タクシーに乗っている間中、ずっとチイ坊の胸に手を当てていた。
微かな呼吸音と、手の下のコトコト脈打つ心臓の音を、
何が何でも聞き漏らさないように、耳に意識を集中していた。
 
「お願い。お願い。お願い。お願い」
お願い、神さま。
 
一点に染まった思考が、小声で口からだだ漏れになっていたが、気にならなかった。
 
夜道が空いてたせいか、30分くらいで緊急小児外来へ到着出来た。
 
料金を支払おうとしたら、運転手さんが初めて振り返った。
 
「お母さん、この辺ねまたタクシー呼んでもすぐ来られないし、わたしはどうせ元の街に帰るんだから、待ってますよ」 
 
「え?」
 
「大丈夫。待ってる間の料金表は止めておきます。だから、お金はまたあとで。いってらっしゃい(^^)」
 
良いのかな?良いのかな?と、戸惑うわたしの背中を押すように促してくれた運転手さんでした。
 
 
 
待合室には三組くらいの親子。みんな切羽詰まった空気が満ちている。
 
そこでチイ坊の様子を診てくれた医師は、手早く点滴の処置をして、かかりつけの病院に連絡をして入院の手筈を取ってくれた。
その時点で原因不明だった。あくまでも点滴は脱水症状の応急措置だったから、入院して検査が必要だった。
 
そこで30分の点滴をしている間にチイ坊は、うっすら目を開けたけど、泣きもせずひっそりわたしに抱かれたままだった。
 
服をまくって医師にみせたお腹は、完熟して表面の皮にシワが出てきたキウイに似ていた。
 
朝起きた時ははちきれそうな満面の笑顔で、ぱつぱつぷりぷりしていたお腹をしてたのに。
 
15時間後に、こんな状態になるなんて、想像もしていなかった。
 
元の街に帰るタクシーの中のことは、あまり覚えてない。
 
市のかかりつけの病院の前に到着し、料金を支払うときに
 
「お母さん、お子さん大丈夫ですよ。頑張ってね」
 
診療を受けてる間に待たせてしまった追加料金も提示せず、往復運賃だけしか受け取らなかった運転手さん。
 
「ありがとうございます」
ただただ頭を下げ、お礼を伝えることしか出来なかった。
 
胸がいっぱいだった。
 
目に映るもの、聞こえたものに関しての状況説明とかをアウトプットするのは、
長年の自己訓練の積み重ねでほとんどよどみなく出来るようになっていたが
 
自己の感情に対する肉体変化と、それを認識する思考に大幅なタイムラグがあるので、
 
こんな時に感情を最大に相手に伝える、
表現出来る『言葉』が、本当にシンプルで最低限のものしか思いつかなくなってしまう。
 
頭を何度も下げ、運転手さんが早く行きなさいと促してくれるまで、動けなかった。
 
改めて思い出すと、初めての海外旅行でカタコトの英単語を連発し、身ぶり手ぶりで乗り切ってた状態とそっくりだった(^_^;
 
 
 

 
 
 
 


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