ものを書いていかないとなんのことだかさっぱりわからないわけだな、と思いました。
ことのはじまりは、祖母の死。
私が中学三年生の三月のことでした。
祖母は末期ガンに侵されていました。
が、両親は私たち兄弟には腎臓の病気だが直ぐに良くなると、事実を隠していました。
祖母に告知をしていなかったのでそれは仕方のないことでした。
一つ上のランクの高校を目指していた私は、祖母が入退院を繰り返していても何も疑問に思ってはいませんでした。
お見舞いにも行った記憶が殆どありません。
自分のことで精一杯でした。
そして、公立高校の合格発表日。
結果は不合格。
落ち込んで家に帰宅すると、自宅療養していた祖母が二階の自室から降りてきました。
「結果はどうだったの」
と、私に尋ねました。
「うるさい!おばあちゃんには関係ないでしょう」
こともあろうに私は、祖母に怒鳴ってしまったのです。
祖母は無言で自室へ戻って行きました。
それが祖母との会話らしい会話をした最期です。
その次の日。
痛いから救急車を呼んで、母に電話して、と内線で祖母から連絡がきて私は二階にあがりました。
尋常ではない痛がり具合に驚きました。
母が仕事先から帰宅し、間も無く救急車も到着。
祖母と付き添いで母も救急車で病院へ向かいました。
残された私は、まさか?と思いつつもやはり深くは考えませんでした。
受験が終わり、完全に腑抜けな馬鹿になっていました。
次の日に学校で、妹におばあちゃんが危篤、と言われるまで気がつけなかったのです。
病院に向かうタクシーの中で、はじめて「ガン」の二文字が頭をよぎりました。
小学生の頃、母方の祖母の死を看取った以後、どこか他人事だった死というものがまた一気に身近にせまってきていました。
病院に到着し、祖母の臨床に間に合うことが出来ました。
父、母、私たち兄弟に看取られ、祖母は息をひきとりました。
今でも記憶は鮮明で、あの祖母の涙を思い出す度に、わかるはずもない理由を考えてしまいます。
医師の死亡確認後、父が、
「おばあちゃんは、ガンだったんだよ」
と今更な言葉を私たちに告げました。
「やっぱり、、、」
という言葉しか出ませんでした。
頭も心も真っ白でした。
それから、
通夜が終わり、葬式が終わり、祖母は姿を変え、再び我が家に戻りました。
次第に私は、思考能力を取り戻していきました。
祖母にしたことの重さ、後悔を日に日に実感しはじめました。
学校に行けば卒業式は真近で、皆新しい環境に向けてどこか楽しそうでした。
でも私は以前の私ではなく、全てが漠然としていました。
祖母に酷いことをして、何がいい人なんだろう。
と、配布された卒業文集をみながらぼんやり考えました。
他人の評価を気にすることも、そんな滑稽な自分に期待することも、その瞬間から放棄しました。
ことのはじまりは、祖母の死。
私が中学三年生の三月のことでした。
祖母は末期ガンに侵されていました。
が、両親は私たち兄弟には腎臓の病気だが直ぐに良くなると、事実を隠していました。
祖母に告知をしていなかったのでそれは仕方のないことでした。
一つ上のランクの高校を目指していた私は、祖母が入退院を繰り返していても何も疑問に思ってはいませんでした。
お見舞いにも行った記憶が殆どありません。
自分のことで精一杯でした。
そして、公立高校の合格発表日。
結果は不合格。
落ち込んで家に帰宅すると、自宅療養していた祖母が二階の自室から降りてきました。
「結果はどうだったの」
と、私に尋ねました。
「うるさい!おばあちゃんには関係ないでしょう」
こともあろうに私は、祖母に怒鳴ってしまったのです。
祖母は無言で自室へ戻って行きました。
それが祖母との会話らしい会話をした最期です。
その次の日。
痛いから救急車を呼んで、母に電話して、と内線で祖母から連絡がきて私は二階にあがりました。
尋常ではない痛がり具合に驚きました。
母が仕事先から帰宅し、間も無く救急車も到着。
祖母と付き添いで母も救急車で病院へ向かいました。
残された私は、まさか?と思いつつもやはり深くは考えませんでした。
受験が終わり、完全に腑抜けな馬鹿になっていました。
次の日に学校で、妹におばあちゃんが危篤、と言われるまで気がつけなかったのです。
病院に向かうタクシーの中で、はじめて「ガン」の二文字が頭をよぎりました。
小学生の頃、母方の祖母の死を看取った以後、どこか他人事だった死というものがまた一気に身近にせまってきていました。
病院に到着し、祖母の臨床に間に合うことが出来ました。
父、母、私たち兄弟に看取られ、祖母は息をひきとりました。
今でも記憶は鮮明で、あの祖母の涙を思い出す度に、わかるはずもない理由を考えてしまいます。
医師の死亡確認後、父が、
「おばあちゃんは、ガンだったんだよ」
と今更な言葉を私たちに告げました。
「やっぱり、、、」
という言葉しか出ませんでした。
頭も心も真っ白でした。
それから、
通夜が終わり、葬式が終わり、祖母は姿を変え、再び我が家に戻りました。
次第に私は、思考能力を取り戻していきました。
祖母にしたことの重さ、後悔を日に日に実感しはじめました。
学校に行けば卒業式は真近で、皆新しい環境に向けてどこか楽しそうでした。
でも私は以前の私ではなく、全てが漠然としていました。
祖母に酷いことをして、何がいい人なんだろう。
と、配布された卒業文集をみながらぼんやり考えました。
他人の評価を気にすることも、そんな滑稽な自分に期待することも、その瞬間から放棄しました。