ひむか ALOHA BLOG

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アロハの心を大切に生きる、人生の記録 ♡ 今日も地球に愛と調和が溢れますように

ALOHAとは
A アカハイ 思いやりを持ち
L ローカヒー 調和して
O オルオルー 温和な心を持ち
H ハアハアー 控えめに
A アホヌイー 忍耐強く

40年ぶりに父が実家に戻りました飛び出すハート

 

私の父は、私が小学生の頃に

自分の店を出店するびっくりマークと言って

家を出て行きましたポーンダッシュ

実家から2時間ほど離れた地方都市で暮らすと

 

 

久しぶりの男と書いて

久男

写真右の男ですグラサン

 

その名の通り、

いつも会う時は久しぶりな

数える程度しか会っていない父です

 

家を出てすぐは

月に一度は帰っていた記憶があるのですが、

中学生の頃には冠婚葬祭くらいにしか現れず

高校生にもなると、

冠婚葬祭にすら現れなくなりましたガーン

 

私にとって、どこか朧げだった父という存在が

自分が成長するにつれ

鮮明な輪郭を持つようになりました

 

究極の自由人

 

私もよく似ています笑い泣き

 

側から見ると

家族に無関心な最低な父親

でも子供には、そうは映らないものです

映さないというほうが正しいかなはてなマーク

子供には親の気持ちが残酷なほどにわかってしまいますチーン

 

子供に愛がないわけでもないけど

それより大切なものがある

人間だもん、優先順位をつけてこなしていくしかないのだ

 

大人から見ると私は可哀想な子供だったのでしょうが

平凡な人生よりは

やっぱり私向きだったなと思います笑

父を誰よりも尊敬していた

センスが良くて面白くてキラキラ

良い面しか見ない

というのが私なりの防御術だったという説もありますが真顔

 

いるようでいない

いないようでいる

 

他人に「なぜ?」と聞かれても答えづらい笑い泣き

複雑な現実に

周囲への説明の面倒くささに

いないほうがマシなんて

思ったこともありますアセアセ

 

でも、父のおかげで

様々な感情を味わうことができ

それぞれの立場に立って物事を見る癖が

幼い頃からついていました

今思うと、共依存関係を見せてもらったのかなとも思いますニヤニヤ


両親それぞれの言い分の食い違いを感じ取り分析する

理解する努力をする

離婚しない理由を想像する

可哀想に見えない自分を演出する

 

私が同じ親になってからのほうが

むしろ学びは過酷でした泣

実践編ですね

 

そんな無関心家庭で自由に育った私は

最終的に

過干渉の親を持つ人と結婚します

 

何もかも正反対

両家の顔合わせにも現れない父に

相手方は怒り心頭ハッ

義理の兄が何とか場を盛り上げようと

頑張ってくれていましたが

なかなかの盛り下がりでしたw

 

私達家族は過度に楽観的なので

何でも深刻に捉えられると

非常に面倒くさく感じますタラー

 

この世の学びは

バランスと距離感が大切ですね ウインク

 

正直、父とは会うことはないのかもしれない

くらいに思っていました

同時に、本当にそれで良いのだろうか?って想いも

 

父と私達家族の関係を繋いでくれていたのは

義理の兄でした

 

 

写真右

私が中1の頃から姉と付き合っていたので

本当の兄のような存在

昔は清水宏次朗にそっくりなイケメンだった

懐かしい

 

兄がたまに姉を連れて

父に会いに行ってくれていたから

父も帰る気になったのだと思います

 

父を受け入れてくれた兄に

ほんと心から感謝キューン

 

そんなこんなで

40年ぶりに実家に父が帰ってきました

 

今は、母と二人で料理をしたり

姪っ子の卒業式に参列したり

家族を満喫しているようですデレデレ

何より嬉しいのは、

歳の離れた姉が、また父と暮らせること

父との思い出も多い上に

長女という立場で、今で言う

 

ヤングケアラー

 

だった姉なので

本当に良かったお祝い

 

しかし、やっぱり父は自由人

帰ってきて1ヶ月ほどで

友人達と泊まりでカラオケに行ったらしく、

遅い帰りを心配した兄に

ショートメッセージの練習をさせられたとか

 

その一環で私に送られてきた

生まれて初めての父からのメッセージは

 

 

元気?

パパだよ

 

軽っw

 

そんな感じで普通にまた合流できる

それも一つの愛のかたちなのかもしれませんウインク