ちょっと朧顕世怪奇譚の時系列を纏めてみる。
700年代~1500年まで
『蛇神草紙』
一人の男が欲に目がくらみ愛娘を売り、栄枯盛衰の話にして祟りを背負う忌々しい一族へと変わる
1700年代中期
『慟哭の鎮魂歌』にて触れる
享保の大飢饉に遊行していた一人の物騒が飢餓で倒れる民を見て憂いていると夢の中で不動明王が現れ太陽に照らされる大地を示す。僧は照らされた大地を見下ろせる山を「旭山」と呼び山を開き俱利伽羅不動明王寺を建立する。
1800年代後期
『慟哭の鎮魂歌』にて触れる
廃仏毀釈にて一部の強硬派によって寺院の破壊活動が盛んになるも、建立理由の逸話より民衆にしたわれた寺の為民衆により守られる。
1900年代初期
『慟哭の鎮魂歌』にて触れる
戦火の死者を弔うために遊行に出た俱利伽羅不動明王寺の住職はとある山奥に人の世とは隔絶した場所で一族妻子を失った一人の盲目の男を拾う。
1990代頃
『道化の仮面』にて触れる
俱利伽羅不道明寺に奇妙な少年が訪れる。
1990年代後半
『道化の仮面』にて触れる
工事現場より発掘された遺跡での調査で事故が多発。俱利伽羅不道明寺に依頼が入る。
2000年代前半
『迷える座頭は希わん』『誰の為に舞う神楽か』『彼の為に舞う神楽か』にて
北海道の沿岸部にクジラの死体が座礁する。研究に訪れた海洋生物学者の一家が交通事故に逢う。
事故当時一家の長男が行方不明になるも三日後に発見され保護される。
2000年代中期
『迷える座頭は希わん』『誰の為に舞う神楽か』『彼の為に舞う神楽か』にて
海洋生物学者の長男の周辺で不振な事故が多発する。
同時期寺社仏閣関連での器物破損、事故死等が多発する。
2000年代中期
『迷える座頭は希わん』『誰の為に舞う神楽か』『彼の為に舞う神楽か』にて
俱利伽羅不動明王寺にて辰巳と陰陽道土御門流の暦博士である嘉納が出逢う。
2000年代中期
陰陽道土御門神道代表藤原の友人の神官が不審死を遂げる。殺人容疑を掛けられた神官の長男は精神病院に入院。
陰陽道土御門神道でかつて天文博士と呼ばれた人物の長男であり探偵の氷室もまた変死を遂げる。
同時期
辰巳芳明死亡
『短夜の夢』
化け物が出るという島、そしてかつて事件を起こした村民。評判を払拭する為に村役場のものたちは俱利伽羅不動明王寺に助けをもとめ、某私立大学のとある研究会の一団は好奇心を満たすことを求め因習が廃れた場所へと足を運ぶ
*執筆中。元は「真夏の夜の夢」
ちょっと「窓からの情景」を盛り込ませようと思う。
『紅雪白兎』
それは偶然だったのかも知れない。それは純粋な思いだったのかもしれない。愛を与えられた言葉を話さないものは救う恩人を救うために、憎悪を与えられた言葉を話せないものは報復を返さんがために。
『道化の仮面』
能楽の仮面は一つの仮面でありながら喜怒哀楽を表す。されどそれは面である。ある者はその面をつけただ一心に平穏を望み、ただあるものは一心に特別を願う。
『虚実の蜃気楼』
物には魂が宿ると言われる国にて、物に魂を宿らせたものがいる。ただ神の恩寵を願い、救いを求め、絶望を味わった魂。その魂が見せる情景は嘘か、真か。
『慟哭の鎮魂』
誰もが成長する際、師と仰ぐものがいる。俱利伽羅不動明王寺の住職である鍋嶋も師と仰ぐ人物がいた。その人物の今際に立ち会った際の最後の別れの言葉が「何故来た」だった。別れを惜しむのではなく、悲しむのでもなく、慟哭に近い別れ。師を失った鍋嶋は自身の異変に気付きながらも仏とは何かと考える。弟子は師を救うべく東奔西走し、悪友は行者でありながら酒や女を侍らし、聲聞師は何処かで道を説く。
『人の形』
鍋嶋は夫婦水入らずの温泉旅行、聲聞師は修行といいつつ遠出し音信不通。そんな中大学から戻って来た鍋嶋の一人娘は実家にて夏休みに帰省する。茹だるような蝉時雨が続く真夏の日、旧友の訃報を聞く。四十九日、真夏の盆。地獄の蓋が開かれたかような怪奇に一人立ち向かう。
異聞『迷える座頭は希わん』
寺社仏閣での器物破壊、不審死が多手続きで発生した。陰陽道土御門神道の代表である藤原の友人にも不幸が起きる。友人の不審死、友人の息子の発狂、そして破壊された社。何かが起ころうとしていると感じた藤原は一番弟子である嘉納に調査を依頼する。嘉納は広範囲で発生している事件のため調査の為に民俗学者である息子、そして兄弟子の息子であり、怪奇を否定する探偵氷室に強力を求める。調査を進めると事件現場に残された謎の文様と江戸時代中期に作成されたと言われる偽書に似ていることを発見する。そして一人の人物に事件の鍵があると突き止める。
『誰の為に舞う神楽か』
嘉納は京都へと向かっていた。一方俱利伽羅不動明王寺ではとあるテレビ番組に出演していた。後日、テレビを見たという一般人から助けて欲しいという依頼が来る。その依頼により歩むべき道を踏み外そうとするもの、己の宿命を受け入れるもの、脅威にただ畏怖するもの。それぞれの思惑が動く。
『彼の為に舞う神楽か』
嘉納が俱利伽羅不動明王に訪れて愕然とする。兄弟子の息子を死へと追いやった原因の爪痕が残っていた。ただ伝承であった事柄が目の前にいる。それは脅威であり、恩寵であり、畏怖であり、敬愛の存在。忘れられた存在のために、忘れられた道を正す為に人々が集う。そして聲聞師は神楽を舞う。
700年代~1500年まで
『蛇神草紙』
一人の男が欲に目がくらみ愛娘を売り、栄枯盛衰の話にして祟りを背負う忌々しい一族へと変わる
1700年代中期
『慟哭の鎮魂歌』にて触れる
享保の大飢饉に遊行していた一人の物騒が飢餓で倒れる民を見て憂いていると夢の中で不動明王が現れ太陽に照らされる大地を示す。僧は照らされた大地を見下ろせる山を「旭山」と呼び山を開き俱利伽羅不動明王寺を建立する。
1800年代後期
『慟哭の鎮魂歌』にて触れる
廃仏毀釈にて一部の強硬派によって寺院の破壊活動が盛んになるも、建立理由の逸話より民衆にしたわれた寺の為民衆により守られる。
1900年代初期
『慟哭の鎮魂歌』にて触れる
戦火の死者を弔うために遊行に出た俱利伽羅不動明王寺の住職はとある山奥に人の世とは隔絶した場所で一族妻子を失った一人の盲目の男を拾う。
1990代頃
『道化の仮面』にて触れる
俱利伽羅不道明寺に奇妙な少年が訪れる。
1990年代後半
『道化の仮面』にて触れる
工事現場より発掘された遺跡での調査で事故が多発。俱利伽羅不道明寺に依頼が入る。
2000年代前半
『迷える座頭は希わん』『誰の為に舞う神楽か』『彼の為に舞う神楽か』にて
北海道の沿岸部にクジラの死体が座礁する。研究に訪れた海洋生物学者の一家が交通事故に逢う。
事故当時一家の長男が行方不明になるも三日後に発見され保護される。
2000年代中期
『迷える座頭は希わん』『誰の為に舞う神楽か』『彼の為に舞う神楽か』にて
海洋生物学者の長男の周辺で不振な事故が多発する。
同時期寺社仏閣関連での器物破損、事故死等が多発する。
2000年代中期
『迷える座頭は希わん』『誰の為に舞う神楽か』『彼の為に舞う神楽か』にて
俱利伽羅不動明王寺にて辰巳と陰陽道土御門流の暦博士である嘉納が出逢う。
2000年代中期
陰陽道土御門神道代表藤原の友人の神官が不審死を遂げる。殺人容疑を掛けられた神官の長男は精神病院に入院。
陰陽道土御門神道でかつて天文博士と呼ばれた人物の長男であり探偵の氷室もまた変死を遂げる。
同時期
辰巳芳明死亡
『短夜の夢』
化け物が出るという島、そしてかつて事件を起こした村民。評判を払拭する為に村役場のものたちは俱利伽羅不動明王寺に助けをもとめ、某私立大学のとある研究会の一団は好奇心を満たすことを求め因習が廃れた場所へと足を運ぶ
*執筆中。元は「真夏の夜の夢」
ちょっと「窓からの情景」を盛り込ませようと思う。
『紅雪白兎』
それは偶然だったのかも知れない。それは純粋な思いだったのかもしれない。愛を与えられた言葉を話さないものは救う恩人を救うために、憎悪を与えられた言葉を話せないものは報復を返さんがために。
『道化の仮面』
能楽の仮面は一つの仮面でありながら喜怒哀楽を表す。されどそれは面である。ある者はその面をつけただ一心に平穏を望み、ただあるものは一心に特別を願う。
『虚実の蜃気楼』
物には魂が宿ると言われる国にて、物に魂を宿らせたものがいる。ただ神の恩寵を願い、救いを求め、絶望を味わった魂。その魂が見せる情景は嘘か、真か。
『慟哭の鎮魂』
誰もが成長する際、師と仰ぐものがいる。俱利伽羅不動明王寺の住職である鍋嶋も師と仰ぐ人物がいた。その人物の今際に立ち会った際の最後の別れの言葉が「何故来た」だった。別れを惜しむのではなく、悲しむのでもなく、慟哭に近い別れ。師を失った鍋嶋は自身の異変に気付きながらも仏とは何かと考える。弟子は師を救うべく東奔西走し、悪友は行者でありながら酒や女を侍らし、聲聞師は何処かで道を説く。
『人の形』
鍋嶋は夫婦水入らずの温泉旅行、聲聞師は修行といいつつ遠出し音信不通。そんな中大学から戻って来た鍋嶋の一人娘は実家にて夏休みに帰省する。茹だるような蝉時雨が続く真夏の日、旧友の訃報を聞く。四十九日、真夏の盆。地獄の蓋が開かれたかような怪奇に一人立ち向かう。
異聞『迷える座頭は希わん』
寺社仏閣での器物破壊、不審死が多手続きで発生した。陰陽道土御門神道の代表である藤原の友人にも不幸が起きる。友人の不審死、友人の息子の発狂、そして破壊された社。何かが起ころうとしていると感じた藤原は一番弟子である嘉納に調査を依頼する。嘉納は広範囲で発生している事件のため調査の為に民俗学者である息子、そして兄弟子の息子であり、怪奇を否定する探偵氷室に強力を求める。調査を進めると事件現場に残された謎の文様と江戸時代中期に作成されたと言われる偽書に似ていることを発見する。そして一人の人物に事件の鍵があると突き止める。
『誰の為に舞う神楽か』
嘉納は京都へと向かっていた。一方俱利伽羅不動明王寺ではとあるテレビ番組に出演していた。後日、テレビを見たという一般人から助けて欲しいという依頼が来る。その依頼により歩むべき道を踏み外そうとするもの、己の宿命を受け入れるもの、脅威にただ畏怖するもの。それぞれの思惑が動く。
『彼の為に舞う神楽か』
嘉納が俱利伽羅不動明王に訪れて愕然とする。兄弟子の息子を死へと追いやった原因の爪痕が残っていた。ただ伝承であった事柄が目の前にいる。それは脅威であり、恩寵であり、畏怖であり、敬愛の存在。忘れられた存在のために、忘れられた道を正す為に人々が集う。そして聲聞師は神楽を舞う。

