10月は、大きな仕事をやってのけたつもり。
10月下旬にリリースして、その後最後の仕事をすることに。
というのも、既に鬱が悪化していて、仕事を続けられる状態じゃなかったので
それを考慮してもらって仕事も減らしてもらって
2月まで仕事やって3月は有給消化のつもりで話していたのだけど。
でも最後の仕事が、今まで一度もやったことのない仕事で
それだけでいっぱいいっぱいで
鬱によって自信喪失して優先順位付けができなくなって
毎日仕事中に「私にはできない。無理だ。しにたい」と思っていて
帰り道は常に泣いていて
家では眠れないor睡眠薬を飲むという生活が続いて。
もはや8月から精神安定剤と睡眠薬を飲んでいて
精神崩壊は悪化している状態で
上記の状態が1~2週間続いたところで
同期に暴言を吐かれるというできごとがあり
よろよろと、やっと歩いていたところを
急に横から殴られたような衝撃で
仕事を終えて泣きながら家に帰り、
泣きながら必要なものだけをかばんに詰め込んで
新幹線で実家に帰ってしまった。
何の覚悟も予定もしてない逃亡。
それで2日様子を見たんだけど、
起きている間は常に泣いている状態で
夜は寝られず。
結局病院に行ったら「休みなさい」と言われて休職に。
11月は、起きている間は泣いているという状態が続き、
後半は泣かずともやる気がなくて、一日窓際で日が昇って落ちていくのを眺めていたりして
12月は、何かに熱中していないと考えてしまうので、
ものづくりに励み
1月は、やっと感情が普通になってきて、退職を決意しました。
どうせ結婚して海外にいくんだ。
いつ辞めても一緒だ。
だいたい、私なんていてもいなくてもいいんだ。
私が担当してたものなんてみんな私のものじゃなくなったし
後輩は成長してるし
私なんて一生雑用みたいな仕事しかないんだから誰でもできるだろうし
だからさらっとみんなの記憶から消えてなくなりたい。
そう思ってた。
辞めると決めてからは早くて、
退職願を出して、荷物を取りに行く予定をとりつけ。
社員としてではなくゲストとして会社に行くのなんて
内定者ぶり。
いまさらどの面さげて会社にいけばいいのかわからなかったので
マスクを装着。
フロアでは、ぎこちない上司が、ほんの一言ねぎらいの言葉をかけてくれて、
チームにお菓子を渡しに。
なにも変わってないけど、変わったのは私の感覚だけのよう。
重荷がなくなったからかもしれない。
デスクの荷物をまとめて、帰る。
私の4年間ってなんだったんだろう。
いらない期間だったのかな。
そんなことを考えながら、ゆっくり泣きながら家に帰りました。
荷物を家においてから、どうしても教育係だった先輩が飲もうとおっしゃるので
きまずさをひきずって飲み会へ。
話すこともないし、終始話を聞いているだけ。
普段だったら絶対自分で盛り上げにいくけどそれもしない。
私がいなかったから忘年会が大変だったとか言ってくれてたなあ。
でも所詮雑用だ。
最後に色紙をいただいた。
私が仲良くさせていただいた人だけでこんなにいるのか。
ありがたい。
何よりうれしかったのは、
「いなくなって一番ダメージを受けているのはおれです」って書いている同期がいたこと。
確かに唯一同じ部署で仲良くて、内定者時代から仲良しで
一番愚痴を聞いてて、一番愚痴を聞いてもらってて
人の見方も同じで、
仕事で役に立てたこともあったかな?質問とかには答えてたし答えてもらってたな~
なんかとにかく嬉しかった。
今日はいろいろ考えちゃって寝られないけど、
そんな日もあっていいよな。
4年間の最後の日がこんなにあっけなく終わるのは嫌だから
起きてるのかもしれないけど。