶され、清太は生きる活力を失ったかのようです。
生きる、とは、誰かとつながる事である。
そのつながりが途絶えた時、人は生きる事をやめてしまう。
戦争でなくても、現代でもその現象は多々あって、戦争だからどうのというメッセージではありませんが、
皮肉めいた描写が、とても嫌な気持ちにさせます。
明るい未来を提示してくれたらいいのに、と。
ただ、「節子の前でだけはいい兄でいよう」としていたのは、それでもとても大切だとも思えます。
清太が泣くシーンは、いつも「不甲斐ない兄の姿を見せてしまった後」です。
母の死を伝えてやれなくて
盗みを見られて
清太は涙を流します。
「私にはいい兄がいる」
最後まで、節子にその夢を見せたままだったかもしれない。
本当はいい兄なんかじゃなかったんだと、清太は後悔していますが、節子にとってはいい兄だったかもしれない。
そこが唯一、この物語の救いなのかもしれないなぁとも思いました。
