父親像について
今日は父の日ですね。
私は先週間違えてプレゼントしちゃううっかり者でした(/ω・\)チラッ
うちの父親は、ものすごく働き者で、会社で働いている頃はあんまり接点がなかったし、いわゆる一家の大黒柱で、ある意味近寄りがたい存在だった。
定年までの数年間、同じ会社で働くようになって、やっと【父親】としてじゃなく、一人の人として見ることができて、あぁこの人はすごい人だなぁって気づくことが多くなった。
定年して、仕事以外のことを楽しそうにしている姿や、姪っ子ちゃんたちと嬉しそうに関わっているのを見ると、なんだか本当に嬉しい。
何でこんなことを書くかというと、最近の風潮で男親の育児への携わり方はこうでなきゃ…と決めつけているような記事とか見かけていらっとするからで…。
【よき父親像】【よき母親像】は、誰かに定義されることでも、科学的に証明されることでもないと思うから。子供がその姿をどう思うか、でしょ。親に押し付けられたんじゃたまらない。そして、子供にとって何でも叶えてくれる都合のいい親である必要もない。
家庭で【よき父親像】を演じて、外に癒しを求めて不倫してる男性とか会社で普段我慢してる鬱憤を部下にぶつけてるのをみると、本末転倒だなぁ、と思う。【よき母親像】を押し付けて、会社の同僚の良心に甘えるのが当然というスタンスの人をみると残念だな、と思う。どちらも誰かを傷つけていることを思いやれない人だから、きっと子供はそういう風に育つんだろうな、と思う。
もちろんそういうことをしてない人もたくさんいるけれども、そういう人は声高によき父親像とか母親像を語らない気がする。どんな世界においてもそうだけど、プライドがある人ほど地道な積み重ねをするし目線が高いからどやらない。
お芝居で何かの役を演じる時、自分の内面がどうしてもにじみ出るのと同じ。子育てってきっとそれを具現化されるのだろうな。芝居と一緒で今回だけ繕っても…という感じなんだろうね…。私自身、ご縁があるかはわからないけど。
何が言いたいかというと、今【イクメン】とかいう言語で表現されているタイプじゃなかったと思うけど、父は【最高で素敵な父親】です。本当にいつもありがとう。
感謝💕ひみ