ずっと"夢を叶えなくちゃいけない"って想いに囚われて生き急いでいた
だから、僕は休むのが人一倍ヘタクソだった
そんな風に生きていたらいつか限界が来るのも当たり前だったのかもしれない
いつも耐えられてきた事が、幾層も積み重なって僕にのしかかって、僕の中のバランスの糸みたいなものをプツンと切った
ここ半年間、本当に大変だった
でも、とあることに気づいて最近やっと少し楽になった
今日は歌い手活動1周年の節目なので
僕を応援してくれるあなたに向けて、僕の話を
僕はそもそも競争社会や固定観念の押し付けが苦手で、出来るなら世間の価値観から離れてのんびり暮らしたい人間だ
「能力がある方が偉い」とか「皆やってるのにやらないお前はおかしい」とか
其々が安らかにいられればそれでいいはずなのに、この社会は他人を操作したがる人間が余りにも多すぎる
「それが分かっているのなら、そんな社会からはなるべく離れて自由に暮らせばいい」と、思うかもしれない
だけど僕には達成すべき目標がある
"麻枝准やLiSAやsumikaが弱い僕を支えてくれたように、今度は僕が、僕と同じような弱い人を支えられる歌手、声優になって、たくさんの人に元気を届ける"
大袈裟でなく、これは僕がこの世界に絶望しないために、他でもない僕自身を幸せにしてやるために、必ず叶えなくちゃいけない目標であり
僕以外に僕を幸せにしてはくれないのだから、自分でやるしかない、という責任
そしてそれを成す為には、この競争社会に身を置く他に手段はない
少なくとも、圧倒的な才能など何もない凡人の僕には
今だけは仕方ない、いつか目標を達成しさえすれば僕は競争社会のカースト上位になり、一度でもそうなれば承認欲求からも解放されて安らかに生きられる、そうだ、こんな苦しみはずっとじゃない
そう目を瞑って祈って、他人の評価なんて意識したくないのに、ひたすら自己を他人と比べては研鑽する矛盾の日々を続けてきた
その研鑽の中心に、"歌でYouTubeチャンネル登録者数1,000人を達成する"という、僕が声優アーティストになる上で直接関係している活動がある
なぜ1,000人集めるのかというと「"チャンネル登録者1,000人"という武器を持った人材は、声優事務所も無視できないはずだ。そしてあくまで客観的に考えて、僕の積み重ねてきた技術を総動員すればそれは不可能じゃないはずだ」とふんだから
となれば1,000人達成する為に出来る限り必死になるのは自然な事で
研究して戦略も練りながら、他人を欺いたりズルはしないと決めて、YouTubeでの活動を1年間続けてきた
誇りを持って活動してきた
けど現状は1年間やって約250人
去年の11/15に歌ってみたを投稿し始めて、運良くロウワーとカメレオンが数千人に聴いてもらえたおかげで200人まで行ったはいいが、残りの11ヶ月の活動で増えたのは50人だけ
正直しんどいなんてもんじゃない
1年間でshortsを除いたフルサイズのみでも17本以上の歌ってみた動画、10本以上の弾き語り動画を魂込めて神経削って作ってきたけど、レッドオーシャンの今のYouTubeではほとんど聴いてもらえない、まず見つけてすらもらえない
1本作るのに嘘でなく合計1000回くらい細かく録り直したり、合計20時間かかる事もある程に熱を込めてクオリティを確保して、そしてやっと「これは1万回再生されてもおかしくない!」と自負する作品が出来て、「今度こそはきっと大丈夫だ」って強く願いながら投稿しても再生回数2桁コメント0,1件なんてざらで
「なんで見つけてくれない?」
正当な評価すらされない、そんな風に思ってしまう事すら仕方ないじゃないかと、こんなのもうどうしたらいいんだと、何度も挫けそうになる
こんな事をずっと繰り返してきた
その上、一度は登録してくれた人たちもどんどん離れていく
きっと、応援するよ!って気持ちで登録してくれていただろうに、その期待に応えられていなくて本当に申し訳なくなるし、1人減るだけでも、本当に、悲しい
毎日数字と戦っている
繰り返す
そして更にこの目標には少なからずタイムリミットがあると思った
おそらくは後1年と少しといったところか
声優になるという目標を叶える上では、この期間内に結果を残さなければ極端に環境が苦しくなる、そんな恐ろしい予感がある
そんな恐怖に追われて、早く成果を出さなくちゃ、もっと上手くならなくちゃ、殊更思うようになる
YouTubeと戦って、数字と戦って、時間とも戦って…
こんな苦しみが絶えず背中にい続けている
悔しくて納得いかなくて寂しくて、何度もヘッドホンで耳を塞いで泣いたくらいには辛かった
ただ、僕は音楽やアニメに縋ってはきたけど、なんとかこれまでの人生をずっと1人で生きてこられた
自分にも他人にも嘘をつかず、孤独に負けず、強く生きてきた
もはや麻痺していただけなのかも知れないけど
僕はその事に誇りを持っていたし、だから、これからもやっていけると思っていた
それにコメントや高評価で応援してくれている人も確かにいて、それが本当に嬉しくて、その度に元気をもらえたし
何より大好きな人たちや尊敬している人たちに誇れる自分でいたいから
自分の好きな自分でいる事も許されないならこの世界に生きる事に意味を感じられないから
だから絶対に負けない
負けていいはずがない
いつか、いつか、いつか
どれだけ辛くても、そう考えると耐えられた
でも
そんな僕でもついに耐えられないような事がここ半年くらいにあって
一生お前は幸せにはなれないよ、報われずに生きていけよ、って信じていた人たちから言われたような
全部を言葉には出来ないけど、人を信じるのが本当に怖くなって、人間不信になるような出来事があって
しばらくお酒を飲まないと眠れなくなって
やっと寝ても夢に出て起こされてまた眠れなくて
今でも、ふとした事でフラッシュバックしてその事のイライラで頭をいっぱいにされる
考え尽くしてもう全部結論付いたから、そのうち平気になると思うんだけどね
自分の行動に責任を持って生きてきてよかった
けど、この一件で僕は今まで以上に自分の未来について考えさせられた
もしこのまま一生苦しいままだったら?
生き続けて何の意味があるの?
今を犠牲にして、本当に自分は歌手に、声優にならなくちゃいけないのか?
考えざるを得なかった
そんなときに、オリラジの中田のあっちゃん(僕はずっと前からオリラジが大好き)のYouTube大学でブッダの考え方の動画があって、それは
『"競争社会を生きる事"と"自己否定せず悩まずに生きる事"は、両立出来る』
という内容だった
音楽やアニメには-を+に変える事ができる力が確かにあって
僕はこれまでその力を信じてきたからこそ、日々劣等感や孤独をバネにして、エネルギーに変えて生きてきた、不条理や現状を認めないその力こそが生きる力をくれると
だからこのブッダの考え方はそんな僕には衝撃だった
それを見たとき「あれ?今ならなんか上手く休めるかもしれない」と感じた
それで、休んでみる事にした
僕は休むのが下手で、普段、無理やり休もうとしても「でもこの時間があれば録音出来たな」「でもこのお金があったらあの機材を買えたな」って考えてしまって結局リフレッシュ出来ない人間なんだけど
料理をして、お風呂に肩まで浸かって実況動画を見て、友人と麻雀して、声劇をして、観たかったのに観れていなかったアニメを観て、タリーズでカフェモカにクリームトッピングして
そんな風にゆっくりする事ができた
なぜ変われたのか、もしかしたらただ怠惰になっただけなんじゃないか
色々考えたけど、休む事も無駄な時間ではないと思えるようになったんだと思う
ブッダが言うには
「慈・悲・喜・捨」
という4つのエネルギーがあり
これらは「正しい動機」と呼ばれるもので
これらのエネルギーを元に活動するといい、と言う話だった
これは後から気付いた大発見なんだけど、分かりやすく言うと槇原敬之(SMAP)の"世界に一つだけの花"の精神の事だ
「No.1にならなくてもいい もともと特別なOnly one」という歌詞
こんなの綺麗事じゃないか、って子供の頃からどこかで引っかかっていた
けど、やっと本当の意味が分かった気がした。
「一人一人違う種を持つ その花を咲かせることだけに 一生懸命になればいい」んだよ
最高の歌ってみたを作ろう
誰よりも僕がそれを聴きたいから
いつか最高のアニメに最高の芝居を乗せられるよう演技を磨こう
誰よりも僕がそれを観たいから
つまり、声優アーティストになるために出来る事を全部しよう
そしてその全部の中には、たまには休憩するって事も入っているんだよ
それに気付いた
この考えもまたいつか更新されていくだろうけど、今はこれがなんとかもう一度頑張るための理由になってくれている
考えが変わったら変わったでいい
最悪ちょっと歩けただけでも効果あったなってくらいの感覚でもいい
一先ずまた歩き出せるから
僕は絶対に諦めない
簡単にやめて、やめた事を正当化しない
退路は断ってる
やめない
世界一ノロマかもしれないけど
また夢に向かって頑張ります
それじゃ!
1周年記念の歌ってみた、出来たら聴いてね!
ゆうきひなた