幼い頃から親が傍に居ない生活を送ってきた。
保育園に預けられ、親が迎えに来ないときもあったのでひとりで帰っていた日もあった。ぼやーっとしか覚えてないけど3歳4歳くらいだったかなあ。
たまにおばあちゃんが家に来てたけど。

5歳くらいになると、アノ引き出しにお母さんのお財布が入ってて、それをお店に持って行くとお菓子が買えて…って覚えて。
もちろんお金を盗むとか“悪気”は無く、お腹すいたからお菓子が食べたいがために背伸びをしてやっと手が届くくらいの高さの引き出しを開けようとしてたらお母さんが来て、怒り狂って『泥棒!』って。
そこで幼いあたしはこれは悪いことなんだと思ったことを覚えてる。
寒空の中、服を引っ張られながら玄関の外に放り出された。その時の私の格好は軽装に裸足。時間が経つにつれてだんだん体が冷えてくる。
これはいつものことでお母さんがヒステリーになった時はだいたい外に出される。あ、またか、って幼心に冷めていた。

3歳4歳頃は迷子になるからドアの近くから何時間も動かなかったけど、5歳くらいになるとここから逃げ出したい一心で公園とか裸足で行ってた。
暗くなるとさすがに寒いし…お腹がすく。一軒家を外から見ると暖かそうな家族団らんが見える。いつも見る光景。それを見て涙してたなあ。
あたしもここん家の子どもになりたい、おいしいものが食べたい、なんでウチはかわいがってもらえないんだろうって。

ある日の朝、保育園に行きたくないと言ったら、じゃあ家事をしろと掃除機を渡され、布団も干せと。当時4歳くらい。
団地の4階のベランダに出され布団を足下に置かれ。
4歳だけど何度ここから飛び降りようと思ったか。でも飛び降りようにも上に手も届かない。

玄関に放り出すとあたしがどこかに行く事を知ったお母さんはベランダに放り出すようになった。
たまに家に来ていたおばあちゃんが、寒空の中ベランダに出されているあたしを見つけ部屋に入れてくれた事が1回だけある。
その時、助けてくれた、わけでもなく…?
おばあちゃんが言った一言。
『風邪引いたら金んかかるて』
おばあちゃんはあたしがかわいそうとかではなく、あたしにお金がかかるのが嫌だから部屋に入れた。

別の日は、先生や近所のおばちゃん達にその足どうしたの?とか聞かれた時、『おかあさんにやられた』『物差しで叩かれた』なんて恥ずかしくて言えなかった。
ふわりちゃんは普段からかわいがられてないのねって、思われるのがイヤだった。
ある日は宿題をしていないのをお母さんに見つかってバリバリに叩かれた。口の中が切れてよだれが赤かったり、目を叩かれた時は血の色の涙が出て白いシーツが赤く染まって。
その時はもういやだと家出したのを覚えてる。
4年生の時かな。




ここ数年、幼子虐待のニュースをよく見る。
今の子って過保護でいいな。行政が味方になってくれて。
保護されて、おいしいものくれて、施設に入れてもらって、暖かいところで眠らせてもらって、危ないことはしてはいけないとか教えてもらったり。
あたしもそういう施設に入れてもらいたかったなー。


小学生の時の授業参観、運動会、入学式や卒業式、親が来た日は一度もなかった。
物心ついた頃から親が居ないのが当たり前だったからそれが悪いとか寂しいとかはなかったけど、せめて卒業式くらいはかわいいよそ行きの服を着て親と一緒に写真を撮ったりしたかったなあ。