お義父さん、と最期まで面と向かって言えませんでした。あなたと初めて出会った時、照れ臭そうに「会いたくなかったな」と言われたことは10年以上経った今でも忘れられません。娘の彼氏に会いたくなかったなという気持ちがそのまま表現された言葉を、娘をもった今の私にはあの頃より分かります。たぶん。

五十代という若さで若年性アルツハイマーを発症し、病名が認知症へと変わっていき、病気が徐々に進行していくにつれて、どんどん言葉が少なくなっていくあなたを、私は当時の彼女から話を聞いてあげることしかできませんでした。言葉を失い、感情という残されたコミュニケーションで、あなたの家族は藁をつかむような気持ちと、かつての父親に対する尊厳と、かすかな希望をもって、絶え間無く支え続けていました。そこには同情といった感情はなく、強い家族の絆に対する尊敬と羨望がありました。

「娘さんと結婚させてください」と伝えたあの日、あなたはお義母さんに支えられながらささやくような声で「いいですよ」と言ってくれました。死ぬほど嬉しかったことを今でも覚えています。同じシステムエンジニアという職業について思うこととか、孫と娘が似ているところとか、なんてことはない社会情勢とか、もっともっと色んなことを話したかったけど、できません。

死後の世界なんてものがあるのだとしたら、いつかは話せる時がくるのかもしれませんが、流石にそこまでは待てそうにないし、待てないと思いますので、一方通行な話になってしまうかもしれせんが、夫婦関係が上手くいかないこととか、孫の成長とか、いつかは自分も会いたくなかったなってボソッと言ってしまうこととか、他愛もないことをお伝えします。今日が最初で最期になってしまいましたが、一緒に晩酌ができて良かったです。

ほんとうに長い間、お疲れ様でした。