皆様、こんばんは<(_ _)>



前回から間が空いてしまいましたが、↓前回の記事↓に続いて

http://ameblo.jp/himekenkyusho/entry-11489793397.html

音楽家に特徴ある思考の、ふたつ目についてお話します。



【徹底した計算】

音楽を専門的にやっていると、嫌でも耳に入る「音楽性」と「音楽的な才能」のふたつの言葉・・・


これが、どれほど意味のない言葉か、思い知ったのはドイツ時代です。

日本で恐らく多くのひとが惑わされている、このふたつの言葉は、本質からかけ離れているだけではなく

音楽そのものを見失わせます。


これは断言できますが、卓越した演奏家・音楽家は、演奏を構成する上で計算を尽くしています。

感動を生む演奏を、その人の音楽性と言うのは構いませんが、それは全て、緻密に計算されているものです。同じような意味でよく使われる「音楽的な才能」というのも落とし穴で、結局、それは何なのかよくわからないまま、一人歩きしている言葉で、意味がありません。


音楽的な才能があると言われた、という留学生をたくさん見ました。

そして、それに意味がないことを思い知らされて愕然としているひとも。

日本人はなぜ、そんなことに一喜一憂してしまうのか?とある教授に問われて、答えられませんでした。

なぜなら、自分も日本にいた時は、この言葉で評価されていたからです。

幸い、それにしがみつくだけのヒマがなかったため、気にもしなかっただけです。


どこで、どのような山やドラマティックな流れを作りだし、いかに聴衆を引き込むか。

本当はこれが、演奏家にとってすべてです。

「なんとなく」これをやっているひとと、明らかに計算を尽くしているひとは、違います。

残念ながら、意図的に計算を尽くす演奏家が全てではありません。



すばらしい演奏を構成するのが計算で、それを実現するのが、磨き上げられたテクニックというわけです。これは、いわゆるクラシック音楽の世界にとどまらず、日本の歌謡曲にも言えます。


先日、美空ひばりさんの歌を耳にする機会がありました。

もう、古い録音です。しかしいまでも、彼女以上に、ひとを感動させる歌い方が出来るひとはいないかもしれません。だからこそ、伝説になって、いまも多くのひとを魅了し続けています。


その時聞いた美空ひばりさんの歌声は、改めてその凄さを感じるものでした。

恐らく、隅から隅まですべて、どこでどのようなテクニックを駆使して、いかに「聴かせる」かを計算しつくした人なのだと思います。その意図がはっきり伝わってきました。そして、その意図=計算を実現するだけの、素晴らしいテクニックがあって、はじめてあの非凡な歌声が生まれたわけです。


音楽性や、音楽的な才能というと、誰でもきっとはじめから身についたモノ、だと信じ込んでしまいがちだろうと思います。

しかし、実際はそうではない。


徹底した計算や構成力、論理的な思考。

本当は、こちらが音楽家に必要な要素ですが、これはビジネスの現場でもきっと同じなのではないでしょうか。