今年の1月に入ってからあまり大学に行けなくなった。

 

 もともと中学生の時に不登校を経験し、そこから不登校経験者が集まる出席の規定が緩い単位制の高校に入学したため、「毎日登校する」ことが私の中で当たり前ではなくなっていた。

 

 そこから大学に入学して、1回生の前期は毎日休まず通えたわけではないが無事にフル単を獲得。

 しかし、徐々に、徐々に欠席は増えていき、ついに2回生の冬休み明けの1月はほとんど授業にいけなくなった。

 冬休みという長期休みから心身が抜け出せなかったのだろう。

 

 「行きたいのに行けない、行かないといけないのに行けない」

 

 こんな言葉がずっと頭から離れないでいたように思う。

 

 でも、私の中で一番やっかいなのは「なぜ行けないのかわからない」ということ。

 人間関係のトラブルなどといった明確な行けない理由が私には思い浮かばない。

 これは今に限らず、中学生だった頃にも同じことがいえる。

 

 中学生だった頃、学校も部活も好きで、友達もいて、でも徐々に行けなくなっていった。

 当時はなぜ学校に行けないのか周囲から問われても、「わからない」としか答えられなかった。

 

 結局、不登校から抜け出せないまま私は中学を卒業した。

 

 高校に入学して、私は想定していたよりもかなり楽しい学校生活を送ることが出来た。

 そして、時間が経つ中で中学生の時に置かれていた自身の環境を冷静に振り返ることも自然と出来るようになっていた。

 

 すると、「あくまで今思えば」という話にはなるが私が中学に行けなくなっていった経緯をかなり鮮明に思い起こすことが出来た。 

 逆に言うと、ある程度時間が経ち、生活の中で感じるストレスが軽減されている状況にならないとその理由にたどり着くことが出来なかったのだ。

 

 そして、現在。

 

 私は今、思うように大学に通えていない。

 そして、その理由に思い当たる節がない。

 しかし、大学には行きたい。

 でも、何故か行けない。

 

 ここまでは、中学の時の自身の状況とあまり変わらないのである。

 ここから次の展開は、果たしてどうなるのだろう。

 過去と同じように、時間が経たないと今の自分を振り返ることは出来ないのだろうか。

 

 いっそのこと休学する、という選択肢が全くないわけではない。

 でも、休学してしまったら少なからず今やりたいと思っていることもできなくなってしまう。

 しかし、たとえやりたいことがあったとしても大学に行けていないのだから意味がないではないか。

 

 せめて、行けない理由がはっきりすればまだ出来ることがあるかもしれないのに、それを今すぐ探る方法がわからない。

 

 結局、夜眠ると明日が来てしまうから寝るのが怖くて、そして睡眠不足で日中の活動に支障をきたす、という悪循環に陥っている。

 現に、寝ないように時間を潰したくて、気が付けばこのような初投稿となるブログを書き始めていた。

 頭では夜は寝た方が良いとわかってはいるのだけれど。

 

 これを投稿したら寝る、そんな約束を自身と交わすことが私にはできるだろうか。

 

 

 また気が向けば、中学・高校の不登校の話を詳細に投稿しようかな。