卵巣がんが見つかりました。手術や抗がん剤を乗り越え、現在維持療法中~副作用や、更年期症状と付き合いつつも楽しく過ごしています◎
こんにちは今日も今日とて、訪問していただきありがとうございますhinomaruと申します今日は、抗がん剤中のキモチの揺れについてお話しようと思います。化学療法前は、「叩きのめしてやる~」と意気込んでいた私。でもいざ副作用に打ちのめされて、ベッドから出られない日々が続くと、「このまま死んじゃうのかな」とか「私なんていない方がいいんじゃないか」とか、考えることが多かったです副作用が抜け始めて、回復期に入ると、再び「よっしゃ~やってやるぜ」と思えるようになり、また落ち込み…の繰り返しもう、感情の波が激しいと心身ともに疲れますよねTC療法は6クールやりましたが、1クール目「え、こんなつらいのか」2クール目「え、まだあと4クールもあるの?」3クール目「やっと、半分!」4クール目「これがあと2回もあるのか」5クール目「あぁ…あと1回だ…!」6クール目「これが終わったら再発が怖い…」と、こんな感じでした。抗がん剤が終わったら、両手を挙げて万歳三唱かと思っていました。もちろんうれしいのはうれしいし、乗り越えた喜びもありますだけど、ここから再発と隣り合わせで生きていく不安もありました。何をするにも、不安が片隅にありました。例えば、夫婦で、家を建てたいねって話をした時も、土地探しやローンなど、年単位で計画を立てるじゃないですか?それが、私はその時どうなっているんだろう、って考えちゃう。病気じゃなくたって、人間いつ死ぬかなんてわからないけど、でも私は同世代よりも一歩先に、死に近づいてる気がしてしまう。(大げさかもしれないけど)病気になる前は、時間は無限だと思って、死ぬなんて無縁の話だと思っていました<アホか今は、時間は有限、自分のやりたいことをやる時間を過ごしたい!いつか死ぬなら、楽しい思い出と楽しい時間が多い方がいい!と思うようになりました綺麗ごとに聞こえるかもしれないけど。(もちろん落ち込む日もあるし、どんよりしちゃう日もいっぱいある)とにかく、化学療法期間中はキモチの浮き沈みが激しかったです。それが自然の反応だと思ってはいたけど、それでも激しさゆえに疲れちゃう場面もありました。さ、次回は何を書こうかなぁまた、次回 hinomaru
こんにちは今日も今日とて、訪問していただきありがとうございますhinomaruと申します今日は、抗がん剤の副作用についてお話していきます私は、通院で化学療法(いつも木曜日)をしていました初回治療の際、看護師・薬剤師・栄養士から説明をたくさん受けて、とにかく副作用がきついってことは分かっていた。そう、分かってはいた。抗がん剤投与の翌日、金曜日。すこぶる元気あれ?こんな感じ?なーんて家事も問題なくいつも通りこなせて、余裕ぶっこいてたと思っていたら、土曜日。朝から手指に発赤とかゆみが…元々アルコールで痒くなったりするタイプだし、肌も弱いので、アレルギー大丈夫かしら?と不安に思っていたら、的中(花粉症の時期だったし、アレグラ飲んでいるからそれで様子見になりました)かゆーいと悶えていたら、土曜夜。足がむずむずする感覚、とにかく下半身を中心に倦怠感が一気に押し寄せてきました。(おやおや?起きてられないぞ…?)日曜。むずむず感と倦怠感は強くなり、本当にベッドから起き上がれないほど。今までに経験したことないような感覚です。と思っていたら、下半身中心の筋肉痛、膝関節の痛み、手足のしびれが続々と出現熱も37.5くらいの微熱を行ったり来たり…気づいたら、頭髪の脱毛も始まり。脱毛は、初回抗がん剤投与から2週間ほどで抜け始めました。あと、たまに口内炎ができることもありました。同時に3つできたときは、さすがに食欲失せた便秘と下痢を繰り返した時期もありました。でも、基本的に抗がん剤治療期間中は便秘体質になっていました(今まで便秘や下痢と無縁の人生でしたので、大変でした)でも、私はそこまで嘔気・嘔吐なく過ごせたので、食事は普通に食べれていましたホルモン補充療法やステロイド内服などしていたのでむしろ食欲旺盛になっていました過去の嫌な記憶は消そうとしている私の脳みそなので、細かいところはあいまいな部分もあるけど。とにかく抗がん剤投与から1週間はベッドとお友達生活でした。そこから少しずつ、副作用が抜けて楽になってきて、日常生活に戻れたのは、抗がん剤投与から10日くらいかかっていたかなぁ~と思います。さんざん、副作用つらかったよ~~って書いてしまいました。でも、大丈夫!先生としっかり話してお薬も出してもらえるし、何か症状が不安になったら、病院に電話だってできるし私の場合は、体調管理ノートを渡されていたので、それに副作用やその日の状態をすべて書き込んでいました。そして外来の時に、ノートを主治医や看護師に見せて状況を共有していました(どうしても時間が経つと記憶があいまいになったり、伝え忘れとか出てきちゃうから)で、主治医と相談しつつ薬を変更してみたり、頓服薬を追加してもらったり。副作用ができるだけ抑えられるように内服調整してくれます。看護師さんも色んな患者さんと関わってきているから、情報をたくさん持っているので、気軽に相談してみてくださいでは、また次回 hinomaru
こんにちは今日も今日とて、訪問していただきありがとうございますhinomaruと申しますいや~実は、体がだるおも~な時期が続いてしまい、家事ができず、ずっとベッドかソファーに横になっている状態でございました。(特に病勢が悪くなったとかじゃないのでご安心を)一応まだアバスチン維持療法中なので、日によって体調も変わりますなので、ブログも時々こうやってお休みすることもありますが、ぜひ皆さん気が向いたときに遊びに来てくださいいよいよ梅雨ですね偏頭痛持ちですし、やっぱり天気わるいと調子上がりません…皆さん、体調整えて一緒に梅雨を乗り越えましょう~~では、また次回 hinomaru
こんにちはhinomaru.です!少し落ち着いてきたので、週明けの13日からブログ再開します🤤また遊びに来てください hinomaru.
ほんの少し体調が崩れてまして..少しお休みさせてください🙇 hinomaru
こんにちは今日も今日とて、訪問していただきありがとうございますinomaruと申します今回は、初回抗がん剤治療の日を細かく書いてみようかと思っていたのですが…ちょっと予定変更して、ケモ(抗がん剤)治療中やケモ終了後にできた楽しかった事を書いてみようと思います私は、病気がわかってから、手術と抗がん剤治療を行い、維持療法をしています。(維持療法も、今月で終了予定)30歳で子宮卵巣摘出したので、卵巣欠落症状(簡単に言えば更年期症状のような)に悩まされました。私の場合は、ホットフラッシュがひどく、夕方がつらくてソファーから動けなくなるくらいの疲労感に悩まされていました。そこで、ホルモン補充療法を開始をして今は、症状に悩むことなく過ごしていますTC療法中は、コロナの感染状況ももっとすごかったので、感染リスクもあり、あまり外出はしませんでした。TC療法も終了し、維持療法に入った時はワクチンが普及したおかげもあって、少しずつコロナも落ち着きつつあったので、外出の機会も増えました元々、私たち夫婦はキャンプをやっています病気発覚してから、行けていなかったので維持療法中は、ほぼ毎週末キャンプに行っていましたあと、夫くんとトレッキングを始めてみたり、義両親と信州の山登りに行ってみたり!(義両親は歴何十年のガチな登山者です…)※もちろん維持療法中でも血球減少の副作用はあるので、タイミング等注意しながらですがあとは、車で行ける県内や近県の旅館に宿泊に行ったり、露天風呂付お部屋、部屋食にして…とかちょっと贅沢しました友人や元職場の仲間など、なかなか今まで会えなかった人達ともランチしたり会えるようになりました看護師の友人が多いので、みんな感染対策ばっちりで会ってくれていますみなさんが想像する抗がん剤治療ってどんな感じですか?禿げた頭にケア帽子をかぶって、ずっとパジャマを着て、気持ち悪くてご飯も食べられず…ベッドから動けず…なんて、ひと昔前のドラマです。もちろん、使う抗がん剤の種類によっては、入院してクリーンルームで治療を受ける方もいるかと思いますがTC療法を受けていた私は、通院で抗がん剤治療を受けていて、もちろん抗がん剤の副作用でベッドから出られないくらい大変な日もあります。なんなら1週間くらいは毎日そんな感じでした。でも体調回復期には普通に動けるようになるし、メイクもして、好きな服をきて、禿げた頭にはおしゃれなウィッグをつけて、つるつる眉毛・まつげは自然に見える眉毛シールとか使って、まさか抗がん剤治療をしている人とは見えなかったはず(多分)維持療法中で仕事をしている人だっていますでも、抗がん剤治療を受けつつ、その人らしさが保たれてほしいと思う治療中とはいえ、好きな事、やりたいことをして過ごすことができます!キモチがつらくて、引きこもっちゃう日だってあるけれど、それでも動けるってサイコ~!と思える日だってありますだから、病気発覚した人.これから治療が始まる人。病気や治療で自分のすべてが変わってしまう…今までの自分の人生が崩れてしまう…と不安になるかもしれませんが、大丈夫世の中、同じように病気や治療と向き合いながら楽しい事をして過ごしている人はたくさんいます少しでも、将来への不安が少なくなりますようにまた次回 hinomaru
こんにちは今日も今日とて、訪問していただきありがとうございますhinomaruと申します今日は、抗がん剤治療の日のざっくりとしたタイムスケジュールを書いてみようかと思います<1日のスケジュール>採血・採尿(8:15)↓診察(予約は9:30。大体ずれ込み10:00に呼ばれればラッキーなくらい)↓抗がん剤点滴(11:00に始まればラッキー)↓抗がん剤終了(17:00過ぎくらい。アバスチン併用時は18時近くまでかかっていた)↓会計、処方された薬をもらいにいく(18:30頃.病院はもうガラガラ)↓帰宅(家につくのは19:00過ぎ…)簡単に書くとこんな感じ。8:15には病院到着。この時間が一番病院が混雑するので、少し早めに病院へ。診察予約時間は、9:30(診察前に採血・採尿を済ませておく必要あり)大体、診察予約時間を大幅に過ぎて診察に呼ばれる。(診察時間は10分で終わる。特に2クール目以降は、調子どう~?採血結果いいね~お薬だすね~じゃあ今日も頑張ろうね~みたいな。)診察で主治医からGOサインが出たら、外来化学療法室へ。ただし、私が通院している病院は、一旦化学療法室へ入室すると、終わるまで出られないから、昼食や飲み物、おやつを事前に買っていました。(どこの病院もそうなのかな?感染面の問題らしい…そこ?)そして、化学療法室へ入ったらすぐに点滴が始まるわけでもなく、大体40分くらいは化学療法室のベッドで待機。(素直に寝て待つ。初回は緊張して40分の間トイレに2回くらい行った)抗がん剤が薬剤部から届いたら、看護師さんに点滴を刺されて、いざ開始。吐き気止め、抗アレルギー薬やら投与してから、抗がん剤。(ドキドキ)お昼近くになったら、ベッドの上で点滴をしたままお昼ご飯(点滴をしている腕は動かしちゃだめ、という過酷な状況の中一生懸命ご飯を食べる。利き手にラインがあったらまじで終わる)定番メニュー飲み物:1Lのお水、ご褒美のカフェオレ昼食:おにぎり、サンドイッチが無難。においがきついものは、他の患者さんのためにも避けた。気持ち悪そうにしている人がいるので、そこはお互い配慮しあっていました。そして、片手で食べられるものを!点滴している腕を封印するため。おやつ:高カカオチョコレートや低糖質クッキーが定番。音やにおいがないもの。※気持ち悪そうにしていたり、ぐったりしている患者さんがいるので、大きな音を立てずに食べられるものやにおいが少ない食べ物を選びました。私が気持ち悪くて吐きそうなのに、隣でラーメン食べられたら、おえってなりそうと思って。そもそも化学療法室でラーメン食う人いないか。無事投与が終われば、変化がないか血圧測定やらしてもらって、終了。いや、ベッドで寝て点滴受けてるだけやないかい!と思わないでね<悲ざっくり書くとこんな感じ。私が通っている病院の場合なので、参考程度に私が受けたTC療法は、添加剤に無水エタノールを含んでいるので、飲酒状態と同じ。病院から、「運転は禁止!!車で来ないでね、飲酒運転になるから」と言われ毎回夫くんに付き添ってもらっていました。こんな感じで、毎回1日がかりで病院にいましたとさこれを踏まえて、次回は初めての抗がん剤治療を受けた日の事を書いてみようかと思いますそれでは、また次回 hinomaru
お休みのお知らせです今週末5/28.29は、私用のためブログをお休みさせていただきますまた、来週から残していきますので遊びに来てくださいネ hinomaru
そういえば…準備編で事前に準備したものを書いたけど、思い出したものがありました!!□不織布のヘアキャップ→脱毛始まったらすごい量が一気に抜けていくので、大変だから、手術するときに被るような、不織布のヘアキャップを大量買いしました。そのキャップの中に、髪が抜けて溜まっていって、もうそれごと捨てちゃう!みたいな感じそうすれば、掃除する手間も、心が削られることも減るから快適だった!あと、脱毛しちゃったあと、頭皮を守るためにも家でもつけていました!本来は髪の毛が衝撃から守ってくれるけど、頭皮を守ってくれるものがないから、頭を打ったり、切っちゃったりすると怖い!!だから、家の中ではこれをかぶって少しでもダメージを守れるようにしていましたちょっと思い出したので、残しておきますまた何か思い出したら書きますね hinomaru
こんにちは今日も今日とて、訪問していただきありがとうございますhinomaruと申しますさて、今日は初回抗がん剤治療を迎えるまでのキモチを書いてみようかと思います初回抗がん剤治療を迎えるまで1か月(?)くらいはあったかな?正直、手術も終わってまだまだ傷をかばいながら歩いてる感じだったし、寝るときも仰向けで寝るのはお腹が張っちゃうから寝れなかったし、とにかくそんな状態だった。だけどもう手術で全摘をして、憎き悪性腫瘍を取って…もうやれることはやらないと、気が済まなかった!!もちろん抗がん剤は怖いし、耐えられるか、すごく不安だったけど、私の人生設計を狂わされて、とにかくがんは憎かった!だからこそ、徹底的にやってやろうと!と、いう事で少しずつ家事をやるようになり、体力づくりをそして、抗がん剤で脱毛があるから、どうせなら好きな髪型にしよう~と思い立ち、ベリーベリーショートにして、ブリーチしてオレンジ頭にしました実はブリーチしてオレンジ頭は、やりたかったんだけど、大学生の時も実習が多くてなかなか機会もなく、社会人になってからも看護師として就職したのでそんな色にはできず…ブリーチは刺激があるから、抗がん剤をやる前じゃないと(主治医の許可も得て)やっちゃいましたやりたかったのが一番だけど、脱けた時に長い髪の毛だと余計目について悲しくなるかもしれないし、短い毛の方がパラパラして視覚的にはダメージが少ないかな?というものあった。でも、これが最高に好きな感じで周囲からも褒められたこりゃやってよかった!あと、よくドライブに行きました海を見に行ったり、花を見に行ったり…平日は人も少ないから快適でしたコロナがなければ、旅行とか行きたかったけど、ここでコロナもらって、治療がずれこんでも嫌だったし。それなら治療乗り越えてから旅行に行こう!!と夫くんと決めました治療が始まる1か月の間のキモチは…前向きに治療を頑張ろう!と燃える日もあれば、あぁ…なんで私ががんなんだ…と打ち負ける日もあれば、抗がん剤…どうしよう怖いな…と不安に泣いたりする日もありました。もう子供を産めないんだ、と悲しくなる日もたくさんありました。こんな日があっても当然だよな、と思いつつ過ごしていましたでも、毎日感情の波があるのは病気の有無に関係ないよね病気になる前だって、仕事のストレスで波も激しかったし。人とは違う悩みはあるけど、人生ある程度平等ですからねそれでは、また次回 hinomaru
こんにちは今日も今日とて、訪問していただきありがとうございますhinomaruと申しますさて、今日は…お金の流れについて書いていきたいと思いますあんまり細かい金額までは書けないけど、私なりにここに残してみたいと思います。まず…卵巣がんになってからのお金の流れ( →IN )①傷病手当・付加給付金(退職まで)②保険会社からの一時金③退職後は配偶者の勤務先の健保給付金→退職後、夫の扶養に入ったので。②保険会社からの一時金に関して、私は本当に恥を忍んで書きますが、自分で保険に入っていませんでした…結婚を機に入ろう~と思っていたら病気が見つかってしまい…私が学生の時に、母が念のため、と、最低限の補償をしてもらえる保険に私名義で加入していてくれて…本当にお母様様でした本当に恥ずかしい…最低限だったので、本当入院1日うん万円、手術1回うん万円…くらいだったけど、ありがとう母。がんになったあと、なかなか加入できるものって多くないみたいだから、とりあえず継続して保険に入ることができたから…ありがとう母!!(大事な事は2回言っておく)( OUT→ )①外来受診・受診に伴う検査費②手術費・入院費③抗がん剤の治療費OUTに関しては、細かいもの入れたら結構きりがないんだけど…(それこそ、病院への交通費とか薬代とか治療に伴う身の回りのものとか…)今回は無視します治療費に関して…私は高額療養費制度を利用しました。薬局の窓口・病院で支払った額が、ひと月で上限額を超えた場合に、その超えた金額を支給してくれる制度です。年齢や年収によって上限額が変わります。また、抗がん剤のように何か月も高額医療費がかかる場合も、多数回該当扱いになり、さらに自己負担額が減りますただし、差額ベッド代など支給対象にならない部分もあるので、よく注意してください詳細は厚生労働省のHPにも書いてあるし、読んでみてください~とまぁ、最後は人任せみたいになったけど、結局のところ出ていくお金がやっぱり多いなんで病気になって治療をする、ってこんなにお金がかかるんだろうって思う病気になりたくてなる人なんていないですよねぇぇぇぇ私も、病気になってから使える制度は使いたいと思って一生懸命調べたけど、なかなか難しい単語が並んでいたり、システムが複雑ですべてを理解するのって難!!もし、こんな制度あるよ~とか詳しい方いたら教えてください~~世の中、お金がすべてではないと思っているけど、生きていく上でオカネ、ダイジよねでは、また次回 hinomaru
こんにちは今日も今日とて、訪問していただきありがとうございますhinomaruと申します本日は、退院してから抗がん剤治療を始める間の1か月で準備したものを書いてみようかと思いますと言っても、実際やってみないとわからない…ってのが正直なところ。人によっても副作用は全然違うらしいからコマッタ。色んなことを想像して、始める前に準備しておいたものはこちら①ボディークリーム(敏感肌用)→たどり着いたのは、Curelのボディケアローション(ポンプタイプ)抗がん剤でつらいときに、蓋を開けてクリームを出して…ってことすら、大変だと思って、ポンプタイプに。そして、リビングとお風呂場に1本ずつ設置。そうすれば、お風呂場で裸のままローションを塗れるので良きでしたローションとなっていますが、緩めのクリーム?乳液みたいな感じでサラッと塗れて、べたべたしなくて◎②泡シャンプー→やはりたどり着いたのは、Curelの泡シャンプーこちらも髪が抜け始めてからでもいいかな、と思いつつも、肌に合うかも試しておきたかったので事前購入。髪が抜ける前は、何Pushもしないと足りない、と思ったけど、抜け始めてからは1Pushで十分。ポンプで泡で出てくるので、泡立てる手間も不要。髪の毛がないと、なかなか泡立たないんですよね。しかも、これは自然由来の消炎剤が配合されているらしい毛嚢炎やらぶつぶつにきびができたり…って不安だったけど(これのおかげかは不明ですが)、綺麗な頭皮のまま、においもせず快適に過ごせました。私の肌にはあっていたんだとおもう。※Curelの回し者ではありません③ウィッグ(とりあえず、1個)→脱毛が始まったら購入しようと思っていたけど、治療が始まる前に着脱の練習やウィッグってものに慣れるように1個だけ購入してみた。締め付け感とか、雰囲気に慣れるために。私は、LINEASTORIAさんのヘルシーショートを購入。お値段もお手頃だし、店舗もあって試着やカットもしてくれるし、なにより、抗がん剤治療を受ける方へって勇気をくれる!そして、おしゃれ本当ウィッグってわからないほど自然だしこれも事前に購入していてよかった!結局、脱毛してから追加で2個購入したので、手元には3つのウィッグがあります。ショートとロングとインナーカラー入りのボブこれくらいかなぁ~と思いますこうやって書くと、少ないですね!でも、治療が始まってから、考えて探して買って…って結構大変だったと思うそんなことより、体調がすこぶる悪くベッドから出れない日々でしたので、私は事前に準備できるものはしておいた方が楽だと思いましたさて、次回は気になるお金の事も書いてみようかと思いますオカネ、ダイジ!では、また次回 hinomaru
ということで、抗がん剤治療の細かいスケジュールを決めに再度外来受診することになります。私の適応になるのは、いわゆるTC療法(パクリタキセル+カルボプラチン)という抗がん剤で合計6クール行っていくことに。これは、最後までしっかりと6クールやりきります、と。(6クールやらずに途中で終わる人もいるけど、hinomaruさんの場合は最後までやります、と事前に釘を刺されました)1クール目は、パクリ+カルボ(TC)のみ。2クール目からは、TCにアバスチン(分子標的薬)も併用で投与すると。※1クールとは…私は、21日で1クールでした。(人によっては4週の人もいるみたい)1日目に抗がん剤を投与、残りの20日間は「休薬期間」といい、体調の回復を待ちます。※分子標的薬とは…本来抗がん剤は、正常な細胞も一緒に攻撃してしまうため重い副作用がでます。しかし、分子標的薬は、がん細胞の新生血管を作るたんぱく質の機能を阻害するものです。めっちゃ簡単に言うと、がん細胞が大きくなるために必要な新しい血管を作らせない!って感じです。分子標的薬は、正常な細胞は攻撃せずに、特定のたんぱく質にしか反応しないので、抗がん剤よりも本人が感じる身体的負担は軽くなる!というわけです。ただ、がん自体を小さくする効果はないので、分子標的薬単剤での治療は成立しない。(もっと詳しいことは、ネットでも調べれば出てきますし、ネットでの情報は何が正しいのかわからなければ、主治医に聞いたりしましょう)勝手に、入院して抗がん剤治療をするのか…とおもっていましたが、このTC療法を受ける人はほとんど外来通院で受けていますよ、と言われびっくり。入院する覚悟でいたので、<自宅で過ごせる~ひゃっほ~って喜びました。手術から1か月もたたずに抗がん剤治療をうけることになりました事前に副作用は伝えられていました。この時期にこんな副作用がでるよ、と。一番嫌だったのは…やはり脱毛でした。足の毛や腕の毛だったらいいものの、頭や眉毛、まつげが抜けることは本当に悲しかったし怖かった。よく言われました。「抗がん剤が終われば、また生えてくるから大丈夫だよ!」とね。そんなことわかってるんだよね。また生えてくるんだよ。命があれば、髪の毛なんて…って思っていたけどさ。一時期とはいえ、禿げ頭になりたいわけないよね?(これに関しては、性別も年齢も関係ないよね!!)相手は励ましてくれてるんだと思うけど、あの言葉には毎度毎度、ん?と思いながら聞いていましたまた生えてくるから大丈夫、と言うなら、私の代わりに禿げ頭になってみてよ、ってね。ブラックhinomaruもちょこちょこ顔を出していました(笑)正直抗がん剤始まる前にやりたいことってたくさんあったんですけどね、コロナの野郎のせいで、旅行も行けず会いたい人にも会えず。できる範囲でやりたい事やらせてもらいました次回!抗がん剤治療を始める前にやったこと、準備したものを書きたいと思います!では、また hinomaru
こんにちは今日も今日とて、訪問していただきありがとうございますhinomaruと申します退院してからのことを書いていきたいと思います退院してから、外来受診が2回ありました。退院後初回の外来受診は、病理の結果が出たときです。傍大動脈リンパ節2か所から、転移を認めたとのこと。ステージは変わらず、Ⅲb。リンパ節転移はちょっとショックでした…リンパ節の腫れもないし、腹腔内に限られているだろう、と伝えられていたので、それを信じていた自分がバカだった…。< 卵巣がんかも、って病院に通いだしたときから、いつだって、「最悪な場合」のケースに当てはまってきて、その都度絶望に突き落とされてきたじゃないか。何をいまさら、信じてしまったんだ。なんて感じてしまった。いつも前向きに、希望的未来を信じられるほどメンタルは強くありません。とまぁ、転移している現実は、どうしようもないし、仕方ないので。先生には、「手術の時にとってきてよかった」と言われました。<まぁ、確かに。やっぱり抗がん剤をこれからやっていく方がいいだろう、とのこと。もう一度持ち帰って、家族としっかり話して最終決定してくださいとのことでした。もちろん、ここまで来たら徹底的にやってやりますよ!!!私の人生設計を狂わした、悪い細胞はしっかり叩きのめしてやりますよ!!!と半ば、がんに対して怒りの感情を持っていましたと言いつつも、抗がん剤か…ちょっと嫌だな…髪の毛なくなるんか…吐いたり、痩せたり、壮絶な治療に耐えられるかな…と不安に感じていました。一応看護師で、抗がん剤治療を受ける患者さんを見たこともあるので、正直他人事だと思っていた抗がん剤がまさか自分が受けることになるとは…って感じで。あぁ、患者さんってこんな気持ちなんだ、なんて思うことがたくさんありました。とりあえず、次回外来で抗がん剤治療の細かいスケジュールについて話を聞くことになりますそれでは、また次回 hinomaru
こんにちは今日も今日とて、訪問していただきありがとうございますhinomaruと申しますさて、今回は2回目の手術の詳細を書いていきたいと思います※前回も話した通り、入院の時の事細かな部分はちょっと記憶があいまいなところがあります。へ~くらいで流し読んでください術前の流れは1回目とほぼ同じでした。1回目と違うのは、術後です。今回は、ICUに1泊しましたまぁ、お世話になった分際だから、あまり言いたくないけど…ICUの看護師に、「看護師として大切にしていることはありますか?」「患者さんをどう見ていますか?」と問いたい。というくらい、雑な扱い思い出すだけで、イライラするから書くのはやめておきます。あの人たち以外は、本当にいいスタッフばかりなのに、本当に惜しい。もったいない。とりあえず、術翌日の午前中に病棟へ戻りました。もうICUから出れた喜び!!当然、術翌日から歩行練習が開始。今回は下腹部にドレーンも入ってるし、傷も前回より大きいから、前回より痛かったといいつつ、ICUでのイライラを、こんちくちょう精神に変え、初回歩行は看護師に驚かれるほど長距離歩けましたただ、ドレーンを3日程度で抜く予定だったんだけど、排液の色が淡血性で、量が減らなかったので、なかなか抜去できず。(分かってしまうからこそ、不安に襲われてしまっていた)自分でドレーンのミルキングをしたり、バッグに溜まっている量を細かく観察してしまったり。ありえない話だけど、このまま抜けなかったらどうしようとか(ありえないんだけどね!)まぁ、結局6日ほどで抜去できたんだけど!とにかく術後の私は、かなり心が不安定でした。信頼できる看護師さんに、泣きついてしまったり。結局、今回も11日ほどの入院でした今回の手術は、子宮と左卵巣、リンパ節を摘出し、直腸表面に播種していた部分も綺麗にとれたみたいです。播種部分の程度によっては、オペ中に消化器外科の先生に相談して、ストマの可能性も0じゃない、くらい言われていたので、そこの不安もありました。目が覚めて最初に、ストマになってないか聞いた気がする。とったものは病理検査に提出してもらい、転移の有無などみてもらいました。ちょっと記憶があいまいだったりするので、今回はこれくらいで気になることとかあったら、聞いてください~では、また次回 hinomaru
こんにちは今日も今日とて、訪問していただきありがとうございますhinomaruと申します今日は、3月半ばに入院して行った手術についてお話します!今回行った手術は、「子宮全摘術・ひだり附属器切除術、骨盤内・傍大動脈リンパ節郭清」というものです。簡単に言えば、前回の手術で残してきた、子宮と卵巣、骨盤と傍大動脈のリンパ節をとってくる、そして腹膜内に播種しているものをすべて取り除く手術でした!またまた前回と同じで、朝一番のオペ枠でした今回は、腸のほうまでいじる可能性があったので、前日から当日朝まで下剤で徹底的にお腹を綺麗にされました~<ハハハ(結局腸の方は、いじらずに済みました。よかった。)手術時間は5時間の予定でしたが、結局6時間かかりました術後に体につながっていた管は、◎点滴(術前の病棟で入れたもの)◎硬膜外カテーテル(術前に入れたもの)◎膀胱内留置カテーテル(術中入れられたもの)◎ドレーン(術中に入れたもの)◎酸素マスク(術後つけられたもの)◎フットポンプ(術後につけられたもの)お腹のきずは、1回目は恥骨~臍横までだったのが、今回の手術でその傷を延長して、臍上(みぞおちあたり)まで長くなりました <イメージ湧きますか?傷、目立つかな~と思ったけど、手術から1年と数か月経った今、ほぼ目立ちません。まぁ、もちろん傷跡は残ってるけど、そんなに目立たない!先生!お上手でした!大好きな温泉とか、水着とかもう着れないな…と思っていたけど、温泉とか普通に入るし(誰もお腹の傷なんて見てない)水着は単純に着る機会なし今は戦った勲章だと思っているぶっちゃけた話、2回目の入院は精神的にも結構つらくて、記憶があいまい。脳みそが、< あ、これは頭に残さなくていいな!と判断したのでしょう。そして、その時の記憶を思い出そうとするには、ちょっとまだ心苦しいので、また今度書かせてください(ごゆるりと、のんびりとお待ちください~)今回は、ちょっと短めだったけど、また次回 hinomaru
こんにちは今日も今日とて、訪問していただきありがとうございますhinomaruと申します今日は、1回目の入院の持ち物リストをもとに、2回目の入院の持ち物に追加したものを書いてみようと思います数は少ないけど、1回目も持っていけばよかった~と思ったものを残してみます□卓上加湿器→100均で最近見かける、卓上で使える加湿器。1回目の入院の時、病院は乾燥気味なうえ、術中に挿管する関係でのどの痛みや嗄声がひどかったです。咳き込むと傷に響くので、少しでも変わればと思って持って行った。2回目の入院の時も個室だったので、私は常時加湿していました。訪室する看護師さんはみんな褒めてくれました※加湿器は音が出たりするので、大部屋で使いたい場合は看護師さんに一声かけてもいいかも。□色塗り(色鉛筆と大人の塗り絵っていう塗り絵の本)→2回目の入院は、全摘という精神的に負担の大きい手術でした。そのため、鬱々としてしまい病院で気分を変えるために、何も考えずに集中できるもの(塗り絵)を持っていきました。これは、どの色を塗っているか、寒色系?暖色系?どちらを中心に塗っているか、など…意識には出てこない心理が見えてくることもあります。なので、塗り絵と色鉛筆を持っていきました。これ、結構よかったです。携帯いじったり、動画や映画を見たり…も飽きてきちゃうので、SNS離れもできて、よかった!□友人や家族からもらったもの→私は、友人がくれた色紙やパジャマなど…一見入院生活には関係ないように見える。だけど、心の支えになるというか、一人じゃない、私の健康を祈ってくれている人がいるんだってことを実感できたから、持って行ってよかった。今思い出せるのは、これくらい。あとは1回目の入院と同じ物を持っていきましたそれでは、また次回(たまには、病気や治療に関係ないことも書いてみたい…) hinomaru
こんんちは今日も今日とて、訪問していただきありがとうございますhinomaruと申します今日は、告知から子宮卵巣摘出術を受けるまでの間の気持ちの揺らぎ、変化を書いていきたいと思います覚悟を決めていたとはいえ、やはり悲しい気持ちはなかなか続きました…。二つの感情の狭間で揺れ動いていました。①早く悪いところを取って、健康な体に一歩でも戻りたい②妊娠出産ができなくなる悲しみでした。日によって気持ちの大きさが①<②だったり、①>②だったり、①=②だったり…本当に難しい時期でした。突然、涙が止まらなかったりしました。つい今までTVで大笑いしていたのに、1秒後には泣き出しているなんてざらにありました。こうやって書いてみると、「頭がおかしいやつ」って感じるけどこの時は本当に思考も感情もぐちゃぐちゃでした。3月半ば頃に、手術の予定でしたが、まるで、体が子宮と卵巣にお別れをするかのように、直前に生理が来たのです。なんなら、入院前日くらいまで生理でした。< なんだかなぁ…と思いつつ、今まで30年ありがとうと思いつつ、手術に臨んだことを覚えています。(心の片隅では、ちょっと憎かったけど)でも結局、子宮と卵巣をとらないといけないという現実を、手術を受ける瞬間まで心から受け入れる事はできませんでした。でも、救いだったのは、手術が近づくにつれて、生きたい。という気持ちが強くなっていたこと。だから、ちゃんと手術の時に先生に、宜しくお願いします、と言えた。まぁ、こうやって書いているとやっぱり悲しい気持ちがひょっこり顔を出してくるから未だにちゃんと受け入れられているかわからないけど。それにしても、言葉で書くのって難しいですね。この時もっと深い悲しみと恐怖と不安に襲われていたはずなのに、このたった1回のブログに収まってしまうのだから。誰かの役に立てれば幸せです。では、また次回 hinomaru
こんにちは今日も今日とて、訪問していただきありがとうございますhinomaruと申します今日は、告知からの全摘決断までの心境を書いていきたいと思います1回目の入院中に、ほぼ告知のようなものを受け、ある程度覚悟は決めていました。自分の命をとるのか。妊娠出産をするため温存して、体内に悪性腫瘍を残したままにするのか。すごく悩みました…と言いたいところだけど、結構早い段階で気持ちは決まっていました。旦那くんと長生きして、楽しい夫婦生活を送るのだ。まだ旦那くんに死別なんて悲しい運命を背負合わせる訳にはいかないのだ。親よりも先に逝ってはいけないのだ。そんな思いで、子宮卵巣を摘出することにしました。もちろん、子供を持てないことはとても悲しかったです本当に泣きました。結婚して、妊娠出産をすることは当然の未来だと思っていました。なので、旦那くんとの子供を持てないことは、本当にショックでした。離婚も考えました。私じゃなければ、旦那くん自身の子供を産んでくれる女性と再婚できるのではないか…と、そこまで考えてしまいました。だけど、旦那くん含め家族は、私に生きてほしい、と言ってくれました。周りの人たちのためにも、頑張ろうと思いました。今、時間が多少経過したからこそ、こうやって書くことができますが、今も子供が持てない現実を考えすぎて泣くこともあります。でも、今つらい経験をしている人に、あなたは一人じゃない、ってことを感じてほしくてここに書いています。ということで、2021年2月に1回目の入院・手術を乗り越え、改めて外来にて、先生から病理結果が悪性であったことを告知されました。(告知内容は、入院中に旦那くんと二人で受けたIC内容のまんま。結果は先生の予測通り、ステージ3bでした。)もう心は決まっていたので、手術をお願いしました。そして、2021年3月頭に根治手術(子宮・附属器等摘出術)を受けることになりましたそれでは次回、摘出手術について書いていきたいと思いますまた、次回 hinomaru
こんにちは今日も今日とて、訪問していただきありがとうございますhinomaruと申しますさて、今回は11日間の入院生活であってよかったものを書いてみようと思います!入院3日目に手術をしまして、手術から1週間ちょっとで退院したということになります。入院前に、病院から渡された書類に「入院に必要なもの」が書かれていたのですが、まぁこんなんじゃ生活できんわ!と突っ込んでしまうほどでしたということで、私が持参したものを書き残していきます< これから入院やで~って人とか参考にしてみてください(持ち物全部は書いていません!持って行って良かったなと思ったものだけ書いています)洗面用具□コンタクトレンズ・保存液→入院中眼鏡生活でもいいかな~と思ったけど、いつもの自分を保つためにコンタクトを持っていきました。私は眼鏡からコンタクトにすると、気持ちがシャキッとして切り替えできるタイプです。衣類病衣はレンタルにしました。1着くらい自分のパジャマを持って行ってもいいかなと思ったけど、家でそれを着るたびに嫌な思い出を思い出してしまうんじゃないかと思って、すべてレンタル病衣にしました。□ブラトップ→術後ブラジャーはつけられないし、でも肌着なしで病衣を着用するのも気が引けちゃうし…ブラトップなら安心でした。もちろん、術後の指示でそういったものもつけちゃいけないって場合もあるから指示に従ってくださいね□靴下→5本指靴下、くるぶし、ゴムの締め付けがあるものは避けました。開腹手術でかがむのがつらいだろうと思ったので、すっと履けちゃうものにしました。また、案外病院内って空調がきいてて寒かったりするからくるぶし丈もやめておきました。※ちょうど緊急事態宣言下で、面会もできなかったし、病院と家が1時間くらいかかる距離だったので、下着や靴下など少し多めに持参しました。院内にコインランドリーがある病院もありますが、入院先にはなかったので、家族にお願いするしかありませんでした。<ありがとう~旦那くん~入浴用品など□シャンプーリンス→旅行用の小さめのやつを持って行こうかと思ったけど、いつも自分が使っていたものを持っていきました。においとか、家で使っているものの方が落ち着くからもちろん旅行用のものでもOK!□ボディーソープ、体を洗うタオル→ボディーソープは泡で出るものを。術後は、痛いながらに入浴するだろうし、泡立てるのもだるいかもと思って。正解でした。そして、体を洗うタオルは長いものを持っていきました。手で洗う人もいるかもしれないけど、開腹手術のあとは背中に手を伸ばすのつらいので、長いタオルがあると楽。身の回り用品□自立する鏡(机の上において化粧ができるくらいの大きさ)→術後にちょっと鏡見たいけど、洗面所まで歩くのはできない…というときめっちゃ助かった。手鏡とか携帯とかでよくない?と思ったけど、しっかりと自分の顔を見られる方が◎これは、個人差ありそうだけど一応書いておく!□イヤホン→大部屋だと、TV見るときイヤホンしてくださいね、って言われるところも多い。携帯にも使えるものを持っていきました。□コップ(うがい用、飲水用の2個)→病院の案内にはコップ1個と書いてあったけど、個人的には歯磨き後うがいするコップと飲水するためのコップは一緒だと気持ち悪いのでプラ製コップ2個持っていきましたこれも個人差ありそう。□充電器(コード2mくらいのやつ)→だいたいコンセントってベッド頭側の壁にある。つまり、充電したままベッドの頭側をUPするとコードの長さが足りない!もともと2mくらいのやつを使っていたのでそれを持っていきました。術後、ベッドから動けない→眠れない→携帯で動画見て気を紛らわせよう→って充電器届かないじゃん!ってことがなくなります。□手持ちバッグ→動けるようになってくると、院内散策をすることも増えるし、看護師さんから「動いて~動かないと腸閉塞なるよ~」って脅されます点滴棒を引きながら歩いたりします。その時、携帯や財布を入れられる小さいトートバックとかあると、ラクチンです。最低限の手荷物など入れて、バックを点滴棒にぶらさげて歩けますから□入院日数分の自分用マスク→これは病院によるかもしれないけど、患者さんに自由に使ってどうぞ~ってマスクを配布するところってちょっと少ないんじゃないかな?自分の分は自分でしっかり準備しましょう。同じの使えばいいし、って言ってもやっぱり気になっちゃうと思うから、とりあえず入院日数分は持っていこう~□上履き→病院のしおりにも、上履き(かかとがあり転ばない履物)と書かれていました。「え?上履き?小学生が履くようなの持っていけばいいの?そもそも大人になってから転んだことないけど…」と、よくわからないですよね。「かかとがあるもの…あ、クロックスなら踵も一応あるし、軽いし、いいじゃん!」と思いますよね。でも、クロックスは避けた方がいいかと思います。クロックスって、つんのめっちゃうんですよ。意外にも転びやすい履物ランキング上位です。普通のスニーカーとかにすると、歩きやすさはあるかもしれないけど、履くのも大変、脱ぐのも大変。靴紐がほどけたら、かがまないといけない。ということで私は、ワークマンのスリッポン(みたいなの)にしました。踵はつぶして履くこともできるし、全体的に軽いし、靴紐もないし、見た目は普通の靴だし。つんのめりにくいし。担当してくれた看護師さんみんなから褒められました思い出しながら書きましたが、これくらいかと思います。もちろん荷物を減らして行きたいという人もいるだろうし、そんな持っていけないよ~と言う人もいると思うだけど、私は、入院生活はいかにリラックスしてストレスなく過ごせるかって本当に大切だと思っています。ただでさえ、病気かもしれない、とか不安な気持ちがあるってだけでストレスは大なので、入院生活環境くらいは落ち着けるようにちゃんと整えてあげましょう。という持論病気、入院、手術…とは無縁の人生が望ましいけど、何が起こるか本当にわからない!だからこそ、こういった場所に記録として、残しておきたいと思い書きましたそれでは、また次回 hinomaru