もう10年近く前になるお話。
仕事帰りに1人で寄った、行きつけのBar。そこに彼女も1人で来ていた。
バーテン君いわく、彼女も常連で、彼女目的に飲みに来る男性客もいるらしい。
華やかで、誰とでも気さくに話しをしていた彼女は、確かに魅力的だった。
「誕生日、いつ?」
いきなり声をかけられた。
「○月×日だけど」
そう答えると…
「本当?私は△月生まれだから、私たち相性良いよ!」
女性らしいと言えば、とても女性らしい。
四柱推命に基づいて、彼女と僕がいかに相性が良い星の下に生まれているかを語ってくれた。
「手相も見せて」
はっきり言って、占いなんて僕自身は何の興味もなかった。
でも、手相を見るという形で行われるスキンシップに、悪い気はしない。
何より彼女目当てで飲みに来ている他の男性客からの視線が、優越感を刺激した。
それから2人が親密になるまで、時間はかからなかった。
「運命の出会い」とか「めくるめく恋」とか「世紀の大恋愛」。
少女漫画の世界じゃあるまいし、そんなものが本当に存在していると
本気で思っている人間はほとんどいないだろう。
一時的に錯覚したとしても、それはあくまで一時的で、すぐに冷静になる。
本気で信じ続けるようなことがあるとすれば、それはビョーキだ。
ビョーキって?
双極性障害。古くは、躁うつ病と呼ばれていた精神疾患がある。
決して珍しい病気ではなく、日本人のおよそ1000人に7人がかかると言われている。
発症率に男女差は無く、多くは10代後半から30代前半の若年層で最初の症状が発現する。
数ある症状のうち、躁あるいは軽躁状態の時に陥る可能性があるのが、
「運命の出会い」「めくるめく恋」「世紀の大恋愛」に代表される、「恋愛病」。
妻は、双極性障害に罹患していた。
僕と妻との出会いは、僕と双極性障害の出会いでもあった。