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姫林檎のsilent jealousyなブログ

Xのファンになって30年以上がたちました。いろいろな事がありました。大好きなX JAPANやYOSHIKIのこと書きたいと思います。


YOSHIKIの母様のご冥福を心からお祈りいたします。
泣く事、涙を流す事は、とても辛い事だけど、
前に進む最初の一歩だと思っています。

10年前に私の母が亡くなった時に、
私はお葬式の間もナカナカ泣けませんでした。

19歳で父が亡くなった時は大泣きしたのに。
母が亡くなっても、涙一つ出てこない。
ずっと胸がドキドキして、テンバッテいて。

昔から優秀な兄達に比べたら、
私は何一つ親孝行できなくて、
心配ばかりかけて、
怒られてばかりいて、
会えばガチの喧嘩ばかりして、
後悔、未練、自己嫌悪が万杯で、
涙一つ出ませんでした。

そんな時、告別式を終えて帰宅途中の車の中で、
パパがこんな事を言ってくれました。
丁度母が昏睡状態の時間帯に、
自分が仕事から帰って車を降りた時に、
家の駐車場に一匹の蛍が飛んでいて、
数分間パパの周りを何回もクルクルと飛んで、
スーっと高く舞い上がって行ってしまったとか。
それからすぐに、
関東にいた私からの訃報の連絡があったそうで。

普段あまりこういった事は絶対言わないパパが、
お義母さんが、蛍になって、
「娘をよろしくね。」と言ってたみたいだったと、
帰りの車の中でボソッと言った。


それを聞いた時に、
車中にlongingの曲が流れてきて、
凄く許されたような、救われた気持ちになって、
初めて堰を切ったように涙がわーっと流れ、
嗚咽しました。

涙を流す、悲しむ事で、救われる事もあります。

YOSHIKIのお母様には、
YOSHIKIを産んでくれてありがとう。
YOSHIKIを信じてくれてありがとう。
そして、
YOSHIKIを愛して育ててくれてありがとうと、
一人のファンとして、

心から感謝したい気持ちで一杯です。


同僚のナースで、すごく仕事ができる人がいます。

私も今まで彼女には仕事上すごく助けられました。

彼女は6年前に産休を取って、

地元の大学附属の子ども園に入園が決まって、
2年の育休で職場復帰しました。
本当は地元の公立の子ども園だったら、

1年で職場復帰できたのですが、
やはり大学附属の子ども園にどうしても入れたいという彼女の思いが強く。

一年目は抽選に漏れてしまって、
結局1年待って、

何とか入園できて職場復帰できました。
旦那様も同じような福祉関係に勤めていて。
その関係上で、旦那様は日曜日は公休になっているそうですが。
当の彼女も今までは、土日祭日も関係なく、

私と一緒に働いていたのです。
そんな彼女の娘さんも、

めでたく今月で小学校一年生。
ところが去年の年末に彼女から、

あるお願いをされたのでした。

それは娘さんの学童。
公立の学童ではなく、

私立の学童に預けるそうなのです。
その学童は、
土日と祭日はお休みで預かって貰えない。
市内の公立の学童だったら、
土曜日は預かって貰えるのですが、
敢えて私立の土日祝祭日は、

休日で、見て貰えない学童を選んだのは、
その学童が、
「勉強も見て貰える学童だから」

彼女は日曜日はご主人が休みだから、

娘を任せられるけど、

祝祭日と土曜日はどうしても無理なので。
祝祭日と土曜日は全て休みが欲しいとの希望を言ってきたのです。
この要求に関しては、

他のナースも家庭があったり、

私自身も予定があったりするので、
勤務表を組む際に、

土日や祝祭日の休みは、

今まで均等に勤務を組んできたのだけど。

でも、彼女に抜けられたら困るし、
やはり子育て仕事を両立しようとする、

そんな彼女に対しては、
私が土曜日祝祭日は全て出勤すれば解決する問題と、
OKを出したのです。

以前も、今まで働いてい時には、
こういった問題は何度も出ていて、
その度に試行錯誤して問題をクリアしてきたのですが、今回は流石に😰という、感じでした。


彼女はとても仕事ができる優秀なナースなのですが、
一つ、意外に後片付けや整理整頓は苦手。
そして、家事が苦手、
自宅に帰っても、料理はせず、
子どもに食べさせているのはスーパーのお惣菜ばかりだと😅オイっ!
それマズイんちゃうの!と思わず姑言葉が。

職場の1ヶ月の残業は20時間くらいで、
帰宅するのは夜の8時を過ぎている事も。
子どもはすでに寝ていて、
朝になって漸く会話ができるという。
洗濯物は山のように溜まり、
家の中も荒れ放題。

旦那さんも疲れ果て寝てしまっている。
娘さんは、お風呂も入らずに寝てしまっている。

テーブルの上にはスーパーのお惣菜の食べ残し。

大丈夫かい!なんてずっと心配していたものの、

何とか娘さんも新一年生。

ところが、小学校の入学式の次の日から事件が。
娘さんの登校拒否!
ランドセルを背負ったまま家の玄関で泣きじゃくる。「行きたくない!」

何とか行かせようとして、

立たせるけど座り込んでしまう。
近所中に響く大きな声をあげて、泣き叫ぶ。
登校班は既に先に行って、

一緒に登校に付き添って、

学校に着いたと思ったら、

今度は学校の正面玄関で大暴れして泣き出す。
彼女も仕事を30分遅刻😅
そんな日が4月の下旬になる今も、

ずっと続いているので、彼女も子育て、家事(やってないけど)😅、仕事の両立に一杯一杯。パンク寸前。

家の事が何一つできてない事で、
旦那さんもイライラして、

手こそ出ないけど子どもを怒鳴って😰
夫婦関係もギクシャクして、
離婚の2文字が出ているとの事。

当然仕事にも影響が出てきて、
忘れ、チェックミスが多くなり。

眠れない、体調が悪いと。

抗不安薬デパスというお薬を飲む。


育休2年で職場復帰してから、

娘さんも風邪ひとつ引かないで、

子ども園を休む事なく、

娘さんには、何度か会ったことあるけど、

子どもなのに何でもハキハキ答えて、

賢そうで、とってもしっかりした娘さん。

そんな印象だった。

嘘みたいに今まで上手くいってきたと思うけど、

ここに来て大きな躓き。

今月一杯様子見てゴールデンウィーク明けて、

この状態が続きそうだったら、

保健室登校もと、

担任の先生から言われてるらしい。


彼女は、

職場にも無理言って凄く迷惑かけてるし。

どうしていいか解らないと、涙ぐむ。、

小学校の同じクラスには、

子ども園から娘さんの顔見知りの子がいても、

その子達とはあまり仲良しではなかったとの事。

担任の先生はベテランの先生なのだけど、

男の先生で、見た目が怖そうと。😅

今まで子ども園では女の優しい先生だったので、

それも原因か?😅


イヤイヤ本当の原因は、

子どもと親との関係。

彼女ももわかっていて、

今まで仕事が忙しくて、

充分に娘さんに関わってあげられなかった。

そのツケが今回ってきた。


子どもの事を考えると、

時間の融通が効くパートに切り替える事も考えたけど、、

お給料もボーナスも少なくなる。

娘さんはできたら中学は私立に通わせたいと😅

このまま正社員で働きたいけど、

今の状態では、皆さんに迷惑をかけてる。


彼女は今、家でイライラしている旦那さんにも気を遣っている状態。


泣く彼女を前に、

私の言ったことは、

どうしても正社員で働きたいのだったら、

旦那さんにも、もう少し、

家事も協力してもらって。

私たちの仕事は、ガチで働く共働きだったら、子育てや家事は平等分担じゃないとやって行かれないよ。

でも、旦那さんとも今そんな状態だったら、


今一番心配なのは、やはり娘さんの事。

断腸の思いで、

二兎を追う者は一兎をも得ず


現在の彼女は仕事も家事も育児も、

どちらも中途半端になってしまっている。

優先順位決めて、

あなたに取って一番大事なものはなに?

と言いました。


彼女は結婚も、仕事も、子育ても、

自分の理想の姿があったと。

イヤ、今でもあるから働いているのだと。

そうだね。😅


でもその理想が崩れて何一つ上手くいってないと。

涙ぐむ。


私自身考えたら、こんな私も昔理想があったけど、

でも振り返って、

今現在の自分自身の姿を見たら、

何一つ理想通り行ってないなあ。😅

そんなものなのか?まっ、いいか!😅



そして昨日、

彼女は6月一杯で、

職場を退職する事を決めました。

5月から年休を消化するとの事で、

私もゴールデンウィーク関係なく、

土日も関係なく、

残業が増えそうだけど。

こればかりは仕方がない。

兎に角今は彼女の娘さんの事を第一にと思う老婆心。


男女雇用機会均等法がもう随分前にできて、

私が若かりし頃と比較すると、

職場環境も大分改善されてきたけど。


でもまだまだ。😞

もう少しナースの人数を増やす事で、

残業も無くなり、

彼女の勤務も大分楽になってただろうし。

でもナース職員の絶対数というのは決まってる。


決められた人数でやっていくしかない。😰


この日本、家事育児分担と言っても、

女性は料理、掃除、買い物、

洗濯、育児は当たり前と、

共働きでも、何一つ手伝わない。

そんな古臭い頭を持った男性も、

まだいるらしい。😠

中には若い男性でも、自分の父親を見てきた男性は、

仕事から帰ってきても、

忙しく家事に追われる奥さんを尻目に、

ビール飲みながら、

スマホでゲームやナイター中継観て、

何一つ動こうともしないとな。


それでもって、働いている奥さんには、

あれやって、これやって、

あれできてないと、様々な要求する。

旦那さんより奥さんの方が高額稼いで来ても、

そうらしい。😰


なんかまだまだ納得できない日本だね。


彼女は、仕事は一緒にやっててやり易かったし、

頼りになったし、

彼女を失う事は、私にとっても凄く痛い!



彼女には言えなかったけど、

ここで言わせて貰えば、

彼女の旦那さん、

「甘えてんじゃないよ!」

「自分の子どもやろ!」

「奥さんがボロボロになって、抗精神薬飲んで仕事してるのに!」

「子どもも、奥さんも守れんでどうする!」


ここで言うしかないので。

吐き出しました。

すいません。😅



X JAPAN、ライブしないで何年になる?
まあ、空白の10年があったけど。😅
もう、諦めていた時に突如としてお台場告知だったからなあ。😅

またこんな事を言うと昔の話と気分を害す人もいるので控えなければ。😅
幕張の無観客が2018年?今2022年。😅

数ヶ月?いや1年?この間に少しX JAPANと距離を置いて、イロイロ考えてみました。

X JAPANと私って?
YOSHIKIと私?
Toshl君と私?

何回考えても、やはり原点はあの頃の最初に出会ったXに戻るんだあ。

当時一緒に応援してた友は既にファンを辞めてしまった人が殆ど。

復活してからも、

多くのファンがいたけど、

今は皆いなくなってしまったり、

ファン辞めてしまったり。

解散前のファンは殆ど化石😅

苔だと言われた事もある私。😅

ウザがられた事もある私。😅


人って歳を重ねれば、環境も変わって、付き合う人も変わって、その影響を受けて自分自身も変わってくる。長い時間をかけて変わる人もいれば、

わずかな期間で変わってしまう人もいる。


あんなかっこ良かった人が、
歳を取ったらただのおじさんになったとか、
10年前に母の介護で地元に帰った時、
偶然病院で出会った、小学校時代の私の初恋の人😅子ども連れて、「おーっ!久し振り!」
近寄りがたかったけど、カッコ良くて、
大好きだったけど、怖くて声もかけられなかった。
そんな人が愛嬌のあるオッちゃんになってた。
見た目は?言わずもがな。😅最初は気がつかなかったけど、向こうから声をかけて来た時は、
正直言って信じられなかた。

そんな事できる人じゃなったしね。

私は親の介護、相手は奥さんの闘病生活で病院にいて、
「もう、多分ソロソロだと思うんだ。」とボソッと。私が「なんか変わったね。」と言うと、「そうか?頭?太った?オイっ!いい加減にせえよ!」と関西のノリも。(長い間大阪の支店で働いていたらしい)
イヤイヤ雰囲気が変わって丸くなって、親しみやすくなってと言ったら、

「そうかあ?お前こそ太ったな!」と笑われた。
何十年も会ってなかったからね。

そりゃあビックリした。

数多くの経験や出会いが、

この人を変えて来たのかもしれない。

そんな変わってしまった人との再会の経験持ってる人って、結構沢山いるかもしれない。

X JAPANのメンバーは、動向はうっすらと、ブログ読んだり、ファンクラブの情報を聞いたりして、

ああ元気なんだ。痩せたなあとか。
動向がわかるから、写真やら映像やら動画を観たり、テレビを観たり、SNSの発信やらで、絶望もするし、失望もするし、心配もする。

付き合っている人が見えたり、

周りを囲んでいる人が見えたり、

風貌が変わったり。

そんなこんなで、受ける立場は目を背けたくもなる時もある。

勝手な心配、勝手な絶望や失望と言ったら、そうなんだけど。

以前あったある人のHPに、

X JAPAN解散の時を最後に、

キッパリと一切の事から切ったという人がいた。

10年間全ての事を遮断して、

足を運んだ関連はhideちゃんの告別式のみ。

それから復活コンサートに行って安堵して、

2018年の幕張の数ヶ月後にまた切った。😅

メンバー間の周りに群がるゴタゴタも理由の一つと言っていた。

彼らはいいオッサン、成功するも、失敗するも、

人生の全ては自己責任という言葉を書き残して、

hpを閉鎖した。

「またhpを復活する時は、彼らが手を取り合って一つの感動を作り上げようとする時」と書いてあったけど。どうかな?



やはり考え方は男の人。

私からしたら凄く潔い。

そうありたいと、私もそうなりたいと思った。

それで行く?それで行けるかな?

なんて最近思っている。


X JAPANはエンターティメント。

ファンに夢を与えている。

その恩恵をたまたま偶然が重なって与えて貰った。

夢を与える方と受け取る方の相乗効果で、

感動的なコンサートにも立ち会えた。


イロイロ言いたい事はありますよ。

Toshl君に言いたいこと!

YOSHIKIにも言いたいことあるんです。

でも、人生折り返し地点に来て、

自分も今後の生き方や、

お金の使い方、人生充実の仕方も、

より楽な楽しい生き方、

ストレスのないお付き合いやコミュニケーションを

考えていこうと思っています。

これから数年間、

定年退職までまだ10年。

少しずつ積み上げて行こうと思っています。


X JAPANは••

その時に心からX JAPANが大好きな友と、

笑顔で会いたいと、

笑顔でYOSHIKIワインで乾杯したいと、

そう思っています。


やっぱり私はX JAPANが好き!

X JAPANのメンバーが好き!

YOSHIKIの奏でる音楽が好き!


二十代の時の、最初にXに出会った時の感動。

コンサートの物販で初めてXの音源を手にして、

一人暮らしのアパートで、

バスタオルを手にオイオイ泣きながら、

朝までエンドレスで聴いた。

あの時の私の人生を揺るがすくらいの、

そんな感動があったからこそ今までこうしていられたのだから。

だから、X JAPANには、メンバーには感謝してる。

殆どのファンの人は、音や映像やコンサートで初めて触れた感動って絶対にあると思う。

おちょくられても、バカにされても、飽きられても、

これだけは揺るがない。

このブログを見ているファンの人達にも、

X JAPANに対する思いは、

揺るがないであって欲しいと思う。


二十代からの人生に色と音を与えてくれた、

X JAPANを静かに、

X JAPANだけをYOSHIKIの音楽を、

そして、時々チクチク言いながら、

待っていようと思います。