今年、ニートになりました。

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ニートが送る暇つぶし

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 小学校3年に上がると、担任の先生が変わった。

よくはわからないが元ほんを書いてから先生になった人らしい。

見た目は関西系の喋り方でおかっぱ頭の先生。

すぐにヒステリックになったり、児童の腕を痣ができるような強さで掴み、気に入らないことがあると怒鳴り散らすような人間だった。

この先生が地獄の一年を作り上げたのである。

元々、うちの学年は落ち着きのない子が多く、猿のような感じに騒ぐ

授業中騒ぐ、人のものを隠す、机に立つ、素手で給食を食べる、典型的な学級崩壊に陥っていた

1、2年の頃は恐怖で押さえつけられていたので、学校の外で悪さをしていた。

ある日、先生が児童の家庭環境に気に触ることを言い、ものを投げ始める。45分間の授業、「消しゴム戦争」と呼ばれるほどゴミを投げていた
(私はしていない)

このようなことが上半期続き、公立の中学校に進んだらダメになると思う親が増え塾通いの子が増えた。

私はただ、普通に通うだけで私立に進むつもりなどない。

3年中盤、毎日授業参観のような状況で途中、先生が病んでいなくなって戻ってきてというのを繰り返していた。

そんな中、暴れることのできない子供たちは真面目にやる子やおとなしい子をいじめるようになった。

標的は、頭が良く、運動もできるS.K君。よく漫画の話などで盛り上がり仲が良かった。

ある日S.K君の靴に大量の砂が入っている...。

それがいじめの始まりだった......。
今回は番外編で昔の話をします


小学生時代、私は気弱で、プレッシャーや嫌なことがあるとすぐにブルーになってしまい、すぐに嘔吐してしまうような子でした。

1、2年年生は担任が同じで学校内でも厳しくて有名な先生が1、2、3、組と揃っていました

比較的私の先生は優しく、怒ると怖いという程度でした。

私は友達と学校では遊んでいましたが、放課後遊ぶことはありませんでした。

初めはよく遊んでいたのですが、ある日友達と駄菓子屋へ行きました。

私はお金を持ち歩くのは好きではなく、だいたい表で待っていることが多数、その日は公園で待っていました。

そうしたら友達のW君がポケットからお菓子を大量に出しました。

真田「こんなにお金「もってたの?」

W君「盗んできた」

Y君「親の財布から盗んできた」

当時小学1年の私には信じられなかった。

翌日、W君の親が駆け足で会議室へ入っていく。

当時保護者会で噂になったらしいが、教えてはくれなかった。

でも私にはなんとなくわかっていた。

私は怖くてそんなことができず、周りと距離をおくようになった。

数年後(5、6年時)に聞くことができたがさらに驚く事実があった。

その当時私の学年で万引き、盗みが横行していた。のであった。





三月下旬に内定を辞退した。



焦る...........もう求人はない.........


そんな卒業1週間前を迎えたある日、新聞の折り込みを見た。

部品の製造募集 派遣時給1100円 土日祝日休み。

条件が良く地元だったので飛び込む形で申し込み、採用され、卒業式の翌日に働くことになった。


しかし、これがまた針の筵を歩くことになった。