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ひなりの脳梗塞&肩腱板断裂リハビリ日記

ものぐさすぎるひなりが
気が向いた時だけに書く
2014年の脳梗塞からの復帰
そして2018年10月に手術した肩腱板断裂からの復帰を目指すブログです。

大変ご無沙汰しています。

2018年の今日「左肩腱板断裂」の手術の為入院しました。

早いもので1年経ちました。

 

左肩の痛みは2017年から1年以上続いて

痛み、ではなくある時は激痛が走ったり

その長引く痛みに検査した8月

その結果「肩腱板断裂」

 

 主治医の「まだ今の仕事続けたいなら手術して治した方が

後々の生活、仕事にいいよ」との言葉を受け手術を覚悟

バタバタと入院、手術に向け準備

職場にも報告して、会社には2014年脳梗塞で長期離脱して

2度目の離脱を申し出ましたが、さすがに2度目ともなると

大変申し訳ない思いでいっぱいでした。

 

現在、諸事情があり元の職種ではなく夜間事務的な

職場で働いていますが、やはりいずれは本職へ

復帰したいな、と思っています。

 

正直なところ左肩の回復度というか可動範囲は

色々な意味も含めて右肩の9割くらいですが

日常生活、一般的な作業には全く支障はありません。

 

また、きちんとブログも書いていきたいな・・・

2014年の手帳

2014年6月17日から僕の作業用手帳は空白になっています。

16日の深夜から日付をまたいで脳梗塞を発症しました。

この日から1年4ヶ月仕事復帰までのリハビリや療養のことを

ブログに書こうと思っていたのですが当時は39度前後の高熱と

吐き気、何かに憑りつかれたかのような具合の悪さに耐えるのが

やっとでとてもブログを書くことも出来ずにあっという間に

5年が経っていまっした。

もう5年⁉

昨日も妻とのやりとりで記憶の面で少しギクシャクしていまい

僕の度重なる「記憶の欠落、ボケ」につい怒ってしまった妻も

少し妥協してくれましたが、日々時折出る症状に

自分としてもとても悔しい思いをいまだにしています。

 

リハビリ日記と現在の状態をこれからも書いていこうと思って

います。

5年という節目の日ですが、とりあえずこれから肩腱板の診察へ

行ってきます。

だいぶ間が空きましたが、久しぶりにゆっくりな朝を迎えて

ブログを書こうと思います。

 

まずは左肩腱板断裂の経過ですが、自主トレのほうが・・・

仕事を言い訳にするな、と妻から怒られましたが

チョットだけ仕事が忙しくて2日に1回やるべきメニューを

3日に1回しか出来ていないのですが、比較的順調に来ています。

 

さて話は脳梗塞時に戻りますが入院中のタイムスケジュールは

大まかに午前中は検診、回診など

午後はリハビリと面会の時間が僕の入院した病院のスケジュール

でした。

さて、2014年6月20日(金)午後

作業療法士さん(OTさん)がリハビリのお迎えに来てくれました。

リハビリ室へゆっくり慎重にOTさんの介添えで歩いていき、歩く

これもリハビリの一環ですが、この時もまず左半身のマッサージ&

ストレッチから始まり頭の(脳機能)のチェックをしました。

OTさんが「これから私が3つの言葉を言います。後で聞きますから

ひなりさんは覚えていてくださいね。」と

「さくら、ねこ、でんしゃ」

なんだ簡単じゃん、これくらいならグラサン

となめていた僕、反省しました。

次に「野菜の名前を出来るだけ多く言ってみてください」

いざという時これも意外に出てこないものでした。

「や、野菜?えーと、トマト、キャベツ、白菜、ごぼう、えーと・・・」

みたいな感じで(;^ω^)

「次に鳥の名前を・・・」

「次にこのお部屋にあるもので仲間のものの名前あげてください、

例えばテーブルと仲間なのは?」

「イ、イス?」と僕

「それらの仲間はなんですか?」

「へ?な、なんだ?」としばし考え ひらめき電球

「あ、家具」

「そうです、正解グッド!

と、いった感じで何種類かのやりとりの後

おもむろに「では最初に言った3つの言葉の中で乗り物は

何でしたか?」

あれ?3つ?なんだったっけ?乗り物?

とプチパニック

まぁ、なんとか思い出して「電車」と

やはり少なからず脳にダメージを受けているので

頭の中の引き出しを探すのが大変でした。