16年公開の映画

遠藤周作の小説「沈黙」を、『ウルフ・オブ・ウォールストリート』などの巨匠マーティン・スコセッシが映画化した歴史ドラマ。17世紀、キリシタン弾圧の嵐が吹き荒れる江戸時代初期の長崎を舞台に、来日したポルトガル人宣教師からみた日本の様子を描いた映画です。


ここ大切なんですが、あくまでキリシタン側の物語。仏教徒や日本幕府側の見聞は無視した作品です。

わたしはクリスチャンでも熱心な仏教徒でもない中間、なんの宗教にも属さない立場からの感想です。

 

感想

胸糞悪い。

 

日本の大名武士、悪魔なのかってくらい。なんだか日本人に生まれたことを恥ずかしく思ってしまった。(キリシタン側からみてね。重要ですよこの線引き)

 

恐れって恐ろしいね〜

 

他国の習慣に染められる恐れから

残忍な見せしめ、精神的肉体的苦痛を負わせ信仰心をじりじり踏みにじり、仏教に強制的に改宗させる。

 

こわ。

 

この時代の日本に生まれなくて本当に良かった。長崎だけじゃなく日本だけじゃなく、200年以上前って世界中の国家やばいよね。今もかな。

 

わたしは宗教学がすきだから

文化、宗教学、地域文献を高校生のときから調べたりするのが大好きなのだけれど、

この沈黙を見て確信しちゃった。

 

ずっと信仰心ってなんであるのかな、

宗教にすがらないと人間いきていけないのかなとか。

なんかカトリックには親近感がわかないとか、偶像崇拝に違和感があるとか、モスクって意味ないとか。神様って一体だれとか、この世に存在する宗教全て平和に共存できないのかとか、

 

よくある神仏の復旧には意味があるのかとか、

 

朽ち果てるのは自然なことじゃないのかとか。

 

信仰心に物質物体は本当に不必要。

 

願いや祈りはその人自身の心で

十分なんじゃないかと。

 

ロサリオ

や仏像、お守り、クロス、モスクに何の意味があるのか

 

過去のご先祖様や歴史のおかげでいまの自分たちが生きてる。

 

自然に溶け込む過去の美しい神仏、一気にタイムスリップできる空間。

大事ですよもちろん。

 

でもさ、もういんじゃないかって。

集合体の時代はもういっかなって。



 

ただそう思っただけ。

 

 

 

 

 

 

 

先に言っておきますが、

心療内科や精神科に言って診断されたわけではないので、正式に鬱だったとは言えないです。2016年あたりから2018年あたりまで、確実に鬱初期の症状と近かったので、おそらく自律神経失調症であったかと思います。

ぶっちゃけ、自分が鬱みたいな気持ちになるなんて思ってなかったし、みんなから太陽みたいに明るいね。明るいといったらあなただねって言われてきたし思われてきたし。

夜に急に過呼吸になったり動悸がおきたり、急に悲しくなって涙がでたり。悲しすぎていてもたってもいられなくなったり。あと、急に乗り物も怖くなりましたね。特に飛行機。落ちて死ぬんじゃないかってゆうより、空気が薄くかんじて息ができなくなる恐怖で。起きてもいないことに恐怖を感じやすくなってました。あと、あんまり人に会いたくなくなってたな。全てめんどくさくなってた。数年前からだと偏頭痛。肩こり。休みの日は午前中うごけないくらい体が重かった。

 

 

小さなときからプチ神経質で、人の飲んだ飲み物を飲めなかったり、ノートの字が汚いと(自分で納得がいかないと)何度も書き直したり、プラス気にしすぎの性格も装備してまして、人の顔色を伺う子供でした。そこまでひどくわなかったですが、おとなになった今だと、ああ子供の頃そんな一面もあったなと思います。家庭の問題も多々あり、祖母と母親の嫁姑問題にも幼いながらストレスを抱えてたのかと思います。プラス、2つ上にいたはずの兄が私が生まれる前に亡くなっており、なんだか母に罪悪感とゆうか同情感のようなものもあり、わたしは悲しませないように優秀に良い子に育たなくてはとプレッシャーを勝手に感じたりもしてました。プラス、姉が5つ上にいるのですが、今は親友のように中がかなりいいのですが、昔はほんとに殺し合うんじゃないかってほど仲が悪く、絶対姉のようになりたくないと思ってたほどでした。

姉も姉なりに様々な家庭背景にストレスを抱えてたのだと思います。

先に姉の話になりますが、姉がまだ2,3つのときに兄が生まれ、すぐに心臓に疾患があるとわかりました。それから母は病院につきっきりでまだ幼かった姉はとても寂しい思いをしたのだと思います。幸い祖母もいましたのでお世話をしてくれてとてもありがたかったと思います(多分。姑問題もあるので。)

不幸にも兄は1歳までしか生きられませんでした。そしてわたしが1年後生まれます。

せっかくまた自分ひとりのものになると思ってた姉。たぶん私が標的になったのでしょうね。

まじでいじめられた。笑 可愛いいじめだったかもですが、もちろん仲良いときも小さい時ありましたが、当時は15歳くらいまでずっと嫌いでした。

高校も学費が馬鹿高い私立で、停学くらったり、ヤンキーまでは行かないですが、やることなすこと不良みたいな姉。親も泣きました。

当時15歳の私は絶対こんなになりたくないし、わたしは学費でも親に迷惑かけられないとおもい必死で勉強しました。しかもまあ神様はどんな試練を投入してくるのか、父が某大手のメーカーに努めてましたが当時経営不振による大量首切りにあい、早期退職とゆう、思春期まっさかりのわたしにはとんでもない大打撃が降ってきます。無事県立の第一志望校に合格し、親孝行できたと思います。多分 姉もわたしが偏差値高めな公立高校に受かることを思ってなかったらしく、すげ〜じゃんてはじめて褒めてくれました、多分。父も無事下請けメーカーに転職でき、ひとまず一件落着なときでした。

 

なんでか、わたしも高校生になり、姉も社会人になってぐっと距離が縮まりました。

一番は男関係でしょうね。笑

男を知って世の中を知り、もめて、女の友情が結ばれるみたいな。笑

そこから私は高校も無事卒業して、わたしはアメリカに飛び立ちます。

そこで初めて家族と離れ、ますます家族のありがたみを知りました。

しかし、そのほかの世界を知ってがためか、失ったものがあります。

祖母です。

いままではなんとなく気分がざわつくこともあった嫁姑問題、とゆうか祖母問題。

うちの祖母、ほんとに自己中心的な考えの人でした。どこにでもある同居してる嫁姑問題ですが、それが親戚問題やら介入してややこしくなってたのですが、まあどこにでもあるいざこざだとおもってたんですが、わたしがアメリカから帰ってきて多きな一手となってしまいました。(割愛)

10年以上たった今思うと、私、そして祖母含めて家族全員の思いやりがかけてたなと思います。(特に私)

さらっとこんな〜10代を過ごしてきて、なんとゆうか、我慢の連続の人生を20年ほど経験しまして、人生は我慢の連続。長く続けることが大切。頑張らなきゃ認められない。頑張らない人は世の中の底辺にいってしまう。とゆう間違ったがっちがちの固定概念が植え付けられました。そんなんで、大して好きでもないピアノのお稽古を自分の意志で小中8年間通わせてもらったいし、部活のテニスも3年いったな。委員会で行ってなかったけど。バイトも高校から専門の4年間、アパレル社員も8年間と、なんでも長く続ける人間になりました。あ、恋愛もだな〜人を好きになったら一途にすきでいなきゃとか。あほや。

長く続けることは大切だし、長く続ければその道のプロになったり、忍耐力が培われたり、いいことはたくさんあります。

しかし、そこには情熱があるかないかが関わってくるとおもっていて、

生活のために、長く続ければお給料が上がる条件だったり、この次の段階でやりたいこをやらせてもらえる為に修行の期間であまり興味のないことをやってる場合もありますが。過程って結果より大切だからね。

でも、そこに情熱ってありますか?

ぶっちゃけ、わたしはピアノには情熱は序盤でなくなってました。まじで練習しなくて先生に怒られてばっかだった。テニスもそう。むしろわたしは金管楽器が得意だったので吹奏楽部や、アートも好きだったので、美術部のが向いていたのかもしてない。

バイトは行くのが楽しかったし、初めて自分で働くことをしれて、人間関係も広げられた職場だったので情熱はあったのかもですね。社員でのアパレルは、最初はほんとに情熱塊で入社しました。もともと卸の会社だったので、アメリカのインポートが大好きで。でも、時代に変化で会社の方針だったりコンセプトに違和感を覚えて、なんでわたしゴミ売ってるんだって思ってしまっていた。そこでもう情熱なんてないのに、せっかく社員なんだから、若い子引っ張らないといけないから、新しい人決まらないから、もっと続けたら給料上がるかもしれないから、とかむりに理由つけて長居してしまった。

同時に、当時付き合っていた彼氏ともう潮時かなと思っていたが、なかなか切れなくて、神様の恩恵の強制終了前までは、もう少し時間かければわかりあえるかななんて馬鹿なこと考えてた。めっきり彼に対しても私に対しても情熱なんてにのに。

 

 

人生には情熱が必要なんですよ。

 

 

情熱がなんだかわからないですよね。

わかるわかる。

 

気分が落ち込むことはおもいきってやめていいのよ。

楽しいことだけやれっていうと、無責任な行動しかできないかもだけど、

 

気分が落ち込むことを抹消するってことにすると、

やらなきゃいけないことはやりつつ、プラス楽しいことだけしかしない。

 

気持ちが楽じゃない?

 

楽しいこと楽しいことばっか選ぶのって以外に大変なんだよね。

 

だから嫌なことだけ消す。

 

残すものは、やらなきゃいけないこと&好きなこと。

 

そうするとだんだん自分の情熱が溢れてくる。

 

前の仕事をやめたとたん偏頭痛がぴたりと消えました。

定職を捨ててまた一から自分たち探しのような再出発はかなりの勇気がいりました。覚悟はいらない。勇気だけ。

 

最初の一年はほんとに過去のつもり積もったストレスをデトックスしてるかのようでした。

 

でもなんてゆうか歯医者でクリーニングしてから歯科矯正みたいな辛さで、凝り固まった思考や習慣をどんどんほぐす感じで、今ようやく矯正器具馴染んだみたいな感覚。

 

突然悲しくなったり、息切れ動悸、過呼吸、乗り物が怖くなったりもいつの間にかなくなりました。

 

わたしの場合、やりたくないこと、つきいたくない人間関係を抹消したら、毎日キラキラし始めました。

 

そして一番大事なことにきずいた事は、

よく家族を大切にとか回りを大切にとかゆうけど、

 

自分自身が唯一の大切な存在だとゆうこと。

 

自分ファーストでこれからも生きていきます。

 

 

 

 

 

家族でも個人の集合体なので、誰かが調子悪い年もあれば、良い年もあって、みんな悪い年もあれば、みんな絶好調によい年もある。

悪い年がゼロポイントなのか、いいとしがゼロポイントなのか、はたまた中間がゼロポイントなのか。
あがってくのか、下がってくのか。中間なのか。


安定はしてるものの、小さな悩みや母姉、父わたしの小さいすれ違いが続いて、ふと最近みんなそれぞれいい表情でおだやかだなぁって思った。それぞれが相手を理解しようと静かに向き合った。

昨日父が70歳になった。
愛犬とケーキの写真を姉が送ってきた。

なんだかすごく満たされた気持ちになった。

数年に一度家族内のトラブルがあるが、小さいものもあれば、おっきいものまで。殺してやりたいとか憎しみは嘘でも芽生えたことなんてないけど、もっと恵まれた家庭に生まれてみたかったなとは思ったことはある。

わたしも30歳を越して、姉もアラフォー。

なんだかゼロポイントに戻った瞬間だった。

特に最近は三年前にわたしの転職があったり、愛犬が悪性リンパ腫になったり、祖父が亡くなったり、母と姉がぎくしゃくしたり、一方的にわたしが父に嫌気がさしたり、世の中はコロナ騒ぎで、そんななか母は目の手術だったり。

だいたいは小さいいざこざで勝手な思い込みで勝手に嫌な気持ちになってるだけなんだが。
しかも回りを見渡せばもっとトラブル抱えた家庭はある。うちなんてましな方だとおもう。

でも、うちもうちなりにこの数十年間いろいろな事があった。18歳あたりはなんだかピークで家庭親戚問題から逃げて夢に身を任せてアメリカに逃げた理由でもある。それも何かのご縁で愛のある家庭から愛を学んだ。帰国してからもいろいろあったが家庭みんなで乗り越えてきた。

いろんな悲しみ怒りがあったが、
そのなかでも小さな楽しみ幸せが確実にあった。

今みんなとても穏やかだ。表情でわかる。


そう考えると、
原因からの結果であっても
結果があっての原因であっても
どこにゼロポイントをおいても、
どっちみち人間はさまざまな環境で思いやりと愛を学ぶために活きているんだとおもった。

そう思っただけ。

人には生きているうちに何度か転機があるけど、

 
引っ越し 転職 結婚 出産 離婚
だれかとの出会い
はたまただれかたとの別れ 
 
 
それは時にいままで生きてきた人生をまるっきり違うものに変えてしまうものだったり。
プラスに作用するかマイナスに作用するか。
 
だいたいの転機は自分の選択で決まるが、自分の力ではとうてい及ばない宇宙か神様の力で転がされる時も人生で何度かあったりする。
 
 
わたしは2016年の年末から2017年にかけて、何かに人生をぐるんと混ぜられた。
とゆうか、wake up!!と頬をばちんとひっぱたたかれた感じだ。
 
 
 
いっきに数年かかると思われる出来事がものの1年で全て味わった。また別の言い方でいうと、ついにとどめを刺された。苦笑
 
 
昨日の続きみたいになるが、
やりたくもないの仕事、理想とかけはなれた恋愛、人間関係、本当の自分を隠し隠し生きていると、
必ずなにか見えないすごい力が作用されて、たたき起こされる。
 
 
 
それは最初はちょっとした感覚のずれからはじまり、
それでも隠し続けたり騙し続けると、少し大きなお知らせとしてくる。
体の不調とか、なんかうまく事がすすまなかったり。
 
 
それでもなお気づかないふりをすると、こんなことある!?と摩訶不思議な衝撃的なアクションをかけられる。
 
 
 
そこでようやく、スルーしたくてもできない状況まで追い詰められる。
 
テスト勉強に追い詰めらるってゆうレベルじゃないかなりハードな追い詰められ具合で。
 
一見マイナスに作用してると思うんだけどこれ、全くの宇宙か神様の計らいで、
なんとしてでも最善な自分の本心にそった道に呼びもどしてる善意なんですよね。
 
生きていると、なんか違う、なんかこっちがいい気がする。といった直感がある。ただの直感じゃなくて、心からざわつくとか、ワクワクするとか。それはだいたい9割は当たっている。
 
直感を無視して、表面の感覚からくる選択を続けると、必ず少しずつ少しずつなんらかのサインが現れる。
 
よく、ワクワクする方に進めってゆうけど、本当だとおもう。
 
しかしそこに注意点があり、
表面のワクワクじゃなく、心からワクワクハッピーになれる選択が重要だ。
 
  • なんかこっちがらくそうとか、楽なわりにお金がいい。
  • 顔面タイプじゃないけど、おもしろいから付き合う。
  • もう好きじゃないけど、嫌いじゃないし新しい好きなひといないから付き合っとこ。
  • つまらないけど、給料なくなるのは困るから淡々と働きつづけよとか。
  • あそこに行きたいけど、高いから無難なとこ選ぼとか。
  • ホントはあれがしたいけど、近いしこっちでいいやとか。
 
そもそも真からワクワクすれば、
~だけど~だ。とbut alsoはありえない
 
 
かれがいい。
これだ。
this is it!!!
と直感が働く。一本選択。
 
 
人生そうゆう選択で
真のわたしがどんどん活きるんだとおもう。
 
 
ただそう思っただけ。
 
 

光浦靖子さんの言葉に心打たれた。

 

『もう一つの人生も回収したい』

 

なんてわくわくする言葉なの?

 

多分本人はこれまでの苦悩から行き詰まって出した答え、言葉なのかもしれない。

 

歳を重ねると人間、やっぱり味があるとゆうか、出る言葉も重みがあって。

これまでの人生に歴史があっての言葉だな〜と思ってしまいました。

 

人間、100年寿命と言われています。

新しいことや、やり残したことを始めるのは30歳40歳50歳60歳70歳80歳、全然関係ないんだと改めて感じました。

逆に歳を重ねてから使えるこの言葉がすごく素敵です。

 

 

 

『もう一つの人生も回収したい』

わたしもはやくこの言葉使いたいです。

30歳まだまだひよこだな〜〜〜

 

 

 

 

ストレスに強いタイプと弱いタイプの人にわかれるけど、皆さんはどちらですか?強い方が、へたれなくて良いって思うのが多数だとおもいます。

 
けど、明らかに後者の方が良いのです。
 
強い弱いって言い方より
結局はストレスに早く気づけるか気づけないかにによるんですよね。
 
ストレスに強い人はストレスの埋め合わせが上手な人。これがストレスだと気づくのが遅かったり、気づいてても埋め合わせて、なかったふりをできる人。
世渡り上手で、好かれ上手。いろいろ限界まで我慢できるし、我慢してるってゆう事実にも気づかない鈍感さんが多いかな?
 
 
 
ストレスに弱く、仕事もストレスで休みがちだったり、体調すぐ壊したり、わたしはもうだめだとリタイアしたり、弱音すぐはく子だったり、あきらめたり、愚痴いいまくったりする人は、一見マイナスイメージだけど、自分の気持ちや好き嫌いをしっかり感じてる人。(ただのわがままとはちがくてね。ある程度は我慢も必要な場面はあるのも事実)
 
ストレスに強い子達って、
強いんじゃなくて、カバーがうまいだけなんだよね。
 
結局は強い人も弱い人もストレスのかかりかたって同じなのよね。蓄積されるの必ず。添加物と同じ。
 
それをどう
消化できるかデトックスするかの違いで、、かかりかた、かかる量って同じなのよ。
 
それがストレスなんだって、あ、わたし無理してるなってきずけるかきずけないかの違いって重要なんだよね。
 
わたしは
ストレスに強いと30年間思って生きてて、嫌なことあっても寝たら忘れるし、何やっても長続きするタイプだと周りからも言われてたし、自負していた。
 
えらいね、すごいねって何時も、いわれてたのよね。
 
きっとえらいね、すごいねって言われなきゃいけないって思ってたんだと思う。
 
 
いいんですよ。
鬱状態、人間病まなきゃ自分のバロメーターが分からないんです。
 
ここまできたか、ヤバイな、限界なんだわこれって。納得しないと、頑張りつづけちゃうから。
 
いいんですよ病んだって。
 
底辺を感じた貴女はもう
最強。
 
底辺知らないと上がれないから。
 
マイナス知らないとプラスの感覚が分からないから。
 
無敵よな。
 
何もしてない、無力だ、生きてる意味ない、何も進んでない。
 
なんて思ってる方。
 
それでもいいんです😚
 
とことん迷惑かけていいんですよよ😚
 
やる気起きなくても、あたしもそうだった!丸3ヶ月なににもうごけなかった🤣
 
いま思えば、片足鬱に突っ込んでたんだよね。
 
 
だましだましやってたねよね。
あ、まだいける、まだいける。
情熱なんてとうに冷めてるのに。やりたくもないのに、
なにか理由つけて、わたしは必要とされてるんだって。
 
ただ必要とされてるって思いたかっただけなんだよね。
 
認められたい!ってのが強くある人は
向上心が高い分、かくれ鬱になりやすいと思います。
 
なんか、どっち付かずですよね。
だったら向上心すてろってゆうのかい?ですし、
 
特に社会で働くってことは、いろいろな価値観の中で上からも下からも右からも左からも多様に意見が流れて、それに反応しなきゃいけないし。無になんてなってたら仕事はこなせないです。
 
思考が流れてるから社会も流れるし、生きてるし。
 
ただ、社会に出てる自分と向き合う時間を少くとも週1でも持つべきだと思います。
 
なんかモヤモヤ気分がわるいなぁ、自分はいったい何に向かってるんだろう。ってふと思ったら、知らないふりをしないでください。それっSOMETHINGなんか知らないけどgreatすごい感覚が、本心を教えてくれてくれることだから。
 
 
 
皆さんこんにちは!
 
秋も深まり、ファッションが好きな方はうきうきですよね😚👗👢🛍️
 
百貨店やモールも新作のコートやセーターでディスプレイされて、それを手に取る沢山の人たち。まだまだコロナ渦ですが、普段の日常風景にもどりつつあります。良かったねぇ😌
 
17年夏に8年勤めたアパレル会社を退職したわたしですが、
 
シーズンごとに新しい服を(とゆうより毎月?)着るのがあたりまえだと思ってました。少ないお給料のなか、新しい服を買う分を確保してました。もちろん毎月カツカツ。
 
当時はそれがあたりまえだと思ってたので、もちろん服に気を使わなきゃならない職種?でしたので、服中心にお金が回ってた日常でした。いま考えるとほんともったいない。
 
毎月買い物するルーティンでしたので、あ、なんか可愛いからこれにしよ!とか、夕方寒いから羽織かっちゃおっとか、たいして思い入れもないまま購入を決めてたものが大半。なんと、、
 
さらに、去年物はなんかなぁ、今年っぽくないなぁとゆう。
 
でもこれわたしだけじゃないはず!
 
特に若いときは流行りに敏感だし、
わりと安いものをファストファッションでチマチマ買うことも多かったと思います。
あと、2000年~2015年あたりって沢山のファストファッションが溢れてて、安い大量生産物が買いやすい値段でどこででも買えましたよね。
時代がそうさせてました。はい。
 
 
きたる2020年。
沢山の人が無駄なものに気づいてきて、安いからいい。みんながもってるからいい。新しいからいい。
逆に高いからいい。限定アイテムだからいい。レアだからいい。
みたいな、なんか一種の思い込みみたいな流れが終わりつつあります。
 
 
何が言いたいかとゆうとね、
毎シーズン毎シーズン
新しい流行りの服を買わなくちゃいけないなぁとゆう洗脳から解き放たれません?そろそろ。
 
 
一つ、コートを買うにしても、
あ、今年っぽいじゃなくて、
あ、わたしっぽいに路線変更しませんかい?
 
町中を見渡すと、みーんな同じ格好で。
なんだか怖い。
 
なかには似合ってる人もいるけど
全然似合ってないひともちらほらりん。
 
みんなが手軽におしゃれできる時代になって良い部分もたくさんありますが、
 
前言った大量生産のゴミ問題以外に、
みんな!個性が失われてるよぉぉ!!
 
海外から帰ってきた羽田を見るとゾッとします.
 
みんな同じ化粧、同じ髪型、同じ服装。
 
 
そんなわたしも今年こそ、流行りではないお気に入りの真っ白なコートを着る勇気を持とうと思ったのでした。
 
断捨離中のツブヤキでした。
 
 
 
みなさま、アメリカにいったことはありますか~!
 
アメリカ好きですか~!
 
ニューヨークとか
ロサンゼルスとか
いいよね。
 
 
 
田舎、まじばちくそ
 
いいぜ~!!!
 
アメリカ行くなら田舎、
 
いいぜ~!!!
 
 
 
 
と言うことで!
わたくし、アメリカはウィスコンシン州に一年住んだことがありまして。
 
初めての海外がアメリカで、そのまま一年住むとゆう。
今は考えれないガッツだなと。
メンタルはおいといて、ガッツやべぇ。
 
しかもど田舎のアジア人ほぼいないネイティブの中に放り込まれるとゆう荒い洗礼をうけました。
さらにブラックアメリカンが1%にもみたない地域で、そこにすんでいらっしゃるのは18世紀からかわらないんじゃないかってくらいの方達!どやさ!
 
まさにわたしが幼き頃から憧れてた世界がそこにありました!どやさどやさ!
 
テレビと地理帳、想像でしか見たことのなかったアメリカ中西部の世界感。
(ウィスコンシン オハイオ インディアナ イリノイ ノースサウスダコタ ネブラスカ アイオア ミネソタ ミシガン カンザス そしてミズーリ)  
 
世界の中心(って思ってた)大都会ニューヨークや、2PACがいるカリフォルニアにも憧れはあったのですが、アジア人やスパニッシュの移民の方々が多いと思ったので、純なアメリカ文化をわずか一年でもいいのでこの人生で一回味わいたかったのです。
 
当時ヒップホップしか聞いていなかったのでロサンゼルスとか、ブルックリンとかねぇ、そりゃあ憧れましたとも。
 
福島のど田舎で田んぼの真ん中をLLcoolJとかDRE聞いてスティイルっ!とか口ずさみながらチャリンコ爆走の中高生のいけてる度合い、はんぱないからね。周りわキンキとかなのになぜかマセてたのよな。
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前置き長くてすみません。
本題いきます!
 
アメリカミッドウエスト『ウィスコンシン』を知ろう!をお送りいたします!
悪いですが、ウィスコンシンはひいきさせていただきたい。なんせわたしの第二のふるさと。 
 
あなたもウィスコンシンの虜になるに違いない。
あと、これから留学とかホームステイ、移住を考えている方のお助けになれば幸いでございます。
 
 
こちらが州国旗。首都はマディソン。マディソン郡の橋のマディソンではないみたいです。オハイオ州らしいです。
日本からウィスコンシンの直行便はありません。最終目的地にもよりますが、だいたい
 
東京⇒ロサンゼルス⇒シカゴ⇒ウィスコンシンの各都市
東京⇒シカゴ⇒ウィスコンシン各都市
東京⇒ミネアポリス⇒ウィスコンシン各都市
 
の乗り継ぎになります。
ロサンゼルス経由ですとオーバーナイトで丸1日かかりますが、シカゴ経由ですと日本から約15時間ほどでいけます。
 
時間があれば、東京⇒シカゴで、あとは車で北上してウィスコンシン入でもいいですね!
ツワモノであれば、ロサンゼルスも一発楽しみたいので、オーバーナイトしてからシカゴからのウィスコンシンでも良さげです。ちなみに私は2017年のアメリカ滞在の際ロサンゼルスの空気吸いたいので帰りにオーバーナイトして一人モーテル宿泊しました。めちゃワクワクたのしかった。すんごい疲れたけど。
 
ウィスコンシンミルウォーキー
ウィスコンシングリーンベイ
 
ここらへんが有名所ですかね。
ミルウォーキーはご存知の方も多いとお思います。
 
そうビールの街!!
特にこのミラービールは知ってる人も多いはず!
 
ドイツやウェールズからの移民が多いウィスコンシンは19世紀後期あたりからビール醸造所が発展し始め、歴史の中で70の醸造所、100以上の醸造会社の本拠地で、泣く子も黙るtheビールの街。
 
本場ドイツ仕込のおいしいビールがたらふくいただける街なのです。
わたしもビールはウィスコンシンで覚えました。笑い
 
とりあえずウィスコンシン行ったらミルウォーキーでビール飲め。必須
 
地元の野球チーム、ミルウォーキー・ブルワーズ(Milwaukee Brewers)
通称ミルウォーキービール作ってる人たち。めっちゃ名乗ってる。笑
 
そして、
グリーンベイも有名ですよ〜!
アメリカ人が誇るアメリカンフットボール
そしてウィスコンシンの民の誇り
 
グリーンベイ・パッカーズ!!!!
 
 
この方たちの本拠地であります
 
フットボール選手っめっちゃかっこいいよね。
ルールわかんないけど。笑
 
生試合も見に行ったが、雰囲気に圧巻されたが、肝心のルールがわかりにくく、理解に苦しみました。笑
親戚のおじさんに紙に書いて教えてもらったが、難しく、その前に業界用語英語でさっぱりで。笑
冬のスーパーボールの時期が来る度なんでわかんないんだろって悲しくなります。覚えろな
 
この黄色緑男が目印ですよ〜
 
何かとこの色が日本で見つけると、誇り感じる。あ、あたしの街の色だと。ルールしらんのに図々しい。
 
北上すればするほどヨーロッパ系アメリカ人が多いです。
グリーンベイは割とアジア系やアフリカ系も多いかな。だからエイジアンレストランも多いですよ。
 
 
あとはこの前警察がアフリカ系アメリカンの男性に発砲の事件があったケノーシャもウィスコンシンです。
その後日大規模暴動で17歳の少年が発泡し死者も出ていますね。なんて悲しい。そんな事件でウィスコンシンが有名になってほしくないなぁ…
 
シカゴから車で3時間北上のわりと行きやすい州ですので、
シカゴになにか用があった際、むしろウィスコンシン1ってん集中ぶっ込みたい隊の方は
純アメリカンライフスタイルを味わいに訪れてみてはいかがでしょう!!ほんとシカゴオヘア空港から3時間まっすぐ1本道ですので。
 
もう一つ!
ウィスコンシンは海なし州ですが、五大湖の一つミシガン湖とたくさんの河川の美しい水辺に恵まれた土地です。
 
釣り、キャンプ、川下りなど大自然アクティビティーの場にも恵まれています。
ボートを持っている家庭も少なくないです。
 
 
こんなとか
 
 
こんなとか
 
 
こんなとか
 
めっちゃ自然。わら
 
時々ウィスコンシンのこと書いていきたいと思います🙋
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
断捨離が苦手なわたくしめ。
 
一年に数回意を決して
断捨離だ!家のものほとんど捨ててやらぁ!と意気込むのですが、
 
いざ始めると、あ、これまだ着れるからなぁとか。懐かしいぃ、今年着なかったから来年着よっ!とか。このカバン、お気に入りでめっちゃ使ったなぁ、思い出あるから捨てれない。とか。
特に洋服の断捨離がとことん苦手な私であります。汗
 
使えるからより、なんだか思い出の方が強くて、これを捨ててしまったら思い出も忘れちゃうんじゃないかって寂しさ不安恐怖?みたいなのがありました🤔
 
 
そんな事を毎回毎回思ってたら
一回で手放すものがほんの少しで、全く前に進めず。
 
今回はそれも最後。
だって年末はいよいよ風の時代に突入。
 
軽やかに生活したいですし、いつでもどこにでも身軽に移動したいですし。
なにより、自分自身も自分の身の回りのもの全てこだわって生きていきたいのです。キラキラ
 
古い思い出、物に感謝して、すっきりさっぱり前に進みたいとおもいます。
(別になにかと決別したいわけではない。笑)
 
だって新しいもの(者.物.事)に沢山出会いたいじゃない?
 
思い出は消えないし、大切な事は記憶に残るしね✨
さて勇気を振り絞ってまだまだ断捨離続行だっ!!!
 
 
物質に依存しない生き方に移行のこれからの時代に乗り遅れないように、しっかり居るもの要らないものの選別もしっかりしていきたいものです😌
 
 
 
 
 
わたしはどっちでも別にいいが答えなんだけど、
 
実際にわたしもボトックスをエラに打ったことはあるので。
 
いま思えば打っても打たなくても別にどっちでもよかったし、なんか輪郭が変わった自分もみてみたかったから。
 
永久的じゃないし、どんなもんじゃい的な感覚でやったってかんじ。
 
結果言ってしまうけど、自分に自信とゆうか、自分に満足している人は美容整形を頻繁にしようってきにならないのです。
 
満足してないから、もっと綺麗になりたいから、打ち続けるんですよね。
 
それって一生満足してない自分のお世話しなきゃってことじゃない?
 
美容ハイフなども。
 
綺麗になることは素敵なことだしモチベーションにもなるけど、
 
わたしが知ってる範囲ですが、美容整形をしょっちゅうしている方で、ハッピーオーラのかたってほんといない、、、
なんてゆうか外見を繕うのに必死な方ばかりで。
心からハッピーな人って
コンプレックスとも上手に付き合ってて、内面からキラキラが溢れてて、
外見も全てその人にフィットしてて、なんとゆうか、世界に一人だけの存在って感じで。歳をとるのも楽しんでて。
 
わたしが言ってるのは
美容整形を続ける件であって、
コンプレックス解消できてキラキラ生活を送れるなら大賛成です。
 
 
 
ただ、顔や体、外見よりも中身を磨いた方が美しくなれることは間違いないです。
 
 
人間中身だと、よく言いますが、ホントそうだと思います。
 
 
 
中身から腐ってったら、だんだん肉体も傷んできますからね。
 
歳をとることは傷むことじゃないですよ。熟すこと。
 
わたしはおいしく熟していきたいのです。