私はちょこちょこ絵を描いて、見てもらったりしているわけですが。


こんなことしてますと、
……いや、始める前からだったかもしれないけど。



「感受性が豊か」とか、
「気付き過ぎて疲れないか」とか、
わりとよく言われるんですが。




私って感受性豊かなの?(・ω・)




いや、他の人がどう感じてるのかとか。
他の人と比べてどれだけ多く(もしくは少なく)受け取ってるかとかね。



分かりようがないし。
私としてはこれが常だし。




まあいろいろ感じないわけではないし。
人の輪の中にいればどの人がどうして欲しいとか、大体の予想はつくことにはつくんですが。



「……何で私がやらんといかんの?(ーー;」みたいな。
いや別に私困ってないし、みたいな。




そもそもあんまり馬力がないのと。←
自分が苦痛なら苦痛じゃなくなるようにいろいろやってはみますが、基本的に「自分がどうにかしてあげないと!」みたいなのがほとんどないので。
頼まれても腰は重いし、状況分析ぐらいはしても気乗りしなかったら行動はほぼしないし、無理だと思えば割とあっさりぶん投げる、あー無理だわコレって。←なかなか酷い





というか。
正直に言ってしまえば、あまりの言われように参ってたこともあるんですが。

だってね。
「裏切られた」とか「頼りにしてたのに」とか「お前が見捨てた」とか「あんたのせいで」みたいな事を言われて傷付かない人がいますか。
どうせ参るなら、こういう事言われないようにいろいろ行動して参ってた方が正しいのかとか思いましたよ、そりゃあ。



が、
私は神ではない。
出来ないことはある。




何よりやりたくない。←




というか別に私に出来ることだし、あなたでも出来るでしょうよ。自分でやれや。


みたいな感じで何かがぶっつん切れまして。✂️





先にも言いましたが馬力ないので。
どうせ使うならそんな非難されない人達の中で楽しく使いたい( ̄ω ̄)





あれですかね。
ある意味、自分に素直になったというか。




自分にバカ正直なのが変わらなかったというか。





でも忘れないようにしようと思ってる言葉はありまして。
長い間いろいろ転写とかしてるうちに出典抜け落ちちゃってますが、本に書いてあった一文。



『些細な欠点や失敗でも気にしてしまい、なかなかそれが頭から離れないということは、それだけ繊細な人であり、感受性が豊かな証拠ですから「いいもの」から受け取れる恩恵も多いということになるのです。

成功した芸術家の多くは敏感すぎる自分の神経に悩んだ末、その繊細さを「いい作品」として定着させるエネルギーに転嫁しようと努力した人なのです。』



これ見て今まで見てきたマンガやらアニメやら、本に映画、舞台・etcいろんな作品がよぎりまして。
そうか、受け取れないってこういうのが楽しめないってことか、と。
あー悪いことばっかでもないんだなー、と。


そう思ったらあながち悪くはない、と。
珍しい事があれば、おおコレはネタになるんではないかという発想に ( ̄ω ̄)




良くも悪くも貪欲というか図太いというか。笑




そんな感じで。
そもそもよく分かってない節はありますが。

感受性が豊か過ぎて受け取り過ぎてるのだとしても、それに嫌な思いはない。




まあでも、あんまり沢山の人達とワイワイアクティブにってのはあまり得意ではないね。
基本的に黙々と、モソモソ何か作ってたい穴蔵住民です(´ω`)笑