12月17日に指揮者の湯浅勇治先生が亡くなりました。

日本だけでなく世界でもニュースに取り上げられるほど指揮の世界で有名な先生です。

今から綴る文章は、湯浅先生との思い出や教えを忘れないようにするため、自分の気持ちを整理するためなので、皆さんにお見せする文章というより、自分のために書いています。

メモとして書き起こしている時点で膨大な量になってしまい、ここでも文章がまとまり切っていない部分があると思いますが、それでもよければ最後まで読んでください。

私は、ウィーンへ留学し始めた2019年の冬から湯浅先生の指揮のレッスンへ通い、レッスンでのピアノをずっと弾いていました。

湯浅先生の指揮のレッスンへ通うことになったきっかけは、当時通っていた語学学校のクリスマス会。

私のピアノ演奏をたまたま湯浅先生の生徒さんが聴いていて、彼が指揮のレッスンでピアノを弾きに来てみないかと誘ってくれたのです。

指揮のレッスンでは、指揮を振る生徒さんに合わせて、色々なオーケストラの曲やオペラの序曲などの2台ピアノ用に編曲された曲を初見で弾いていきます。

初見は割と得意としていたし、「勉強になると思うよ。」という一声で、物は試しにと思い、指揮のレッスンへ行ってみることにしました。

指揮のレッスンへ通い始めた当初は、恥ずかしいことに湯浅先生が指揮の界隈で素晴らしい先生ということを知りませんでした。

私が初めて指揮のレッスンに行った日は、なんと髙木竜馬さんがいて、私は彼と一緒のピアノでセコンドを弾きました。

憧れのピアニストでもある髙木竜馬さんが同じ空間にいて、しかも私とピアノを弾いていると思うと、なんかすごい場所に来てしまった、そして湯浅先生は一体何者なんだ...

そういう気持ちでした。

初めて指揮のレッスンへ行った日から湯浅先生は私のことを気に入って下さり、通称「土曜の会」と言われる指揮のレッスンへ毎週土曜日に行くようになりました。

「指揮は音を出す前の瞬間が一番大事なんだ。それはピアノも同じだよ。音を出した後にいくら手や腕を動かしたり、高く跳ね上げたりしたところで出てきた音は何も変わらない。だから、音を出す瞬間、またはそれよりも前の瞬間に一番集中しないといけない。」

「速いパッセージは、適当に弾いたらだめだよ。むしろ時間をかけて一音一音大切に弾かないと。」

速いパッセージをよくおざなりに弾いてしまっていた私に、日本人独特のイントネーションを皮肉にして、「ティラミス」という単語でいつも説明してくれました。

「フレーズの最後はおさめないと。そんな弾きっぱなしで終わらないでね。」

「カデンツを無視しちゃだめだよ。」

「現代まで名曲として残り続けている曲は、ちゃんと作曲家が構成を考えて作っているからなんだよ。だから、私たちは楽譜に書いてあること以外は必要以上にやってはいけない。ちゃんと楽譜通りに演奏すれば、名演に聴こえるように作曲家が考えて楽譜にそう指示しているから。」

当たり前だけど、いつの間にか忘れていた音楽の基本をたくさん学びました。

また、たくさんのオーケストラの曲を知りました。

普段自ら進んでオーケストラのみの曲を聴くことがないので、このままだったら知ることのなかったであろう世界に触れることができました。

湯浅先生の素晴らしい指導を受けに、たくさんの有名な音楽家が来ました。

特に印象に残っているのは、反田恭平さんです。

反田恭平さんが私が弾く初見に合わせて指揮を振っているのです。信じられません。

小林愛実ちゃんと一緒に来てくれたこともありました。

その時は、指揮を振る反田さんに合わせて愛実ちゃんと一緒にピアノを弾いたり、ピアノ協奏曲のソロを弾く愛実ちゃんのオケパートを私が弾いたり...

数ヶ月前には、日本で一番有名なサックス奏者の上野耕平さんが習いに来て、お話をさせていただいたりもしました。

音楽の道で生きている最前線の人たちの、音楽へ向き合う情熱を間近で感じ、そんな有名な方たちとお話することができ、そんな素晴らしい方々の伴奏を弾いていたのです。

それはもう夢のような時間でした。

レッスン中に指揮の生徒さんへ向けて罵声を浴びせるような言い方をすることもあり、それが怖いと思うこともありました。

しかし、それは全て生徒を想っての先生の強すぎる愛の指導でした。

それほどにクラシック音楽と本気で向き合い、本物の音楽を教えることに尽力する先生でした。

ほとんど目が見えていないと言っていたけど、コンマ数秒でも手の振りが遅いのを絶対に見逃しませんでした。

スコアに書いてある拍子、強弱、指示記号、楽器のパート全てが頭に入っているから、楽譜が見えなくても全く問題ありませんでした。

「意外と昔の記憶って残っているもんだな。」って笑って言っていたけど、それは全て頭に残るくらい曲と向き合って勉強していた湯浅先生の努力の証拠だと思います。

私はあまり指揮者の良し悪しが分からないのですが、レッスンの時に湯浅先生が見せるお手本の指揮に合わせて弾く瞬間はいつもなぜか弾きやすくて、音楽が一瞬にして形作られ、生きた音楽になるのです。

コロナが流行するようになってから、2台ピアノを4人のピアニストが弾いていたシステムからソーシャルディスタンスのために２人に変わったのですが、人数を減らした時でも変わらず私のことをずっとレッスンに呼んでくれました。

いつしか、セコンドを弾くことが私の役目となり、ピアニストが増えた時には、「セコンドはひまわりちゃんが弾くから、プリモの補助に入って。」と言って、ひたすらセコンドを弾かせてもらっていました。

「ひまわりちゃんは才能あるよ。」

「いいもの持ってるよ。」

「ひまわりちゃんは言ったことに対する反応が早いし、習おうとする姿勢や意欲を音楽から感じるんだよ。」

いつもそう言って褒めてくれました。

私のただの自惚れに過ぎないかもしれませんが、音楽の神髄を理解している湯浅先生からそういった言葉をかけてもらえたことが、本当に嬉しかったし、私の心の支えであり宝物です。

レッスン後にはみんなでよくご飯を食べに行きました。

日本料理を食べに行ったり、ラーメン屋さんに行ったり...

右上に少し映っているカッターシャツを着ているのが湯浅先生です。

コロナ禍になってからは、湯浅先生の自宅でご飯を食べることが増えました。

石狩鍋、ジンギスカン、鶏塩鍋、豚カツ...

指揮の生徒さんは料理が上手な方ばかりで、いつも準備してくれました。

湯浅先生の家の近くにあるベトナム料理屋さんでテイクアウトをしてベトナム料理を食べることもありました。

レッスンが終われば、レッスン時の昭和の熱血教師のような先生の姿からは想像もできないくらい穏やかになり、楽しそうにビールを片手にお話しするようになります。

「ビールを飲むのにはIKEAで買った洗面用のコップがいいんだよ。このコップは洗面用だけど、この薄さと保冷性はビールをおいしく飲むのにピッタリなんだよ。」

そんなことを言いながら、いつも準備をしてくれる指揮の生徒さんたちよりも先に、先生と私で乾杯していました。

湯浅先生は必ず途中で寝てしまうので、寝ている湯浅先生を横目にお話を続けるのがお決まりのパターンでした。

いつも14時くらいからレッスンを始め、休憩を挟みつつも終わるのが大体19時や20時頃。そこから夜ご飯をみんなで食べ、後片付けをして帰ると1時や2時です。

初見で弾くので、普通にピアノを弾く以上に集中力と体力が消耗されるし、帰宅が日付を超えるのが当たり前なので、指揮のレッスンがある日は、とんでもなく疲労がたまります。

自分の練習なんて不可能です。

でも、指揮のレッスンでは自分の練習よりもずっと濃い勉強ができていたし、あの場でピアノを弾いて、湯浅先生のお話を聞いて色んな発見ができることが楽しくて楽しくて仕方がありませんでした。

もう指揮のレッスンに行くことが一生ない、たくさんのレコードで囲まれた部屋に入ることはないという事実を受け入れられません。

「死ぬまでにここの部屋にある全てのレコード聴くのが目標」なんて言っていた湯浅先生。

聴いたレコードはきっと半分にも満たないんじゃないですか？

湯浅先生が亡くなる一週間前のレッスン終わりに「クリスマス前にまた弾きに来てね。また時間を連絡するよ。」

そう言って別れたのが湯浅先生との最後になってしまいました。

糖尿病を患っていて、「ここ最近、体調があんまり良くないんだよね。」って言っていましたが、そういつも言っていたから私にとっては何も変わらないいつもの湯浅先生でした。

湯浅先生が亡くなる三日前くらいに、知り合いから湯浅先生が倒れたらしいと電話をもらいました。

大学の授業、自分の練習やコンサートの伴奏の練習、コンサートのMCを考え配信方法の代替案を調べたり、この週末にコンクールの申し込みの締め切りが迫っていたり、論文の訂正や表紙の作成、オンライン留学イベントの打ち合わせやスライドの作成など、とにかく立て込んでいて、湯浅先生とコンタクトを取る余裕がありませんでした。

その後、17日の午前中に知り合いから「湯浅先生が病院で点滴を打って自宅に帰されたけど、学生さんしか面倒を見させないらしいから、一度電話するなりしてみてくれないか。」という連絡を受け、一度電話をしてみるも繋がらず。

この日はオンラインコンサートの前日で、午後からリハーサルの予定があったため、リハ後にもう一度電話をして、明日のオンラインコンサート後に湯浅先生の自宅へ様子を見に行こうと思っていました。

しかし、そんな私の予定を打ち砕くかのように、リハ中に湯浅先生が亡くなったことを知りました。

湯浅先生が倒れたという連絡を受けたときに、電話しておくべきだったとか、もっと何かできたことがあったんじゃないかと今は後悔ばかり押し寄せてきて、すごく苦しいです。

あまりにも突然過ぎる別れに、まだ喪失感から立ち直り切れません。

まだまだ教えてもらいたいこと、お話ししたいことがたくさんありました。

湯浅先生と一緒に写真を撮ったことがないため、指揮のレッスンを思い出すことのできる写真はご飯の写真しかありません。

でもそれは、湯浅先生と一緒に写真を撮るまでもないくらいに、指揮のレッスンへ行くことが私にとっては当たり前の事であり、指揮のレッスンは私の留学生活の大部分を占めていました。

今でも練習しているふとした瞬間に、湯浅先生の指揮を振っている姿や声を思い出してしまい、涙が出てきます。

それでも、私が成長することが湯浅先生にできる唯一の恩返しだと思うので、今は悲しみと向き合い、これからもひたむきに音楽を勉強していこうと思います。

指揮とピアノ、ジャンルは違うけれど私も湯浅先生門下の一人であり、湯浅先生の教えは私の音楽の中で生き続けています。

湯浅先生、今まで本当にありがとうございました。ご冥福をお祈りします。

🌻

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