きっと今日のブログは3.11のことが多いんだろう。
あれから4年。
「もう」とも「まだ」とも思える。
それぞれが、それぞれの場所で
いろんな出来事を体験した日。
「忘れてはいけない」とよく聞くけれど
忘れるワケがない。
でも忘れてはいけないよと強制されることではないとも思う。
相変わらず、うまいことは言えない。
何を思ったかっていうと色んな感情がぶわーっと湧いてくる。
ワタシは向き合えきれていないのかもしれないとも思ったりする。
ある意味当事者なのにココロだけ離してしまっているのかもしれない。
それはワタシなんかよりもっと大変な思いをした人たちが
たくさんいることを知っているからかもしれない。
震災では「人」というものが良くわかった。
もちろんメディアで取り上げられるような
感動的な話もたくさんあった。
ワタシ自身たくさんの人たちに支えられた。
でも、それだけじゃない。
人の弱さというか、酷い話もたくさんあった。
こういうときになぜそういうことができるのか?
なぜそういうことを思いつくのか?
人ってなんなんだ?
って思うこともたくさんあった。
自分に直接被害があったわけではないけれど
聞くたびに心が痛くなった。
大きく変わった訳ではないけれど
確実にワタシの人生は震災をキッカケに変わったと思う。
震災後の1年2年はただただ暮らすために仕事をしていたような気がする。
3年目、ちょうど去年の今日私は引っ越してきた。
なんの迷いもなく3月11日を引っ越し日にしていた。
津波の映像を見るよりも
震災前や現在の海辺の風景を見るとやはり泣けてしまう。
そこにあった暮らしがもうないところもあれば
キレイな海岸線に戻ったところもある。
ただただ瓦礫が撤去されただけのところも
そうじゃないところも
なんか上手く言えないんだけれど
その風景が静かであればあるほどなんともいえない感情が湧いてくる。
ああ、やっぱりまとまらないや。
ただ、
まっすぐ生きていこうと思う。
あれから4年。
「もう」とも「まだ」とも思える。
それぞれが、それぞれの場所で
いろんな出来事を体験した日。
「忘れてはいけない」とよく聞くけれど
忘れるワケがない。
でも忘れてはいけないよと強制されることではないとも思う。
相変わらず、うまいことは言えない。
何を思ったかっていうと色んな感情がぶわーっと湧いてくる。
ワタシは向き合えきれていないのかもしれないとも思ったりする。
ある意味当事者なのにココロだけ離してしまっているのかもしれない。
それはワタシなんかよりもっと大変な思いをした人たちが
たくさんいることを知っているからかもしれない。
震災では「人」というものが良くわかった。
もちろんメディアで取り上げられるような
感動的な話もたくさんあった。
ワタシ自身たくさんの人たちに支えられた。
でも、それだけじゃない。
人の弱さというか、酷い話もたくさんあった。
こういうときになぜそういうことができるのか?
なぜそういうことを思いつくのか?
人ってなんなんだ?
って思うこともたくさんあった。
自分に直接被害があったわけではないけれど
聞くたびに心が痛くなった。
大きく変わった訳ではないけれど
確実にワタシの人生は震災をキッカケに変わったと思う。
震災後の1年2年はただただ暮らすために仕事をしていたような気がする。
3年目、ちょうど去年の今日私は引っ越してきた。
なんの迷いもなく3月11日を引っ越し日にしていた。
津波の映像を見るよりも
震災前や現在の海辺の風景を見るとやはり泣けてしまう。
そこにあった暮らしがもうないところもあれば
キレイな海岸線に戻ったところもある。
ただただ瓦礫が撤去されただけのところも
そうじゃないところも
なんか上手く言えないんだけれど
その風景が静かであればあるほどなんともいえない感情が湧いてくる。
ああ、やっぱりまとまらないや。
ただ、
まっすぐ生きていこうと思う。