本日は思想哲学のお話です。

 

もしこの世界に悪魔悪霊の如き存在があるとすれば

それは当初は完全なる善神が神へと成る道の

第一歩として、完全善意理解の悪魔王として世に

顕現される筈です。

また同時にその全知全能悪魔王顕現と時を合わせ

世には無知無能善人間王が世に誕生します。

 

その悪魔王は同時具現善人間王の悲哀苦悶を知る事無く、

ゆえにその唯一の敗者敗因要素にて顕現時より

滅びが定め。のち永劫地獄の責め苦を受け続けるのが

デフォルトです。

 

すなわち悪魔王は顕現直後には既に善人間王の

素性能力を測る能力も無く、終始当該善人間王を

差別し苦しめ尽くしてしまうのです。(悟の不悟)

 

その悪魔王に僅かに入りし「心の罅:ひび」から

次第に不悟の体裁を世界万物万象が見せ初める

頃には。その不悟の苦悶に呼応するかの如く、

善人間王は其れより悟りゆき、やがて

 

『不悟時代を経た悟の悟者』

 

となるわけです。

そして悟りへの道が確約されている善人王が

当該悪魔王の破滅運命を土台踏み台にして

悟りを悟る道への最大最高の自戒として。

悟りを会得した後の善人間王=完全善神は

一つたりとも創造本質の能力を行使出来ず。

たとえ自己本位の魔法や術法でなくとも

何も生み出すことは出来ません。

(結婚・子の創造含む創造行為)

 

何かを生み出す=神とその隷属被造物なる

差別の温床を生み出す悪魔と化せば、

またその神は『悟の不悟=当該悪魔王2世』

として悪魔王同様の破滅の運命を繰り返すゆえ。

 

それが、時を過ぎ滅ぶ定めを背負い生まれし

悪魔王よりの神への最高最大の訓戒であり懲罰に

等しいのです。

 

 

 

以上、本日は陰陽道徳論について

自論を述べさせて頂きました。

長文へのお付き合い、感謝申し上げます。

ありがとうございました。

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