本を読みながら地下鉄を待つ
これが いつもの私の朝

でも今日は
ちびっ子の『もう ムリだよぉ…』の
私の心に響き、胸をしめつけられる
悲しく切ない声が
右側から聞こえてきた

いつもとは違う朝になった

電話の向こうは
きっとお母さん

赤いランドセルを背負い
ランドセルとは別に手提げを持ち
地下鉄が止まるのとは反対側の通路の壁を見つめながら
ちびっ子は
いっぱい いっぱい
たくさん たくさん 涙を流していた

『学校がこわいもん』
『今まで頑張ったけど…もうムリだもん』
『もう地下鉄きちゃう』
『帰りたいよぉ』
『ムリだよぉ』
『地下鉄 来た 乗るから』
『帰りたいよぉ 迎えにきてよぉ』
『こわいよぉ』

と必死に訴えている

学校がこわくて
ムリだよと言っているのに
地下鉄に乗って
学校に行こうとしている

まだ頑張ろうとしているのだ

電話の向こうのお母さんが
頑張って行きなさいと言っているからなのか


地下鉄が到着し
ちびっ子は電話を切る
しっかり携帯を握り締め
地下鉄に乗り込む

私も同じ車両に乗り込む

ちびっ子は 今日まで
必死に闘っていたのだろう

今日は怖くない
今日は 今日こそは と
もがきながら
そして
お母さんや家族の期待に応えたい思いなどから
自分を奮い立たせ
必死に闘っていたのだろう

ちびっ子の『こころ』は
もう限界なんだ

私は
ちびっ子と一緒に逃げてあげたかった

でも私は
ちびっ子の人生に
ずっとずっと関わってあげられない
寄り添ってあげられない

ごめん

私は無責任だけれど
ちびっ子に
関わることをしなかった

ごめんよ

ちびっ子のお母さんの考えも
もちろんあるのだろうけれど

ちびっ子は
今日まで本当に本当に頑張ったじゃないか

強い子だ
我慢 強い子だ
それだけに『こころ』の限界
『こころ』の折れかたも大きいのだと思う

電話の向こうにいたお母さんと話せるならば
今は解放させてあげて欲しい
と伝えたい思いが溢れたけれど

しなかった

ごめん


ちびっ子よ
あなたは強い
そして 強くて やさしい

だからね
今は自分を甘やかそう
休んで いいんだよ

ゆっくり ゆっくり
一歩、一歩、でいいんだよ

ランドセルを背負う あなたが大きくなって
もしも
あなたと私が出会えたら
私は間違いなく
こころから
あなたを助けるよ
味方になるよ

ちびっ子よ
今日まで頑張ってきた方法で 
もう頑張るな
頑張らなくていい

あなたは 
必ず
またジャンプできる

強くてやさしい あなただもん

そんなことを思った20分間の地下鉄の中


歯を食い縛り
もう涙を流すまいとしている
窓に映る ちびっ子の顔を 
しっかりと見て
私は 地下鉄を降りる

これが今日の私の朝の出来事

おしまい。