本日はそうだったのです。

大きなイベントが行われ、今日一日で100人近い人が亡くなったそう。(これまでで最多)

 

家から一歩も外に出ていないが、家の中から50発位は銃声を聞いたか。。。

これまでと違うのが、銃声の度に住民が大声を上げ煽っているような風潮が出てきた。

更なる大きな衝突につながるだろう。

 

今日は1歳の子どもの目にゴム弾が当たったようだ。。。

前回のエチオピアでの活動を終えたのが2012年。

時は流れ2020年1月仕事の舞台はここミャンマーへ。

※ここでは協力隊の身分とは異なるので、仕事の内容は書かず、それ以外の時間での出来事や内容を書くことにする。

 

2020年3月よりコロナの影響が顕著になり、4月より通常の仕事が難しい状況になる。

医療体制が脆弱であることから、先進国以上に滞在のリスクは高い。

細々と仕事を進めてきたが、2021年2月1日に軍事クーデター勃発。

これにより平和な日常が激変。

詳細や画像、動画などの掲載は、情報の特定・拘束の対象となるため控えることとし、自分がいつどうなるかわからないこの現状を備忘録として残す。

これまでここミャンマーでのネタは、時系列が前後しながらも書きたいと思っている。

しました。6月29日に。

エチオピアに比べて、
汚いお金を手で触る必要もない。
貴重品も気を付けて持つ必要もない。
道路でつまづく事もない。
帰国して、チャイナって1回も呼ばれてない。
買い物で面倒くさい交渉もいらない。
できるだけ土の付いてないパンを選んでもらうようなパン屋もない。
コンセントにさして煙が出ることもない。
風呂の為に、お湯を準備して、バケツを使って屋外で沐浴することもない。
雨が降って靴が土でグチャグチャになることもなければ
洗濯は当然、機械に入れてスイッチぽん。
少し暑くなればピッ。
なんでもかんでも科学の力でピッ。
断水も停電もない。
誰に聞いても時間は同じだし、人も電車も遅れない。。

すごいですね、日本。

ただ、人々は時間があればスマートフォンを取り出し、
目はそれに釘付け、手は操作に夢中、耳はイヤフォンで遮断・・・。
完全にコミュニケーション取れませんね。別に、とりませんが・・・。
田舎では、道を聞こうにも人が歩いてない始末。みんな車。
便利な物を使いつつ、それによって機会の減った「人とのコミュニケーション」もそれらで行う。
それで、FaceBookとかTwitterが流行ってるんでしょうか。
なんか気持ち悪い。完全に時代に遅れている。

食事も食べる物全てが美味い。虫も石も入ってない。
ただ、エチオピアで食べた食事の方が・・・・美味い事はないけれど、楽しい食事だったような気がする。
エチオピア人にもてなされる。または、普段インジェラしかない中で日本人が集まり
普段食べられない物を持ち寄って、少しだけ普段より豪勢な食事をとる。
食事は、誰とどのようにとるのかが大事なんですね。

もともと人と関わるのは得意ではなかったのです。
相変わらずパーティーとかは大嫌いですし。
しかし、大きな喜びや悲しみはやはり、他人との関わりの中で生まれるのだろうか、と思ってしまう。


まーそして最近よく夢を見ます。
エチオピアから帰国間際の状況で、帰国するの嫌だーと思ってる夢。
いや・・・、もう日本ですけど。
引きずってるんだか。多分、思い出が美化されてる気がする。
実際行くと毎日毎日イライラしてると思うのに。
日本に適応しないといけませんな。

同期の人達は進学やら就職やらしてる人けっこういますので、焦ります。
いや、別に焦らない。
いや、焦らないといけない。
いやいや、必要ないか。

ということで、このブログはエチオピアの事をお知らせするために始めたので、
日本に帰った今、辞めます。
日本に適応しなければいけないのでね。

もし、今後エチオピアに行くような事があれば更新されるかもしれません。

See you then!!

その後のサッカーの練習で、チームメイトが
「なんか見た気がする」ということを言っていた。

警察に協力を求めて3日後。
6月1日(金)
朝10時頃知り合いのポリスから電話が。
「タケタが見つかったから今すぐ来い!」とのこと。

行くと、確かにタケタがある。
完全にミズノ。つまり、完全に自分の。
サッカーのチームメイトが、犯人とおぼしき青年を駐在所に連れていったらしい。

とにかく調書みたいなものを書いていく。
泥棒と呼ばれる青年は、年齢15~16くらい。
泥棒した後に見ると、いかにも泥棒しそうな顔に見えるのが不思議だ。
調書を書いている最中、確認の為に泥棒にタケタを持ってこさせる。

警察「これはお前のか?」
自分「おお。俺の。間違いない。ミズノはエチオピアにほとんどない。」
警察「この糞野郎!!嘘つき野郎!」
と言って泥棒の頭やらをしばき始める。

通りすがりの別の警察
「こいつかタイシのタケタを盗った奴は!」
と言いつつ、関係ないのに背中に肘打ちをして通り過ぎるポリス。
可愛そうとは1mmも思わない。

・・・?コイツこのタケタ使ってるな。
匂いフェチというか、なぜか匂いをかぎたくなる習性を持つ自分は、なぜかタケタの匂いを嗅いでしまった。

!!!!!!!!!!!!!!!!!!

き、気を、気を失う!程の匂い。

下水にヘッドスライディングして乾かすを数十回繰り返した犬の匂いがする。
なぜこの数日でこのような仕上がりになるのか・・・・。
この匂い、何故かものすごい凹む。

俺の顔をみたポリスがもう1度泥棒を呼ぶ
ポリス「おい!!このタケタを綺麗に洗え!紐も靴底も全部取って綺麗に洗え!」
・・・・・・・・・。
聞いた話では、この青年は別の人物から100ブルでこのタケタを買ったらしい。
盗った人物が別なのか、協力者がいるのかどうか、この辺りは、これからポリスが話を詰めていくようだ。

この青年。今日会った時は靴を履いてなかった。つまり靴を持っていない。
その様な青年が、スポーツだけでなくアスファルトの道路や散歩に行くのにこのスパイクを履いていたらしい。

不自然!!

彼が盗んでいた場合、3~4カ月牢屋に入れられるらしい。
使う機会はないけれど無事タケタは帰った来ました。匂い付きで。
タケタが消えてから。

消えたタケタのスペック。

メーカー:ミズノ
型   :クエーサーカップ
色   :白
サイズ:26cm
値段 :5800円くらい。エチオピアのお金なら1600ブル位
    (教員の1カ月の給料は1300ブル程)

このミズノというところがポイント。エチオピアには、アディダス、ナイキ、プーマ等のブランドは多く見かけるが、ミズノはない。つまり、ミズノのスパイクがあればまず間違いなく自分の物だということだ。

この情報をとにかく近所にばら撒いた。
そして、サッカーのチームメイトや学校の教員等とにかくばら撒きまくる。
そして、自分が所属するサッカーチームは、幸か不幸か「ダングラポリスチーム」

5月29日(火)
当然、町の駐在所にも顔を出す。
俺は知らないが、そこの警察は自分の事を知っている。
協力を求める。

知り合いの多くは、「大丈夫だ。問題ない。見つかる。」と言っている。
普段は全くこの言葉を信じないが、なぜか今回は見つかりそうな気がしてた。
タケタ=(サッカーの競技用の靴)つまりスパイクシューズ。

5月24日(木)17:00~
ダングラポリスチームの練習
タケタ使用。

19:30頃
練習後、靴を洗う。
家に入る扉の横(敷地内)に干す。
・・・・・・・・・

5月27日(日)
9:30~行われる試合へ向かう時に気付く。

タケタがない。

どこか家の中にしまったっけ・・・

!!!!
パクられた!!!!

犯人はおそらく、金曜日から日曜日の朝にかけて、敷地内に入った人物。
知らない人物が入った形跡はある。
(牛にやるため草を運ぶ者がいる)

スパイクと他に2足の靴を干していた。
その1
No Negative No Life No Negative No Life
破れては修理を繰り返し、地球に来たフリーザみたいになった靴。
靴底まで穴が開いた。
2年間お世話になりました。

その2

No Negative No Life
有名メーカーのアンブロでさえも、エチオピアの激しい環境で2年間耐えられなかった。
わかりにくいですが、側面はほぼパックリ穴あいてます。
かかとの部分は日本で見たことないような消耗の仕方になってます。

・・・・この2足は盗られていない!!!!
泥棒も盗らないこの靴・・・。綺麗なスパイクだけ盗んだ泥棒。見る目あるな・・・。


最後の最後に気を抜いていた自分にガッカリ・・・とはならなかった。
なぜかわからないが見つかる気がしていた。








さて、そのget togetherの中身ですが。
教員総出で朝から、羊等をさばき、料理の下準備。

準備しながら、パンやお茶、飲んで食って準備して・・・・。
No Negative No Life
昼過ぎに全員でご飯食べる。お楽しみ会みたい。
その後、マイクによるジョーク集。
踊り。
を繰り返す。

で、来年度異動するのが決まっている先生へのプレゼント。
前校長先生と僕。取り合えず、2人。

プレゼントをもらい全員の前でスピーチ。(そんなんあるの聞いてませんけど・・・)
取り合えず、全員に向けてメッセージやアドバイスをくれと・・・。

こういうの得意ではないので避けたいけれど、最後の機会なので、

「エチオピア人教師の状況はとても厳しいけれど、教育というのはもっとも大事な仕事です。
なので、私たちは誇りと高い気持ちをもって教えなければならない。
ダングラを去るまでに20日くらいあります。今、パーティで長い間話すと悲しみが増えてくるので、
スピーチは十分です。日本へ出発するまで、笑って楽しみたいです。
あと、思い出というのはプレゼントや写真だけでなく、私たち自身で作る物だと思っています。
例えば、一緒にスポーツしたり話したり。
普段、僕は喫茶室付近にいるので時間がある人は来て一緒に話しましょう。
ありがとうございました。」

こんな感じでしたかな。

お粗末ですが、まー拍手喝采。

その後、get togetherの最後に現校長先生が締めの一言と異動する先生へコメント。
自分に関して校長先生は、

Mrタイシは
・サッカーが得意。で、この前も大会で優勝した。
でも大会で学校を離れていても、試合が無い時は帰ってきて授業をしている。

・ボールが無い事に対してずっと買ってもらうようにアクションを起こしている。

・学校の金で教員のパーティーが開かれる事を指摘し、その前に学校の教具
を揃えるようにいつも言っている。

・生徒の成績に関しても、不正に対して厳しくするように提案している。

等。さすがに全部を聞きとる事は出来なかったが、
いろいろいい事を言ってくれたようだ。

拍手喝采。
取り合えず自分がしていた事を見てくれていて嬉しかった。
自分が良いと思っていた事が、エチオピア人も良いと思っていることがわかって安心した。

そこから、行動に移すかどうかは今はさておき、変化を起こすきっかけぐらいにはなったのかもしれない。


んー、取り合えず泣きそうだったかな。
No Negative No Life
↑もらったプレゼント。
ラ アト タイシ アイカワ と書かれています。

No Negative No Life
↑開けると綺麗な箱が。
No Negative No Life
↑中身は綺麗なボールペン。
これ、金かかりすぎだろ。大丈夫か、こんなんもらって・・・。






「土曜日get togetherがあるから。」と言われる。
要は、年度末パーティーらしい。
みんな「get togetherに来いよ。」「get togetherあるの忘れるなよ」と言ってくる。

何故パーティーと言わず、こんな言い方を・・・。
エチオピア英語だと思って、軽く考えてたら、辞書に載ってた。

・get together [自]
(人が)(会議、飲み会等で)集まる。

載ってる・・・。でも、名詞的な感じで使うのか・・・。

パーティーという響きが苦手なそこのあなた。
今度から「get together」という言葉を使ってみては?
パーティーへの苦痛が減ればいいですね。