父、とっても頑張ってくれました。


父の最期の2週間ほどは、ずっと危篤状態でした。


何度も呼吸が止まり、その都度泣きながらお礼を言って、お別れの言葉を伝えて…


娘が父に何個かお願いをしていたそうです。


「じいじのお誕生日は、一緒にケーキ食べようね」

父の最期の食事は、娘との約束の父のお誕生日のケーキでした。

苺のショートケーキを頑張って半分くらい。


「じいじ、私の春休み中にお別れはイヤだよ」

これもね、守ってくれたんです。


何度も何度も呼吸が止まったり、いつ何があってもおかしくない状況で、いつでも連絡してくださいね。って訪看さんや往診に来てくださった先生に毎日言われていたんですけどね。


新学期が始まり、授業も通常になったし、娘も始業式から学校に通えた事で安心したのかな。


私ね、この2週間くらいは、父を1人で逝かせたくなくて、母が起きてくるまでずっと父の近くに居ました。


亡くなる日の朝、母も姉も私も、今日だね。って気付いていたので、学校に連絡して、娘を給食後に迎えに行こうね。と話していましてね。


私、準備していたんです。


父の呼吸が完全に止まってしまったのは、その時でした。


姉と母がしっかりと看取ってくれました。


私は父に呼び掛ける母と姉の声を聞いていたけど、間に合いませんでした。


娘も…。


病院に行って、癌と診断されてから63日


お父さん

沢山ありがとうございました。


娘との約束や願いを最期まできいてくれて、本当に本当にありがとうございました。


父の顔、本当に穏やかでね。


この表情にさせてあげたくて、先生方や看護師さんたち。ケアマネさんや介護福祉用具の方、親戚、家族も頑張ってくれたからなのだと思っております。


父のこの最期の表情のために、沢山の人たちがチームとなって動いてくださった事、感謝しかありません。


体力的にシンドイな。って部分も多少はありましたが、お陰様で私たち家族には悔いはありません。




今月に入り時短勤務させてもらってます。

訪看さんが平日週4日。

往診が週1日。

訪看さんの日は、訪看さんが帰る前に点滴を落としていって下さるので、点滴の針を抜く時間には家に居ないとね。それに、訪看さんと一緒に父のケアやりたいし。


なので会社には無理を言って、時短勤務にしてもらいました。


父の兄弟や従兄弟達は、全員癌を患っていたり、癌で亡くなっていたり…。です。

父の長兄も肝臓癌だったそうです。

彼は60代前半で癌が見つかり、入院、手術、治療もしたけど、3ヶ月くらいだったと思う。と、父が教えてくれました。


その事もあり、父は最初から積極治療を望まなかったのだと思います。


排泄も、オムツへの移行も比較的すんなりでした。


こんなにも急激に急速に変化がある中でも、父は荒れる事なく、当たり散らす事もほぼ無く共に過ごしてくれています。


いつもケア後に「ありがとう」と言ってくれます。


ケアさせてくれて、ありがとう。なのに。


いつも父に意見しまくって喧嘩ばかりして、可愛げのない私なんかにケアされたくないと思ってたし、拒否されると思ってたけど、全くそんな態度も見せずに受け入れてくれて、ありがとう。


父に素直に感謝の気持ちを伝えてしまったら、父との時間が終わりになってしまう気がして、まだ言えずにいます。



とりあえず、無事にお誕生日が迎えられた事、そして4月が迎えられている事に感謝します。


あれから父は急激に終末期に来てしまいました。


いつ何が起こっても不思議ではない状態の様です。


エアーのマットレスに変えて貰った数日後には、体位変換機能付きのエアーのマットレスに変えて貰い、訪問看護も週3日に変更に。と言う話になり、週3日来ますよ。の日から週4日来ますよ。に変更となりました。


アンモニア値が高いため、1日1回点滴をして頂く事になりました。


瞼を閉じるチカラも残っていないのか、目が開いている事が多いです。


口も開いています。

下顎呼吸です。


点滴が効いてくれているのか、たまに覚醒します、


けれど呂律も回らず、言葉を発する体力も落ちているため、父の言葉を聞きとる能力と気持ちを汲み取る能力が試されています。


無呼吸になっている時間も増えた様に思います。


それでも「何か飲みたい」と訴えてくれたり、「何か食べたい」と訴えてくれるので、たとえ少ししか食べられなくても、飲めなくても、食べられなくても飲めなくても、意思を伝えてくれる事が嬉しく有り難く思うので、準備して父の所へ持って行きます。もちろん夜中も。


父がひとりになる時間は極力少なくしたいので、何となく起きてます。


とは言え、このブログを作成しながら、座ったまま何度も寝てしまう私。


母が起きてきたら少し寝ようと思います。


最近重めな内容だったので、少し癒しを。



可愛い🩷



こっちも可愛い🩷


お外から窓をツンツンすると、こうなるくるみさんのナゾ

2月に癌の診断と余命宣告を受け、介護認定の申請をし、「みなし」でベッドを借りたりしていましたが、4月中には要介護度が分かりそうです。


父の担当になってくださったケアマネさんは、実は祖父母の担当ケアマネさんです。祖母が施設入所した後は祖父だけのケアマネさんでした。祖父が亡くなってからすっかり疎遠になっておりましたが、この度またお世話になっております。こちらの意向を汲む能力が高く、色々と提案してくださったり。さらに行動も早い方なので、とても安心です。信用、信頼、バッチリです。


往診に来てくださる先生も、元々かかりつけ医ですし、祖父の時も往診に来てくださった先生なので、往診医になって欲しい旨を相談に行った際、父は今リビングの住人なんですよ。と話したら、あー。あそこの部屋ね。

お祖父さんの時は、こっちの部屋だったよね。って。間取りまで記憶してもらってる間柄です。


今回、要介護度が分かりそうな事と、腹部と背部に痛みの訴えが出てきた事と、仙骨に褥瘡ができかけている事等あり、マットレスの交換依頼をしていたので、そのお届けを訪問看護師さんの訪問日&訪問時間に合わせて担当者会議をして頂きました。


前回の訪問看護の日は、壁や手摺りにつかまりながら、お手洗いまで自力歩行も出来ていたし、お手洗いで排便もできていたのですが、たったの数日でお手洗いまでの歩行が困難となり、ベッド上でオムツでの排便となった事を伝えました。


嚥下も困難になってきているので、食べ物も飲み物もムセたり咳き込んだりしています。


入浴も浴室まで訪看さんと歩いて行き、シャワー浴をしてもらっていますが、今回ギリギリ行けた感じでした。


その事も踏まえて、今回の担当者会議では、今回のマットレスも数日で交換となるであろう事(エアーのマットレスで体交機能の付いたマットレスに交換)、ベッドから食卓までの数歩さえも危なくなったので、ベッド用のテーブル設置の事や、訪問看護ではシャワー浴をせず、訪問入浴を検討。となりました。


訪問看護も週1から週2になった所ですが、直ぐに週3となりそうです。


そして、何処で最期を迎えたいか。の話もしました。


自宅であっても、痛みや苦しみを和らげる処置は可能な事、それは延命処置ではない事を伝えると、安心してました。


父は自分で決める事が苦手な人です。

そんな父がやっと自分の希望を伝えてくれました。


こちらも覚悟を持って父の望む最期に近付ける様に、無理をし過ぎない程度に頑張ります。