今日は1日家から出なかった。
せっかくの休みなのに出掛けて疲れるのは嫌だなと思っていたからだ。
最近中途で入社した会社はやりがいはあるものの
そのぶん忙しく、週末は疲れ切って寝て過ごしてばかりだ。
借りてきた映画を一日中観て過ごした。
…が、夜になりなんだかうずうずしてきた。
かといって今から服を着替えて出掛けるのも鬱陶しい。
そこで0時過ぎてから部屋着のまま外に出た。
昼間に比べ少しヒンヤリとした空気が気持ち良い。
家の周りを散歩するだけのつもりだったが、思い切って商店街まで行ってみようという気分になった。
日曜日の真夜中。どうせ人はほとんどいないだろう。
大通りを渡った先に商店街がある。
行ってみると0時過ぎということもあり静かであった。
お店のほとんどがシャッターを閉めている中、所々明かりがもれているのは飲食店だ。
前を通ると大人達の笑い声が聞こえてくる。
商店街を少し歩く。
すると昼間は文房具屋さんである店のシャッター前で男がギターを弾いて歌っていた。
駅から近いこともあり、通りがかりであろうカップルや大学生など20人程の人が周りを囲んで聴いている。
これだけの人の足を止めるなんて相当良い歌を歌うんだろうなと思い、僕も近づいてみた。
僕が立ち止まると丁度新たに1曲始まる所だった。
「聞いてください。桜道。」
桜道…。
何かが頭の中を通りすぎた気がした。
何だろうこの感覚…。
先ほどまで座って歌っていた男は、急に立ち上がり、荒々しくギターをかき鳴らした。
このメロディー。なんだか聞いた事がある…。
男が歌いだす。
やっぱり聞いた事がある。
あっと気付いた。
それは僕が昔書いた事がある歌詞だった。
そしてこのメロディー。
高校時代に同級生のさとしと作った曲だ。
この声…。もしかして。
歌う男の顔をまじまじと見る。
それはさとしであった。
10年振りに見るさとしはより大人っぽく、元々端正だった顔も渋さを備えた感じであった。
そんな彼が今、昔僕達が作った曲を歌っている。
僕達は高校時代地元岩手の駅前で路上ライブをしていた。
最初はカバーばかりしていたが、オリジナルソングを作ろうという事になり、初めて作った曲がこれである。
僕は高校卒業後、歌で食べていくために上京した。
もちろんさとしを誘ったが時期尚早だと断られた。
さとしは地元に残った。
1人でもやると思っていたが、地元企業に就職したらしいと友達伝いで聞いた。
それ以降僕の方は何だか後ろめたさもあり連絡をしていなかった。
さとしの方もそうだと思う。
そんな彼がここにいる。
という事は音楽を続けていたという事だ。
しかし僕は…。
少しずつ水深の深いとこに沈んでいくような、
胸のあたりがジワジワと締め付けられていく。
その時一瞬目が合った気がした。
瞬時に目を逸らす。
話しかけたい気持ちを抑えながら、
僕は踵を返し歩き出した。
その時。
「ミッチー!!」
という叫び声と共に僕の身体は固まった。
「なあ、ミッチーだろ?」
振り返るとそこにはさとしがいた。
「歌ってる時にさ、1人だけ部屋着でボサボサ頭で変な人が遠くで見てるなと思ってさ。
なんかミッチーにちょっと似てるなーと思ったんだけど、歩き方見たら絶対ミッチーだと思ってすぐ切り上げてきちゃったよ」
そういいながらさとしは笑っていた。
僕の歩き方は少しガニ股気味で、いつもさとしにいじられていた。
「絶対おれだって気づいてたろ?なんでかえっちゃうんだよ」
「だって、お前置いて上京したんだよ。何回後悔したか。お前の事もっと大事にするべきだったって。1人じゃ何にも出来なかった。お前と一緒に歌うのが好きだったんだって。何年も経ってから気づいたんだ。」
「だからまだはえーって言ったんだよ〜。」
さとしはそう答えながら、涙を浮かべる僕の肩を抱えた。
「っていうかお前、なんでこんな所にいるんだよ。しかもあんな所で路上ライブなんて」
「あ〜安田に家聞いたんだ。
んで駅着いていざって時に家の住所書いた紙無くなっちゃってさ。
そんでしばらく駅前でミッチーいないか探したけど無理だなと思って。
最終兵器はこれ!マイギター!これで歌って見つからなかったら帰ろうって思ってた」
さとしはまだ笑みを浮かべている。
この笑顔でどんな時も周りを穏やかな気持ちにしてくれる優しいやつだ。
そんなさとしが笑いながらも、少し泣きそうになってるように見えた。
「俺も後悔してたんだよ。ミッチーに誘われた時。めちゃくちゃやりたかった。ミッチーと。だけどさ…自信がなかったんだよ…。とにかく自信がさ。ミッチーは俺よりギターも上手くて、歌も上手くて。本気で目指すなら俺は足手纏いになるんじゃないかって。だからあの時、時期尚早だなんて言ったんだ。だけどそれはただ自分に自信がなかっただけなんだよ。だからあの時オッケー出来てたらって。就職してからもずっと。」
「楽器屋さんだっけ?」
「そう。いつかミッチーの助けになれたらなと思ってさ。ギター専門店だから、仕事してるうちに前よりもちょっとは上手くなったよ!」
そう言ってさとしはまた笑う。
「…ミッチー。音楽やめたんだって?」
「また安田から?」
「うん」
「あのやろ〜。」
「安田も心配してたんだよ。」
「うん。わかってる。」
「でもなんで?」
「ん〜。なんかわかんなくなっちゃったんだよなー!音楽の何が好きか。たぶん昔はお前が一緒にいたから楽しかったんだよ。路上ライブやって誰も見向きもしなくたってお前が隣にいたから良かったんだ。だからガムシャラにやれた。
でも上京して1人になったらもうわかんなくなっちゃったんだ。やればやるほど心の穴が広がってく気がして怖くなった。
それで半年前に辞めた。
まあそれでも決めるのに丸1年くらいかかったけどね!」
「そっか…。お疲れ様。」
「ありがとう。」
さとしの笑顔を見たらまた泣けてしまった。
「そうだ!最後に俺と一緒にやらない?昔みたいに路上ライブ!」
「いま辞めたって言ったばっかりだろ!」
2人共笑った。
懐かしいなこの感じ。
もう10年近く会っていないのに、この感じは昔のままだ。
「俺もこのモヤモヤにケジメつけたいしさ!」
「…よし!やっちゃうか!
あ、でもギターどうしよう」
「家から持ってくれば?」
「いや、それが売っちゃったんだよ辞めた時に…」
「えー!!」
「じゃあ歌だけにするわ」
「いやいや、ミッチーの方がギター上手いんだからギター貸すよ!」
「いや、これはお前のギターだから。それに久々にお前のギター聴きたいしね」
「…わかった。あ、じゃあせめてこれ使って!」
「え、タンバリン!?これとは違うけど、タンバリンなんて小学生以来だわ…」
「あの皮付きのやつ?」
「そうそう。太鼓みたいな」
また2人で笑う。
「よし!まあやってみるか!」
「うん!ミッチーの歌久々だな〜。」
こうして僕たちは約10年ぶりに一緒に路上ライブをする事になった。
自分いうのもあれだが、なかなか良い出来だったと思う。
練習もせずに10年ぶりにやったとは思えない感覚だった。
この半年後。
動画サイトにアップされたこの路上ライブの動画が話題になり2人はまた音楽活動をする事になる。
曲の良さとは真逆な、おおよそライブをやるとは思えない格好で歌うタンバリンの男。
動画のタイトルは「タンバリンマン」。