最近、スピリチュアル系の交流会に参加しています♪


現実の世界から逃避したい、というようなものではなく、


ここ数年前から、ただ何となく「なんか、おかしい。しかしその“なんか”が分からない」


と自問自答しての行動です。


ただ頭で考えているだけではスッキリしないと思い、そういったことから


外に出て、色んな人と触れ合って、そこで感じる気づきをみつめよう、


と思っています。


私は愛知県に住んでいますので、地元での開催される会によく参加します。


そんな中、ある人からこんな考え方を教えてもらいました。


『現実は中立、感じているのは自分の中だけ』であると。


最初、なんのこっちゃ?と思いました。


起きている現象には良いも悪いもなく、その意味付けは各々が行っている、


というものです。・・・納得できる部分と、今一歩ピンとこない部分があります。


多分、この地球という星での価値観、考え方に私はどっぷりとつかって生きている


からなのだと思います。地球では教えてもらったことのない考え方が宇宙には


数多く存在するようです。


私はこのような話はただ興味本位で聞きたいのではなく、振り返りますと


今から約16年前、仙台に住んでいた時の夜、1ヶ月間にわたり地球以外の星の


生命体からメッセージをもらい続けていたことがあります。


最初、なにやら宇宙語のようなわけのわからない言葉が私の口から出てきて、


その跡、日本語に変換されて私の口を通してお話してくれていました。


勿論私の意識はあり、勝手にしゃべらされている状態でした。話していることも


はっきりと分かります。


当時、私は仕事上で非常に悩んでいました。今の仕事を続けるべきか、やめるべきか。


踏ん切りがつかなかったのは、周りに迷惑をかけるのではないか?或いは、退職すると


運命が悪くなるのではないか?それこそ神様がいらっしゃるものならバチがあたるのでは


ないか?・・・など、心配だらけでした。


そんな中での他の惑星の生命体からのメッセージでした。


メッセージの最中の私の身体は非常に軽く、何か肉体と空気との境目が無いような感じでした。


そのメッセージをくれる方から言われたことは、


「大いなる意思(神様のような存在かな?)は、これをしなければ運命を悪くする、

 

というようなことはしない。選ぶのはあなたである。あなたが心からわくわくすること、


生きがいと感じることを選んで生きていくことが、大いなる意思が望むものである。」


と。


今でこそ「わくわくして生きよう!自分の好きなことをしよう」という言葉をよく耳にする


時代になりましたが、当時の私は全く耳慣れない考え方でした。


わくわく生きるということは、少し間違えると自分勝手な生き方になるんじゃないか?と


不安な気持ちもあったからです。


しかし、今それがどうやら真実に近いものだと確信めいてきました。


あの16年前のメッセージをようやく今、改めて覗いてみようと思っています。



そんなきっかけがこの「アンフィニ」という本の著者の講座から


メソッドを学んだ方がいて、その人から私は教えてもらいました。


↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓↓

アンフィニ

アンフィニ
著者:関野あやこ
価格:1,985円(税込、送料込)
楽天ブックスで詳細を見る


ま、これが全てだとも私はまだ思っていません。(^^;)


しかし、最近では影響が大きいですね♪


私に教えてくれた人は幼い頃、よくUFOを毎日のように見ていたそうです。


今、そういった話がようやくできる時代になってきたんですねぇ。



私としては、今後もだれか人に寄りすがるのではなく、


自分の心の奥が実際どう感じているか、


そこに正直になっていこうと自分に言いきかせています。



久々にブログを書きます。

今年の立春(2月4日)が過ぎて、
どうもブログの手が止まっていた。

理由は・・・ただ、勤め先の仕事が忙しかっただけです。

しかし、そんな中、3月11日、東北・関東地方を中心とした
未曾有の震災が発生してしまった。

亡くなられた方々においては心からご冥福をお祈り申し上げると共に、
被災地で生活されている方々には、一日でもはやく
通常の生活ができますよう、祈るばかりです。


私は以前、仕事の関係で仙台市に住んでいたこともあった。

石巻市や多賀城市にも知り合いがいる。

安否確認はできていないが、無事であることを祈ります。

加えて、福島の原子力発電所においては、
放射能汚染問題が今も尚予断を許さない状況。


先日あるテレビ番組で、アナウンサーが学者さんに

「甲状腺ガンを引き起こすと言われているヨウ素131は
煮沸したら消えないのでしょうか?」

と質問していた。

学者さんは、

「煮沸では消えません。」と・・・

アナウンサーは

「ならば、浄水器などで取り除くことはできないでしょうか?」

と質問を投げかけたら、学者さんは

「市販されているものはムリです。しかし、特殊な浄水器で

 イオン交換などの仕組みのあるものであれば除去は可能です。」

と回答されていた。


この時ピンと来た。

といいますのは、私は10年前から水の仕事をしています。

そこの製造メーカーは東証1部にも上場しており、全国各地の

医療機関やスポーツ施設、自治体、そのほか多々納入している会社です。

(そこの会社の宣伝はこのブログでは控えさせていただきます)


ひょっとして株価は・・・と見てみたら、案の定ググッと上がっていた。

私はナマの情報を知りたいと思い、毎月月末に行われている定例会に

出席し、会社からの報告を聞いた。

なるほど、ヨウ素131はこの機械なら除去できる!!

しかし、・・・「あ~、今後そんなに株価は上がらないなぁ」と感じた。

というのは、今回の震災で東北地方から取り寄せていた部品が

現地の関連会社の工場は壊滅状態で、

同じものをすぐには調達できなくなってしまったとのこと。

今までと同じ売れ行きでいけば、1ヶ月は在庫で何とかしのげるが、

それ以後は部品が入るまでは生産できそうもありません。」

と発表があった。



今回の震災の爪あとは、生活のいたるところで今後も支障を来たすであろう。

しかし、くじけてはならない。


東北の人達は愛情深く、粘り強い。

こんな時こそ世界が一つになって、逆境を乗り越えよう!

もっともっとの大量消費、浪費社会から脱却し、価値あるものを

必要な分だけ作り、無駄を省き、だれもが将来に不安のない

まったく新しい経済システムを作る始まりを私は期待する。


これからの始めの一歩を正しく前に踏み出せば、

きっと新しい、精神性の高い文明が出来ると思う。


亡くなられた方々が命にかえて、新しい地球を作り上げた

功績者として称えられる、そんなことが言われる時代が来ることを

私個人としては切に願う次第である。

最近相撲協会の話題が毎日のように新聞やテレビで
取り上げられている。

力士、親方などの八百長が原因である。

マスコミもこぞって、批判を浴びせている。
国技なんだから絶対にあってはならない、などとね。

私は批判を覚悟でモノ申すならば、
『八百長相撲って、いけないことなの?』と言いたい。

『八百長』といっても全ての力士、全ての取り組みが
八百長で行われているわけではない。

勝ち越しをかけた一番とか、
角番で大関の地位を維持できるかどうかの場所であるとか、
そういった時に八百長は当然ありがちである。

しかし、それはどの世界でも同じこと。

例えば野球の世界だってそうだ。
引退する選手が最後のバッターボックスに立ったら、
相手投手は比較的打ちやすい球を引退する選手に投げている。

或いは、引退するのが投手の場合、
ワンポイントで出てきた時なんか、相手バッターは
誰が見てもわざと空振りしているような、球とバットが
随分と離れているスイングをしてアウトになっている。

八百長相撲がいけないというのなら、
そういった野球の世界でも八百長じゃないのかなぁ・・・
でも、これは許されている。どうして?

競輪や競艇の世界でもそうだ。
レース仲間で会話している時、ある選手が、
「今度うちに子供が生まれます」と言ったものなら、
お祝いにその人がレースに買ってしまう。

プロレスリングだってそう。
シナリオが出来ている。それに従ってレスラー達は人生をかけて
レスリングに打ち込んでいる。流血をしてまでも。

ヒーロー役、悪役、全てが役者なのである。

その役者一人一人が個性を精一杯発揮し、
プレイするところに、観客は感動を覚えるのではなかろうか。

八百長、いわば出来レースはどこの世界にもある。

そういうことを考えると、八百長をとやかく批判するのは
どうかなって気がします。

八百長がいけないというよりも、勝負事を通して賭け事に使われている、
そういう面が存在している、ということがいけないのだと思う。

八百長ができるだけでも大したものだ。
八百長ができるのはプロである。
八百長できるまで出世するまでが大変だ。

・・・と、これが私なりの意見である。

何にせよ、この八百長相撲事件で、今まで尊敬されていた
歴代の有名力士の名が汚されてしまっては残念極まりない。

勝ち負けの八百長を責めるのではなく、賭け事の面を
今後は厳しく調査して再発防止に努めてもらいたい。